28.魔法使いと一般教養(3/3)
ある日の放課後、私はトウマ君と一緒に第五実習室に向かった。
私の特性が判明してから、魔力解析はミチル先生から声がかかったときだけ、数日おきに実施するようになっていた。
今日はそれに加えて、魔力解析にトウマ君を同席させるよう、ミチル先生から指示があったのだ。
第五実習室では先にツバキ先輩が待っていた。
トウマ君をツバキ先輩に紹介しようと思ったら、先にツバキ先輩が口を開いた。
「まあ、トウマさん。先日はどうもありがとうございました」
「こ、こちらこそ、あのときは、ありがとうございました……」
ツバキ先輩は一瞬目を丸くしたけれど、すぐ表情を綻ばせた。
「トウマ君、ツバキ先輩を知ってるの?」
「ああ。この前、特性を突き止める魔装置、使わせてもらった」
しばらくすると、ミチル先生もやって来た。
「今日は『トウマが水魔法を使えるか』試したいと思っている」
ミチル先生の言葉に、トウマ君は虚を突かれた顔をした。
それもそのはず。
トウマ君は水魔法を使えない。
そういう特性なのだそうだ。
この一か月、水を生み出すことも、操ることもできなかった。
魔法陣を模写しても、魔法陣が砂のように崩壊するのだ。
そのたび、悔しそうに唇を引き結ぶトウマ君を見てきた。
みんなにできて、自分だけできない。
その歯痒さは、私にも痛いほど分かる。
「もちろん、闇雲にやるわけじゃない。シヅに協力してもらう」
――実は私は、あらかじめミチル先生に今日の目的を聞いていた。
「トウマが水魔法を使えるように協力してほしい」と。
どういうことか詳しく聞いてみると、『水魔法を使えない』特性のトウマ君に、私の特性『反転』を掛け合わせれば、水魔法が使えるようになるんじゃないか、ということらしかった。
これにはもちろん、その場で即、快諾した。
ただ、一つ不安があって……、私はみんながいるこの場でミチル先生に疑問を投げかけた。
「……私の特性って魔法陣の効果が反転するんですよね?
トウマ君の特性に効くんでしょうか?」
「それを試したいのもあってトウマに協力してもらってるんだ」
なるほど、これは私の魔力解析も兼ねた一石二鳥な試みなんだ。
うまくいくといいな。
もしも私の特性が誰かの役に立つのなら、とても嬉しい!
「よし、それじゃあまず、手を繋いでみてくれるか」
ミチル先生の指示に従い、私はトウマ君へと手を伸ばす。
トウマ君は一度手のひらをズボンに擦り付けてから、私の手を取った。
トウマ君の手は、しっとりと温かい。
指が長くて太くて、私の手なんか簡単に包み込んでしまう。
「それじゃあ、先にシヅからトウマに魔力を流してみてくれ」
「はい!」と返事をして、私はトウマ君の手のひらに、ゆっくり魔力を流してみる。
ぴくりとトウマ君の手が震えた。
「トウマ、どうだ? シヅの魔力が流れてくる感覚、分かるか?」
「はい、分かります」
「よし、それじゃあそのまま、シヅはトウマに魔力を流し続けてくれ」
ミチル先生はそう言うものの、魔力を流し始めてからというもの、トウマ君の手が小刻みに震えているのが気になり、こっそり話しかけた。
「トウマ君、ごめん、大丈夫? 痛い?」
「いや、違う! その、なんか、こそばゆい……」
堪え切れなくなったのか、トウマ君の唇が緩み吐息が漏れた。
あ、本当にくすぐったいだけなんだ。
拍子抜けして私もつい、くすりと笑ってしまう。
そんなことをしているあいだに、トウマ君のもう一方の手に、ミチル先生が魔法石を握らせた。
「それじゃあトウマは、水を出す魔法を使ってみてくれ」
「……はい」
トウマ君が俯き、暗い声で返事をした。
不安そうに魔力を操るトウマ君が、突如ハッとして顔を上げると――ぽたり、と鼻の頭に水滴が落ちてきた。
「あ……!」
トウマ君が驚きと喜びで目を見開いたその瞬間、ザザーっと一斉に水が降ってきて、周りの床がびちょびちょになってしまった。
幸い、私もトウマ君も無事だ。
ツバキ先輩が結界を張ってくれたから。
「……す、すいません……」
トウマ君がか細い声でそう言うと、ミチル先生は声を上げて笑った。
「あっはっは! 水魔法、使えたな!」
トウマ君は実感が湧かないのか、呆然としている。
力が抜けたのか、繋いでいた手がするりとほどけた。
すかさずツバキ先輩が話しかける。
「トウマさん、水魔法を使った感覚は残っていますか?」
「えっと、魔法使った感覚……、あります」
トウマ君は心臓の辺りを抑えていた。
正確には、心臓の隣の臓器、魔臓だ。
走ると心臓がどくどくと脈打つように、魔法を使ったときには魔臓が脈打つのだ。
そして魔法を使った感覚はもう一つある。
爽快感や解放感だ。
これはトウマ君の顔を見れば、尋ねるまでもなかった。
「トウマ、喜んでるところ悪いんだが、一つ確認しておきたい」
「はい」
「お前、水が苦手になるようなことって何か心当たりないか? 例えば、溺れたことがある、とか」
ミチル先生の言葉を聞いて、トウマ君が顎に手を当て考える。
「……えっと、これ、違うかもですけど……。
白虎の養子になってすぐ、井戸に突き落とされたことがあって。なんとか自力で抜け出したけど、冬で、着替えとかなくてそのまま一晩……」
「まあ……」とツバキ先輩はまるで自分のことのように悲痛な面持ちでそう言った。
「それだな。身体を冷やさないように、魔力が過剰防衛しているんだろう」
ミチル先生はあくまで淡々とそう言った。
私は言葉が出なかった。
そんなひどいことができるなんて信じられない。
白虎伯爵のことが、どんどん嫌いになっていく。
「それなら、きっとトウマの特性は後天的なものだ。訓練していくうちに水魔法も使えるようになる」
ミチル先生の言葉に、トウマ君は目を輝かせる。
少し前まで不安で沈んでいた虹彩が、今はまるで水面に映る夕日のようにきれいだった。
……そんなトウマ君の顔を見ていると、いつか白虎伯爵にお礼参りに行きたいなあ、と腹の底から思った。
次話投稿は 2026/4/20 21:00 です。




