24.魔法使いと校長先生(1/2)
放課後、いつものように第五実習室でツバキ先輩と向かい合っていた。
「本日は魔法陣の専門家の方がいらっしゃいます」
私はぎこちなく頷いた。
ツバキ先輩は微笑んでくださるけれど……、普段より表情が硬い。
「……お気を悪くされたら申し訳ありません。何か質問されても、答え辛いことは私が答えますので」
専門家の方を呼ぶと決まってから、ツバキ先輩は私によく謝ってきた。
一体どんな方なんだろう?
頑固一徹! 職人オヤジ! みたいな方なのかな……。
そわそわしながら待っていると、ノック音に続いて、がらりと扉が開いた。
扉の脇ではミチル先生が恭しく頭を下げて、専門家の方を第五実習室の中へと促している。
入ってきたのは――
「お邪魔するわね」
目を見張るほどお美しい女性だった。
その瞬間、第五実習室がぱあっと華やいだ。
お召し物こそ外套にくるぶし丈の長いスカートという落ち着いた装い。
けれど、真珠のようにつやめく肌に、紅の塗られた唇が映え、巻き上げられた漆黒の御髪には大きな牡丹の花簪が咲き誇る。
まるで貴族の夜会を思わせるような、洗練された雰囲気をまとっていらっしゃる。
この圧倒的な存在感を放つ女性を、私は知っている。
「こ、校長先生……!?」
「おほほほ、よくご存じで」
さすがの私でも、入学式で最初にはなむけの言葉をくださった方のことを忘れるわけがない。
壇上で微笑む校長先生は気品に溢れ、期待に満ちた私の目にはより一層華々しく映ったのだ。
ハッと我に返ると、すでにツバキ先輩は立ち上がっていて、整った所作で頭を下げていた。
慌てて私も真似をする。
「ご足労いただきありがとうございます、ボタン様」
「他ならぬ坊ちゃんの頼みですもの!」
「……ボタン様。坊ちゃんは、ちょっと……」
「あらあらごめんなさい!」
顔を上げると、ツバキ先輩は恥ずかしそうに頬を赤らめていた。
「ボタン様には昔から春花侯爵家にご支援をいただいておりまして」
なるほど。
どうりで、祖父母と孫みたいな距離感だと思った。
ツバキ先輩、きっと可愛がられてきたんだろうなあ。
そんなゆるゆるふわふわとした空気を引き締めたのは、ミチル先生の咳払いだった。
「ほら校長、とっとと仕事して下さい」
「はいはい」
校長先生の深い紅紫色の虹彩に私が映り込む。
「あなたが、シヅさん?」
名前を呼ばれると、反射的にピッと背筋が伸びた。
「はいっ! 一年魔法特科のシヅです!」
「そんなに緊張なさらないで。気楽に、ね」
私を安心させるように、穏やかに笑う。
目も口元も柔らかなこの笑顔、ツバキ先輩とそっくりだ。
……いや、ツバキ先輩がそっくり、なのかな。
「早速だけど、まず、水から魔法石を生成したという魔法陣を見せてほしいの」
「はい!」
ミチル先生が魔力を可視化させる魔法を使ってから、私は魔法石を持って念じた。
――魔法石を、水に、変える。
頭の中に、あのレース編みのような魔法陣が浮かぶ。
思うがままに魔力を操作すると、私の手のひらの上に複雑な魔法陣が輝いていた。
校長先生は魔法陣をしげしげと眺めて――
「素晴らしいわ!」
校長先生は唐突に声を上げ、同時に私の手をガシッと握り締めてくる。
顔を上げると、校長先生の紅紫色の目が爛々と輝いていた。
「まさかこんな若い子が、これほど複雑な魔法陣を組めるなんて! ああ、でも、模写とは違うからあまり負荷は掛からないのかしら? でもとにかく、最初から多くの魔力を扱うことになるし、周りと違うといろいろと大変だったでしょう? それなのにきちんと授業についてこられて素晴らしいわ! さすがは坊ちゃんの婚約者!!」
「校長」とミチル先生が窘めるように言って、校長先生を私から引き剥がす。
我に返った校長先生は、バツの悪そうな顔をした。
……なるほど。ツバキ先輩が謝罪してきた意味がちょっと分かった。
気を取り直すように小さく咳払いをした校長先生は、今度はミチル先生へと向き直った。
「そして、これをミチル君が使ったら、水から魔法石ができたのね?」
「はい、そうです」とミチル先生が頷いた。
「こんな複雑な魔法陣が描けて偉いわねぇ」
「ははっ、光栄です」
ミチル先生が会釈すると、校長先生がその頭を撫でた。よしよし、と。
熊みたいに大きなミチル先生が、何の疑いもなく撫でられるがままにされている姿は、滑稽でもあり、お二人の力関係を感じ取らずにはいられなかった。
ひとしきりミチル先生の頭を撫でたあと、校長先生はもう一度私に向き直る。
「魔法石が生成できたことは誰かに話した?」
「いいえ。話さないように言われたので」
そう、ミチル先生に言われたのだ。
こういう先鋭的な話は拡散しやすいから、絶対に他言してはならない、と。
私はそれを遵守した。
噂がどれほど厄介なのかは、婚約の件で身に沁みているから。
「そう、賢い子ね」
校長先生は目を細めてそう言った。
私を褒めているというより、どこか昔を懐かしむような表情をしていた。




