38.魔法使いと帰省(4/4)
コンコン、と高い音がして意識が浮上する。
「はあい……」
気の抜けた声で返事をすると、勢いよく馬車の扉が開き、御者さんたちの軽やかな声が響き渡った。
「おはようございます!」「起きてくださいませ!」
目が眩むほどの光と、むっとするような熱気が私たちまで届いて、これにはさすがのマリカも目を開けた。
開いただけでまた寝た。
御者さんたちは、春花侯爵家の侍女さんでもあるらしい。
私たちの身支度を手伝ってくれた。
おかげでいつも以上に髪がしっかりまとめ上げられ、しかも春花侯爵家の簪がよく目立つ。
さすが侯爵家の侍女さん、腕も手際もいい。
マリカは意識のないまま身支度を整えてもらっていて、最後に服を着替えている最中にやっと我に返った。
「ひゃんっ!?」なんて可愛い悲鳴をあげたものだから、侍女さんたちも私も笑ってしまった。
馬車から降りると、大きな石壁がどこまででも伸びていた。
関所だ。
朝日を浴びて白く輝いている。
関所の上階にある食堂で、ツバキ先輩と落ち合った。
「おはようございます、シヅさん、マリカ嬢」
ツバキ先輩の向かいにはレイさんもいる。
「おはようございます」と挨拶をしてから、ツバキ先輩たちの隣のテーブルで軽めの朝食を頂いた。
ちらりと横目でツバキ先輩を窺う。
あれほど体調が悪そうだったツバキ先輩はどこへやら、いつもと変わらない穏やかな雰囲気をまとっている。
顔色も問題なさそうで、ひとまず安心した。
先に朝食を食べ終えたツバキ先輩が今日の旅程の説明を始めた。
「この関所から最短距離で白陰領へ向かいます。魔物はすべて私たちが引き受けますから、どうぞご安心ください」
私たち? と思っていると、ツバキ先輩の隣でお茶を啜っていたレイさんが、茶杯に口付けたまま軽く頭を下げる。
「レイさんも?」と私が聞くと、レイさんがごくんとお茶を飲み下した。
「ほほほ、坊ちゃんだけでは不安ですから」
レイさんが飄々と笑う。
さすがは底知れないほどの魔力量をお持ちの魔法使い、余裕がある。
そうして冬雪州に入ると、結論から言えば二回ほど魔物と遭遇した。
そして宣言通り、すべてツバキ先輩とレイさんが片を付けた。
馬車の前方に御者への連絡用に小窓があって、そこから覗き見していたけれど、レイさんが魔物の足をぬかるませて動きを止め、ツバキ先輩が凍らせているようだった。
昨日と同じだ。
どうやら定番の対処法のようだ。
そして仕上げに、レイさんが魔物の魔臓から魔法石を攫っていく。
「ほほほ、入れ食いですなあ! 景気がいい!」
薄い壁の向こうから、じゃらじゃら、と石を揉む音がする。
「レイさん……。懐に入れるのはほどほどに……」
「ほほほ、懐には入れませんとも。金庫に直送します」
レイさんの目的が分かった。
お小遣い稼ぎだ……! あの魔法石を売ってお金にする気だ……!
スキップしそうなくらい弾む声音を聞いただけで、レイさんが細い目をさらに細め、ほくほく顔ではにかむさまが目に浮かぶ。
別に文句はない。
私たちの代わりに魔物を一掃してくださっているし。
けれど、なんかみみっちいなあ、と一瞬頭の中を掠めたのは内緒だ。
* * *
お日さまが天辺に昇りきったころ、私は白陰子爵邸に到着した。
子爵邸、といっても、そう立派なものではない。
いや、白陰領の中では立派だ。
白陰では唯一、二階建て。
屋敷の隣には大きな納屋もある。
首都のような真っ白な塗り壁とは違って、藁とかが混ぜてあるので茶色っぽい。
この風合いが、私は好きだ。
そんな懐かしの我が家の前に父と母、それと黒陽子爵と黒陽子爵夫人も来ていた。
ツバキ先輩の手を借りて馬車を降りると、懐かしい香りが鼻をくすぐる。
白陰の土の匂い。
畑に撒いた水の匂い。
埃っぽい風すらなんだか愛おしい。
「ただいま! お父様、お母様」
「おかえり、シヅ」
父の声がとびきり優しい。
私の頭を撫でる母の手が温かい。
「ただいま」と言えること、「おかえり」と言われること――改めて、幸せなことなんだなあって実感した。
「それじゃあシヅ、また落ち着いたころに来るわね」
そう言ってマリカはご両親と一緒に黒陽領へと帰って行った。
たぶん、我が家の状況を汲んでくれたのだ。
そうしていよいよ、ツバキ先輩が父へ向き合った。
「お初にお目にかかります。春花侯爵家三男のツバキと申します。お会いできて光栄でございます」
深くて美しい礼だった。
こういうところで、さすが侯爵令息様だなあって実感する。
「この度はご迷惑をお掛けして申し訳ない」
「とんでもないことでございます。……少々、お時間をいただけますか?」
父は頷き、私と母へ向き直って言った。
「しばらく二人で話す。茶は俺がやる。アザミさんはそちらを」
父が手で示した先にはレイさんがいた。
「はぁい」と母は気だるげに返事をした。
明らかに面倒くさそう。
背が高くて凛々しい母が、腕を組み、ばちばちに長い睫毛を逆立て、じっとレイさんを捉えている。
母の態度はそれはもう失礼なものなのだけれど、レイさんは意に介さず、いやにニコニコしたままだ。
「お暇なんです?」
母は開口一番、呆れたように言った。
プッと噴き出したのはレイさんだ。
「いやあ、別に君たちの結婚生活がどうなのかとか、仲良くやっているかとか、そういうのを見に来たのではないですよ?」
「はいはい」
いまいち状況が飲み込めていない私に、母が言った。
「この人ねぇ、私たちの教官だったのよ」
「ええっ!?」
教官?
そういえば、父や母が魔法士官学校に通っていた頃は、もっと軍事寄りの学校だったんだっけ?
名前は同じ魔法士官学校だけれど、運営母体とか違っていたと聞いた気がする。
「鬼教官だったの」
「ええっ!?」
「ほほほ」
レイさんは母の言葉に一切の反論もせず、代わりにお年寄りみたいな笑い方をして、飄々と受け流した。
鬼には見えない。
それに、レイさんは父や母より若く見える。
魔法使いだからと理解はしても感覚が追い付かなくて、頭が混乱している。
「シヅ嬢」
「は、はい!」
レイさんに名前を呼ばれ、思わず背筋をピンと伸ばす。
そうしないと怒られるんじゃないかと思ったから。
「どうです、ご両親の若い頃の話、聞きたくないですか?」
「若い頃の話……ですか?」
「恋バナとか」
「聞きたいです!」
母は怒鳴り声を上げる前みたいに大きく息を吸い込んだけれど、私が目を輝かせると、全部ため息に変えて吐き出した。
「外で聞かせるような話じゃないから」と母は言って、渋々といった様子でレイさんを家の中に案内した。
私も荷物を持って家の中に入り、ふと玄関で立ち止まる。
なんてことない、実家の匂い。
木と、香ばしいお茶の匂い。
それから、虫除けのお香の匂い。
実家を出て四半期しか経っていないのに、もうこんなに懐かしい。
帰ってきたんだなあ。
大きく深呼吸をしてから、私は家の奥へ踏み出した。
――ちなみに。
両親の恋バナは、良くいえば情熱的な、悪くいえば猟奇的とも思えるほど波乱万丈な話で、私には刺激が強すぎた。
でも、父が母にべた惚れなのはずっと、それこそ、出会いから今日まで続いていて、そこだけはなんだか羨ましいなあと思った。
次話投稿は 2026/5/18 21:00 です。




