27.魔法使いと一般教養(2/3)
「……ははっ」
最初に声を上げたのはミチル先生だ。
不愉快が一周回って、冷たく乾いた笑い声だった。
「この石ころにそんな機能はない。仮に位置特定や盗聴の機能があったとしても、学校の周りに設けられた魔法で遮断されるしな」
ミチル先生がブローチを摘まみ上げ、ぐっと力を入れる。
がしゃん! と大きな音を立てて、宝石が粉々に砕けた。
「喋っていい」
「……ありがとう、ございます」
トウマ君の意思で発したその言葉はとても力強くて……、それがなんだか、とても嬉しく感じた。
私だけじゃない。
マリカやハクト君も、それからミチル先生も、ホッとして一様に目尻を下げていた。
でも、トウマ君は一人、バツの悪そうな顔で俯いて、頭を下げてしまった。
「今まで、悪かった」
「トウマが悪いんじゃないだろ。大方、白虎伯爵に『魔法使いと仲良くするな』とか言われてたんじゃないのか?」
即座にそう言ったのはミチル先生だ。
トウマ君はさらに視線を落とす。
「でも、俺、ブローチのこと、本当は――」
「『気付いてたけど言えなかった』、か?」
トウマ君がパッと顔を上げた。
どうやら図星らしく、目を見開いている。
「自信がなかったんだろう? それだって仕方のないことだ」
ミチル先生の言う通りだ。
魔法士官学校に来てすぐのころは、魔力の気配を掴むことすら困難だった。
それがだんだんと魔力というものの存在を、見えないけれど感じられるようになっていった。
本来なら、その時点で判断を下せたんだろう。
でも、トウマ君は自信がなくてできなかった。
自信がなくなるほど、白虎伯爵に虐げられ、貶められてきたんだろう。
「トウマは、悪くないんだ」
ミチル先生がトウマ君を励ますように肩を叩き、ニッと歯を見せて笑う。
トウマ君は泣きそうな顔をしていて、私たちまで堪らなくなってしまった。
「そうよ。トウマが謝ることなんてないわ」
「そうそう。僕たちにイジワルしたかったわけじゃないんでしょ」
「そうだよ! むしろ、ごめんね。私たち、何も気付かなくて……」
ミチル先生もマリカも私も、矢継ぎ早にトウマ君へ言葉をかける。
「いや、それこそ、皆が気に掛けることじゃねぇし……」
そう言ったあとで、トウマ君が顔をしかめる。
「あ、えっと、……実は、俺、去年まで孤児院で暮らしてて、白虎に養子として引き取られたんだ。その、言葉遣い、気ぃ付けてるんだけどよ、……じゃなくて、いるんだが、人を不快にさせるから喋るなって言われて……」
誰にそう言われたのかなんて容易に想像がつく。
白虎伯爵だろう。
トウマ君が喋ってくれるほど嬉しく感じるのに、そう感じれば感じるほど、白虎伯爵に黒い感情が腹の中で渦巻く。
心の中に黒いシミがじわじわと広がっていく。
自分でも信じられないくらいに、衝動的な感情が膨れ上がって、胸から溢れて出てきそう。
でも今は、その衝動をなんとか抑え込んだ。
「ねえ、トウマ君。私たち、そんな言葉遣いぐらいで不快に思ったりしないから!」
「そうそう。魔法使いなんて不遜なくらいでちょうどいいんだよ」
「ハクトはもう少し慎みってものを持ってもいいわよ……」
私たちが口々にそう言うと、トウマ君は首の後ろをこそばゆそうに掻いた。
「……ありがとう。ありがとな」
トウマ君は照れたようにそう言って、笑った。
初めて見たトウマ君の笑顔は、ちょっとだけやんちゃそうな、くしゃりとした笑顔だった。
授業はそのまま、なし崩し的に終わってしまった。
私が自席で次の授業の準備を始めていると、トウマ君が隣に立っていた。
「あの……、シヅ」
「なあに? トウマ君」
「シヅに謝らねぇとな、ってことがあって」
「え? なにが?」
心当たりがなくてそう聞き返すと、トウマ君は言いにくそうに目を逸らして言った。
「その、……白虎伯爵が、何度もしつこく縁談を取り付けようとしていたらしくて」
そういえば、父が言っていた。『何遍断っても釣書を送ってくるヤツ』と。
……あれ、白虎伯爵だったんだ。
トウマ君の話を聞く限り、白虎伯爵は魔法使いを見下しているんだろう。
縁談をしつこく迫るような横柄さにも納得がいく。
白虎伯爵には腹立たしいけれど……、ここはぐっと堪えた。
「ああ、そんなこと? 大丈夫だよ。トウマ君が謝ることじゃないから、気にしないで」
本当に、なにも気にしていない風を装って言った。
だって、トウマ君は何も悪くないのに、わざわざ謝ってきたんだもの。
これ以上、気を揉ませたくはない。
「すまねぇな、気ぃ遣わせて。『侯爵家と婚約した』って聞いてからは、さすがに手を引いたらしいけど……」
「そっか! そうなんだ」
しつこい縁談が減って、父の負担が減ったら嬉しいなあ。
そのために『偽装婚約』したんだから!
私が胸を撫で下ろすと、トウマ君も肩の荷が下りたようで、二人で気の抜けた笑顔を見合わせた。
次話投稿は 2026/4/19 21:00 です。




