26.魔法使いと一般教養(1/3)
とある放課後。
魔力解析のため、教室からミチル先生と一緒に第五実習室へ向かっていたときのことだ。
「シヅって、トウマと仲いいか?」
私は言葉に詰まってしまった。
喧嘩をしたことは一度もない。
でもそれはトウマ君が喋らないからであって、仲がいいかと言われると分からない。
入学したころより打ち解けているとは思うけれど。
「そもそもあんまり喋らないか」
「そうですね。会話自体、あんまり……」
「だよなあ」
ミチル先生が苦笑しながら前髪を掻き上げる。
その表情に含みがあって、なんとなく、ミチル先生はトウマ君が会話しない理由を知っているように感じた。
「あの、どうしてトウマ君は、あんまり喋ってくれないんでしょうか」
「あー……。大方、父親の白虎伯にでも『魔法使いと仲良くなるな』と言われてるんだろう」
「え? どういうことですか?」
私は意味が分からず首を傾げた。
だって学校って、勉強しながら人脈を築く場所じゃない?
しかも魔法士官学校には魔法使いしかいないんだから、『魔法使いと仲良くなるな』だなんて土台無理な話だ。
「魔法使いを虐げてるような地域から上京してくる生徒には、『他の魔法使いと交流するな』って言われる生徒がいるんだ。
ほら、いじめてる連中からすれば、魔法使いに徒党を組まれてお礼参りでもされたら堪らないだろう?」
ミチル先生は事も無げに言うけれど……信じられない!
頭にかーっと血が昇るのを感じる。
「なんですそれ! それじゃあ最初っからいじめなきゃいいのに!」
「怒るな怒るな。まあ、そんなふうに命令されてたって、大概はひと月もしないうちに友達を作ってるもんだ。魔法が使えるようになったら、人間に脅されたって怖くもなんともないからな」
それはそう。
ひと月もすれば魔法が使えるようになって、身体強化魔法のお陰で膂力や走力でも人間に負けることはない。
私も、今なら『魔狩り』の人間くらいなら返り討ちにできる自信がある。
そう思えば、私も確実に強くなっているんだ。
「だがまあ、トウマはひと月以上黙ってるから、なんか、ひどく脅されてるっぽいよな」
「脅されて……?」
どうしてトウマ君が脅されないといけないんだろう?
トウマ君は見た目はちょっと怖いけれど、良い人だと思う。
遅刻もなければ、授業を放棄したこともなく、授業態度は至って真面目で、さりげなく助け船を出してくれる。
それに伯爵令息なのに偉ぶったりもしない。
悔しくて、ぎゅっと拳を握り締めた。
「どうしたもんかなあ」と呟いて、ミチル先生はまた前髪を掻き上げた。
私も、なにか力になれるといいのだけれど。
同級生だもの。
できることなら手を貸したい。
ただ、トウマ君に断りなく動いて、迷惑をかけてしまっては意味がない。
このときはまだ、私にできることなんて何も思いつかず、もやもやした気持ちで魔力解析に向かった。
――転機は翌日の自習時間に訪れた。
「あーもー、やだ」
そう言ってハクト君がペンを投げ出した。
不満げに口を尖らせて、頬杖をついている。
「こんなんやってたら気が滅入っちゃうよ」
今日の自習課題は、『紅国の興り』。
例えば――紅国は五人の人間と『賢者』と呼ばれる魔法使いが中心になって『悪しき魔法使い』を打ち倒したのが始まりだ。
魔法使いは悪しき存在で、人間に導かれなければ堕落する存在である。
魔法使いは人間の存在に感謝し、魔法使いは常に人間のために尽くさなければならない――。
……正直、投げ出したくなる気持ちは分かる。
そんなハクト君に、マリカが目を吊り上げた。
「もう。そんなこと言ったって、やるしかないでしょう? ミチル先生も仰っていたじゃない。ほら、集中、集中」
ミチル先生曰く、魔法士官学校は国立の学校だから、国の決めた学習内容をやらないといけないらしいのだ。
きっとミチル先生も、こんなこと何度も口に出すのがイヤで自習にしたのかな、と思う。
諦めて教科書に向き合ったそのとき、すーっと心地のいい筆記音が耳に入る。
隣に座るトウマ君だ。
背筋を伸ばし、ゆっくり丁寧にペンを動かしている。
やっぱり高位貴族って、字を書くだけでも様になるんだなあ。
私も頑張ろう、とペンを持ち直したところで……一つ、閃いた。
トウマ君、筆談だったら応じてくれるかも?
いつもは休み時間に話しかけようとするたび逃げられていたけれど――授業中の今なら逃げ場がない!
私は急ぎノートを破いてペンを走らせ、トウマ君の机に、そっとノートの切れ端を置いた。
『お節介かもしれないけれど、なにか力になれることがあったら教えてね』
当たり障りのないことを書いた自覚はある。
でも、最初からあまり詮索しすぎたり、想像で物を言うのはよくない。
もしかしたらトウマ君は本当に独りが好きなのかもしれないし。
それを見たトウマ君は固まった。
少しの逡巡のあと、ぎゅっと唇を引き結んでペンを取る。
トウマ君はノートの切れ端に短く書き足すと、外套の内ポケットから取り出した『何か』を添えて、私の机に戻してきた。
『何か』はブローチだった。
入学当初からつけている、黒い宝石に金の縁取りがついた立派なブローチ。
ノートの切れ端にはきれいな字でこう書かれていた。
『声を出さずに答えてほしい。ブローチから魔力を感じる?』
私は即座に首を横に振った。
魔力は感じない。
真っ黒な宝石だけど、これは魔法石じゃなくてただの宝石だ。
「何してるの?」とハクト君が話しかけてくる。
私は咄嗟に、しーっと身振りで伝えて、ノートの切れ端を見せる。
ハクト君は文字とブローチを交互に見やると、首を横に振った。
途中から見ていたマリカも、同じように首を横に振る。
トウマ君がブローチに視線を落としたそのとき、ミチル先生が戻ってきた。
「お前たち、自習は終わったのか? 随分優秀じゃないか」
ミチル先生は少しおどけたようにそう言った。
私たちが遊んでいると思ったんだろう。
でも、その中心にいるのがトウマ君だと分かると、ミチル先生は表情を引き締めた。
すかさずハクト君がミチル先生を手招きした。
「ねえ、ミチル先生。これ、魔力なんか感じませんよねー?」
ハクト君はトウマ君のブローチを無遠慮に取り上げ、ミチル先生に手渡す。
「そうだな、魔力は感じない」
ミチル先生は笑顔だけれど、戸惑っていた。
それは私たちも同じだ。
どうしてトウマ君はそんなことを聞いてきたんだろう?
みんなの視線がトウマ君へ注がれる。
気まずそうな顔をしたトウマ君が、またノートに何かを書き始め――その内容に、私も、みんなも絶句した。
『このブローチで俺のことを常に監視していると父から言われた』
次話投稿は 2026/4/15 21:00 です。




