31.魔法使いとお披露目会(1/4)
合格祝いをした次の日。
私が第五実習室を訪れると、ツバキ先輩は気遣わしげに言った。
「ボタン様から伺いましたが、昨日は大変でしたね。お怪我などはありませんか?」
昨日? と首を傾げそうになって、ふと思い出す。
「そんな、ただ酔っ払いに絡まれただけですから」
魔法警備隊から校長先生に報告が上がったのかな。
大したことじゃないのに。
私が笑って見せると、ツバキ先輩は表情を緩めた。
「ご無事でよかったです」
「心配してくださってありがとうございます」
私はもう、人間なんて怖くない。
いつでも魔法が使えるのだから。
そしてそれは――
「免許の取得、おめでとうございます、シヅさん」
私もちょうど免許のことを思い浮かべていたものだから、笑い声が漏れそうになった。
「ありがとうございます。ツバキ先輩にご指導いただいたお陰です」
「私は何も。シヅさんの頑張りが報われましたね」
もちろん、ミチル先生の試験対策は完璧だったから、授業だけでも合格はできただろうなって思う。
でも、私が自信を持って魔法を使えるようになったのは、ツバキ先輩のお陰だと思うのだ。
魔力解析で途方もない回数の魔法を使って、できたら褒め、できなくても励ましてくださって。
魔法実技だけではなく、筆記試験もそうだ。
分からないところを聞いたら丁寧に教えてくださった。
お礼を言っても「シヅさんは私の『偽装婚約』者なのですから当然のことです」と返されるばかり。
いつかツバキ先輩にも恩返しができるといいな、と思う。
「今日お呼びしたのは、一つ、シヅさんにお願いがありまして」
「はい、なんでしょう?」
改まった様子のツバキ先輩につられ、私も姿勢を正す。
「夏季休暇中に、白陰子爵にご挨拶に伺いたいと思っております」
「……え?」
白陰子爵――父に?
「『偽装婚約』している身ですのに、白陰子爵に一度も顔を合わせていないのは、些か失礼かと思っておりまして」
「父は気にしてないと思いますが……」
「私が、気になってしまうのです」
ツバキ先輩は律儀だなあ。
本来なら私の父が春花侯爵を訪ねるべきなのに。
「そこでお願いがあるのですが、シヅさんにもご一緒いただきたいのです」
「私も、ですか?」
「ええ。……正直なところ、白陰子爵に面会するのに、一人では心許なくて」
私としても、ツバキ先輩を一人で父に合わせるのは忍びない。
父が粗相をしないか心配だからだ。
ただ、いくつか問題がある。
「あの、夏季休暇中の乗合馬車はとても混みあって辛いと思います」
真夏のうだるような暑さのなか、ぎゅうぎゅうで身動きの取れない馬車に乗るなんて、拷問以外の何物でもない。
そんな思いはツバキ先輩にしてほしくない。
でも、ツバキ先輩はかぶりを振った。
「お気遣いいただきありがとうございます。でも大丈夫です。私の馬車で参ります」
『私の』。
乗合馬車じゃなくて、ツバキ先輩が所有されている馬車を使うつもりなんだ。
さすが侯爵令息。
「えっと、時間がかかりますよ?」
「私の馬車であれば乗り換えもありませんし、夜も移動を続ければ二日ほどで到着するかと」
「ふ、二日!?」
通常五日はかかるのにすごい!
でも、ツバキ先輩と二日間ずっと向かい合い続けると思うと……。
「ああ、もちろん、シヅさん専用の馬車をご用意いたします」
「え!?」
なんて贅沢な……!
こんなに至れり尽くせりでいいんだろうか、と思うほどとても魅力的な案だ。
けれど、最後に一つだけ、どうしても譲れないことがあった。
「あの、わがままを言って大変恐縮なんですが……私が乗る馬車にもう一人乗せられますか? マリカ……黒陽子爵令嬢も一緒に帰省できればと思って」
「はい、お二人なら問題ございません」
こうなると、もう拒否する理由はない。
「それでは、よろしくお願いします。お世話になります」
「こちらこそ。当日が楽しみです」
ツバキ先輩はいつも以上に上機嫌に笑った。
正直、白陰領なんて田舎で何もないので、楽しみにされると困ってしまうのだけれど……。
* * *
帰省のことをマリカに話すと、一度は恐縮のあまり辞退したけれど、最終的には一緒に帰省することになった。
律儀なマリカはその場でどうお礼をすべきか悩み始め、突如ハッと目を見開く。
「大したものではないけど、食事会にご招待したいの」
「食事会?」
「そう。シヅに私の婚約者を紹介するための、食事を兼ねたお披露目会を計画しているのだけれど、ご一緒にどうかしら?」
そういえば、そんな話もあったなあ。
私としても、マリカの婚約者様にきちんとご挨拶をしておきたい。
でもその席にツバキ先輩も一緒となると……悩む。
だって私とツバキ先輩は『偽装婚約』なのだ。
食事会で婚約者として紹介するというのは、取り決めからかけ離れている気がする。
私が戸惑っていると、マリカがしゅんとした顔で言う。
「帰省の馬車を出していただくのに、事前にご挨拶もないなんて、私が非常識だと思われるわ」
私だって、マリカが無礼な人だとツバキ先輩に誤解されるのはイヤだ。
でも、しおらしさを貼り付けたマリカの顔に『そろそろシヅの婚約者を紹介してほしいなあ』という気持ちが透けて見えるのは……私の気のせいじゃないと思う。
次話投稿は 2026/5/2 21:00 です。




