29.魔法使いと兄(1/2)
『魔法使いが魔法石を携帯するためには、国家試験に合格し、免許を取得しなければならない』――それが紅国の法律だ。
これまで私たち一年魔法特科が学んできたのは、国家試験に合格するため。
さらに約ひと月の国家試験対策授業を経て、私たち四人は免許を取得した!
最初の対策授業のとき「国家試験に落ちたら一般クラス行きだからな!」という脅しで発破をかけてくれたミチル先生。
筆記試験が難しすぎて助けを求めたら「今から法律書や歴史書を読み返すのは難しいので、要点を丸暗記するしかないですね」と身も蓋もないことを仰ったツバキ先輩。
追い込みをかける私たちを「毎年この時期の一年魔法特科は辛そうねえ」「もはや風物詩ね」と微笑む女子寮のお姉様方。
……いろいろな形で見守られた一か月だった。
自分の首から下げた学生証がふと目に留まり、持ち上げてみた。
入学当初はただの金属板だった学生証は、免許を取得したことで青みを帯び、光沢が増した。
学生証と一緒に紐に通された携帯用の魔法石はずっしりと重みがあって、これが現実であることを伝えてくる。
「シヅったら、また眺めてるのねえ」
マリカがからかうように言うと、ハクト君は声を上げて笑い、トウマ君は微笑んでいた。
私たちは今、商業区にある小料理屋さんに来ている。
合格祝いにみんなでお昼ご飯を食べることになったのだ!
商業区に来たのは入学当初以来。
……ユヅキと出会って以来だ。
少し不安はあるけれど、魔法石もあるし、みんなといれば大丈夫!
「それじゃあ、四人の合格を祝して! かんぱーい!」
ハクト君の合図に、私たちは茶杯をこつん、と鳴らす。
「んー! 生き返るー!」
ハクト君の言う通り、冷たいお茶が身体中に染み渡っていく。
首都の夏はとても暑い。
町行く人間たちは薄手の半袖に、帽子やショールで直射日光から身体を守っていた。
それに対して私たちは、長袖長ズボンに外套まで羽織っているから、暑くて暑くて堪らない。
魔法士官学校の敷地内は温度や湿度が快適に保たれているから、油断していた。
配膳された大皿料理を取り分けるハクト君に、マリカが話しかける。
「それにしても、ハクト、よく落ちなかったわね」
模試を始めたころは筆記が苦手だったハクト君は、最終的には私たちとあまり変わらない点数に落ち着いた。
「僕、やればできる子だから!」と、ハクト君は得意げに胸を反らした。
私も野菜を取り分けつつ、大皿料理のお魚の身を骨から丁寧に外してくれているトウマ君に声をかけた。
「トウマ君も、水魔法の調整が間に合ってよかったね」
「ああ。シヅのお陰だ。ありがとな」
「トウマ君が頑張ったからだよ」
特性を持つ魔法使いは、一部試験内容が免除される特例がある。
でもトウマ君は特例を適用せず、水魔法を練習し、見事合格に漕ぎ着けた。
実技試験は基礎的な内容だったとはいえ、すごいことだと思う。
食べ始めてすぐ、話題は今後のことに移った。
「そういえば、もうすぐ夏休みだけど、シヅちゃんとマリカちゃんは帰省するの?」
「帰省かあ……」
国家試験に追われていて、何にも考えていなかった。
「マリカは帰る?」
「うーん、どうしようかしら。帰りたい気持ちもあるけど……」
そこまで言って、マリカはご飯を頬張る。
マリカが悩む気持ちはよくわかる。
私たちの故郷まで、片道五日はかかる。
この暑いなか混雑した乗合馬車に揉まれるのは、考えるだけで辛い。
そしてなにより頭を悩ませる問題が二つ。
『魔狩り』と魔物だ。
魔法使いを攫う組織『魔狩り』。
今年は『魔狩り』の活動期だ。
帰省途中に運悪く遭遇する可能性がある。
さらに運悪く、今年は魔物の活動も激化しているという。
万が一、凶暴化した魔物に襲われたら大変だ。
今年は帰省しなくてもいいかなあ、という気持ちになった。
最後に食後のお茶を飲んでいるとき、ハクト君が言った。
「ね、僕、ずっと気になってたんだけど」
ハクト君は正面を見たまま、視線だけ真横に移して言った。
「ずっと誰かにつけられてるんだよね」
「は?」
あっけらかんと放たれた言葉に、私とマリカとトウマ君の声が重なる。
ハクト君は探知魔法を展開した。
テーブルの中心に、黒くて丸い探知用のレーダーが映る。
レーダーには五つの白点が映し出され、四つの点は真ん中に集まっていて、もう一つの点は離れた位置にいた。
「この真ん中の四つの丸が僕たち。この、そこの窓の外から伺ってるのが不審者」
ハクト君のレーダーを頼りにお店の小窓をちらりと横目で見ると……確かに誰かいる!
不審者の顔は木の陰に隠れて見えない。
「間違いないの?」
私が聞くと、ハクト君は深く頷いた。
「だってお店に入る前からつけられてたよ」
「なんで言わねぇんだ」
「いやー、たまたま同じお店に用があるのかなーって思って……。それがまさか店の前で出待ちするなんて思わなかったんだもん」
ハクト君の気持ちも分かる。
やたらと他人を疑うのも気が滅入るから。
――でも、もしもユヅキだったら?
そう考えるとどっとイヤな汗が噴き出した。
横目で見たマリカは小さく震えている。
「じゃあ、もう帰ろう」
私が立ち上がると、ただならぬ気配を感じたのか、トウマ君もハクト君も帰り支度を始めた。
次話投稿は 2026/4/25 21:00 です。




