23.魔法使いと特性(3/3)
私の特性は『反転』だ。
加熱の魔法陣を使えば冷え、冷却の魔法陣を使えば熱くなる。
では、私が温度を保つ魔法陣を使うとどうなるのか?
答えは、魔法陣が霧散して、何も起きない。
「なるほど、無効になるわけだな」
「では、対になる効果がなければすべて無効になるのか、調べなければいけませんね」
ツバキ先輩の声が心なしか弾んでいる。
知的探求心を刺激してしまったみたいだ。
「全部やらないといけないんですか?」
「そりゃあ、例外があるかもしれないからな。やってみないと分からないだろ?」
ミチル先生もちょっと楽しんでいる感じがする……。
まあ、いいか!
私もたくさん魔法が使えて嬉しいし!
――というわけで、私の魔力解析はひと月経った今も放課後だけ続いていた。
ひと月も一緒にいると、ツバキ先輩やミチル先生の人となりや距離感が掴めてきた。
確かなことは、ここでは私が意見を述べるのに遠慮も物怖じもいらない、ということ。
二人とも、私がどんなに頓珍漢なことを言っても笑わず聞いてくれるし、解説してくれる。
とても恵まれた環境だと思う。
そういう雰囲気だったので、私はいつも通り、何気なく、疑問を一つ投げかけた。
「私が使っている『水を出す』魔法陣を、ミチル先生やツバキ先輩が使ったら、どうなるんですか?」
「いやあ、不発じゃないか?」
ミチル先生が即座に言った。
明らかに面倒臭そうにしている。
「前、やってみないと分からないって言ったの、ミチル先生でしょう?」
私がそう言うと、ミチル先生はぐぬぬと言葉に詰まった様子で、渋々と準備を始めた。
まずツバキ先輩が魔力を可視化する魔法を使った。
私は魔法石を受け取り、いつものように念じる。
――魔法石を、水に、変える。
浮かび上がったレース編みのような複雑な魔法陣をミチル先生が模写し始めた。
「こういう細かいのは苦手なんだよなあ……」
そうボヤくけれど、さすがは教師。
魔力の操作に迷いがない。
複雑な魔法陣を描くには、その分、魔法石を消費する。
魔法陣を完成させたころには、魔法石はほんのわずかになっていた。
ミチル先生は一度細部を確認してから魔力を流した。
同時に、ミチル先生の手から魔法石が消えてなくなった。
魔法陣が仄かに光を帯びて、光の粒子がふわりと宙に溶けていく。
魔法が発動したのだ。
でも、その場で目に見える変化は何も起こらなかった。
「おかしいな。手応えはあったんだが」
ミチル先生が不思議そうな表情で前髪をかき上げたそのとき、カツンと小さな音がした。
その音につられて視線を移したミチル先生が「ははっ」と乾いた笑い声を上げ、机の上から何かをつまみ上げた。
ゴマ粒のようなそれは、魔法石だった。
「どうして魔法石が……?」
さっきまでこんな魔法石、なかったはずなのに。
まさか、と思った推測を、先に口にしたのはツバキ先輩だ。
「まさか、魔法石が復元したのですか!?」
ミチル先生は神妙に頷いた。
「俺の推測に過ぎないが……、魔法石を水に変えるという効果が『反転』して、水を魔法石に変えたんじゃないか?」
水を、魔法石に?
「でも、さっきミチル先生が魔法を使ったときには、水なんてどこにも……」
「いえ、おそらく空気中の水分を取り込んだのでしょう。取り込んだ量が少なかったから、結果として生成できた魔法石も小さかったのではないでしょうか」
魔法石が魔法で生成できるなんて話、聞いたことがない。
本当にそんなことが起こるの……?
半信半疑な私に、ミチル先生とツバキ先輩はキラキラと輝く眼差しを向けてくる。
きっと二人の知的好奇心をくすぐってしまったのだ。
「それじゃあ水がたっぷりある状態でやるか」
「はい、ご用意しました」
さすがツバキ先輩、ミチル先生が指示する前に大きな水瓶を抱えてきた。
小豆くらいの魔法石を使い切って、水瓶の中を水で満たす。
そしてミチル先生が、小豆ほどの魔法石を使い切って、素早く魔法陣を描き上げ、魔法が発動した。
すると魔法陣だった光の粒子が水と混ざり合い、淡く光を帯びた水がゆっくりと形を変え、やがて一点に収束していった。
ふっと光が消えたとき、水瓶の底でカツンと音がした。
すかさずツバキ先輩が水瓶をひっくり返す。
机の上で跳ねたのは、やっぱり小豆ほどの、闇を映したかのように真っ黒な魔法石だった。
「おお……!」「まあ……!」「わあ……!」
三者三様に感嘆の声を上げる。
「これは、すごい発見だぞ……」
魔法石は採掘するか、魔臓――魔力を生成する器官から取り出す以外に、入手方法はない。
その常識を覆してしまった。
歴史に残る大発見かもしれない!
どうしよう!?
この功績が認められて、『烏』に推薦されないかなあ!
……いやいや、そんな都合のいい話、あるわけないか。
「これは専門家に話を通したほうがよさそうだな」
ミチル先生の言葉に、私は首を傾げた。
「専門家、ですか?」
「ああ。魔法陣研究の専門家が、運良くこの学校に勤めているんだ。なあ、ツバキ?」
ミチル先生がそう言うと、明らかにツバキ先輩は狼狽していた。
「ええ……、はい。……それが一番、確実ですからね……」
珍しくツバキ先輩の声音が暗い。
乗り気ではないことが伝わってきた。
「あの、シヅさん」
「はい?」
ツバキ先輩の呼びかけに私が返事をすると、ツバキ先輩は深々と頭を下げてこう言った。
「先んじて、お詫びいたします……」
「ええっ!?」
事前に謝られるなんて、もう悪い予感しかしない。
ミチル先生のやけに大きな笑い声が第五実習室の中にこだました。
次話投稿は 2026/4/8 21:00 です。




