32.魔法使いとお披露目会(2/4)
結局私は、マリカに返答を待ってもらい、次の日の放課後、ツバキ先輩に聞いてみることにした。
私の独断で断るより、一度はツバキ先輩のお耳に入れたほうがいいと思ったからだ。
ミチル先生から、今日もツバキ先輩は第五実習室にいると聞いた私は、急ぎツバキ先輩に合流した。
魔装置の実験中だったにも関わらず、ツバキ先輩は嫌な顔一つせずにお披露目会のことに耳を傾けてくださった。
「私を招待するというのは、もちろん謝礼の意図もあるのでしょうが……、シヅさんの婚約者として、ということですよね」
「ええ、はい、そうです……」
「では、お気持ちだけ頂戴します、とお伝えください。シヅさんと黒陽子爵令嬢で積もる話もおありでしょう?」
「はい。お気遣いありがとうございます、ツバキ先輩」
「いえ、私もその日はミチル先生から頼まれごとがありましたから」
ツバキ先輩の参加をやんわりお断りする流れになって安堵しかけたそのとき、ガラガラガラ、と扉が開いた。
「おいおい、向こうさんはペアなのに、シヅを一人にするつもりか?」
ミチル先生が入ってきた。
すっごくニヤニヤしている。
「そういうつもりでは……。それに、その日はミチル先生のお手伝いがあるでしょう?」
「そんなの、他のヤツを捕まえるさ。婚約者として必要とされているときは一緒にいてやれ」
言っていることは至極まともだ。
普通なら、ミチル先生の言葉を頼もしく思っただろう。
けれどあいにくと、私とツバキ先輩は『偽装婚約』。
普通ではないのだ。
私のほうへ振り返ったツバキ先輩は、ものすごく申し訳なさそうな顔をしていた。
「……それでは、私も参加させていただきます……」
「はい……」
ミチル先生に聞かれた以上、仕方ない。
これで一緒に行かなかったら、関係を疑われるかもしれないもの。
「ではシヅさん」
ツバキ先輩が立ち上がり、私へ手を差し伸べる。
「今日はこれから、一緒に出掛けませんか?」
「はい!? え、あの……」
何と返事をしたらいいのか分からないうちに、ツバキ先輩に導かれるまま、笑みを必死に噛み殺すミチル先生を残して第五実習室を出て、魔法士官学校をも飛び出し――連れて来られたのは、魔法特区内の高級服飾店だった。
春花侯爵家も贔屓にしているお店らしく、小ぢんまりとしているけれど、お店の雰囲気も展示してある服もお上品だ。
私とツバキ先輩が店内に入ると、店員さんたちが一列に並んで待っていた。
「先ほどは伝書魔法をいただきありがとうございます。お待ちしておりました」
ご贔屓の侯爵家が来るとこんなことになるんだ……!
恐縮のあまり、私も出来得る限り居住まいを正した。
そんななか、ツバキ先輩はいつもの温和な調子で言った。
「急な訪問となり申し訳ありません。食事会用の平服で、彼女のものと、それから私のものを揃いでお願いしたいのですが」
店員さんたちの視線が一斉に私を刺し、けれどもすぐに柔らかな笑顔で「かしこまりました」と深くお辞儀をされ、個室へと案内された。
その個室のなかで、私は着せ替え人形のように衣装をとっかえひっかえしていた。
店員さんが勧めてくる服や、靴や、アクセサリーを、片っ端から着て、履いて、付ける。
そして出来上がりをツバキ先輩に見せると、一言目には必ず「お似合いです」と目を細められるのだ。
……正直、悪い気はしない。
けれどツバキ先輩はそれで満足はしてくれなくて、「もう少し薄めの色味のものはありますか?」とか「細身の物はありますか?」とか注文をつけて、店員さんもツバキ先輩の要望に合った衣装を次々に持ってくる。
その度にお手数をおかけして申し訳ない気持ちになるのだけれど、ツバキ先輩は活き活きとしているし、店員さんはホクホク顔だ。
「ああ、とてもお似合いです!」
一際満足げな声と表情でそう言われたのは、十数着ほど脱ぎ着したあとのことだった。
自分では絶対に選ばない華やかで品のある色柄の上衣。
それに対して、下衣は黒いズボン。
……ズボンにしてもらった。スカートなんてほとんど穿いたことがないから。
いつも着る服より細身なのに、締め付けられるような不快感はなく、むしろ滑らかな生地が肌に当たるのが心地良かった。
「靴は合っていますか?」
靴も綺麗だ。
爪先から踵まで色鮮やかな刺繍とビーズが施され、キラキラしている。
「はい、大丈夫です」
「では、靴はこちらで。それから、ネックレスとイヤリングはもう少し大振りのほうが良さそうです。色も、濃いもののほうが似合いそうですね」
ツバキ先輩が店員さんに指示を出し終えたときには、すでに店員さんが別のアクセサリーをいくつか手にしていた。
ネックレスもイヤリングも、見たことのない大きさの宝石がはめ込まれている……。
きっと似合わないだろうな、と思いつつ、しかしされるがまま、アクセサリーを付けてもらう。
すると、ネックレスは上衣になじんで、まるでこの服のために仕立てたんじゃないかと思うほど。
イヤリングの存在感も、私の顔を小さく見せてくれる。
「とてもお似合いです。こちらでいきましょう」
ツバキ先輩もご満悦だ。
春風のような笑顔で見つめられると、なんだかくすぐったい。
「これらに合わせた外套を仕立てたいのですが」
「かしこまりました」と、店員さんは丁寧に一礼して去って行く。
いや、ちょっと待って。仕立てる!?
思わず試着室の中へツバキ先輩を引っ張って、耳打ちした。
「あの、ツバキ先輩! 私、そんなお金ないです……!」
するとツバキ先輩はきょとんと目を丸くして、すぐにいつもみたいに穏やかに微笑んだ。
「私からの贈り物です」
「え!?」
静かな店内に品のない声が響いてしまって、反射的に口を噤む。
「『偽装婚約』者の身の回りを整えるのは私の義務ですから」
さも当然というように、ツバキ先輩は言い切った。
そうは言っても、所詮『偽装婚約』だ。
普通に考えて――いや、普通は『偽装婚約』なんてしないけれど……、こんな高級なもの、いただけない。
「ご迷惑でしたでしょうか」
ツバキ先輩がしゅんと眉を下げる。
それはもう、雨が降ったみたいに、本当に悲しそうに。
こんな顔をされてしまったらなんだか断るのは申し訳なくて、ツバキ先輩に見立てていただいたこの一式だけ、お言葉に甘えて頂戴することにした。
次話投稿は 2026/5/4 21:00 です。




