軍の形
― それは「人」を拾うことから始まった
西の戦線に赴任したセレンが最初に手をつけたのは、崩れた戦線の立て直しでも、砦の補強でもなかった。
「生き残りの部隊を拾う。できる限り多く。たとえ、一人でも」
それが、彼女の最初の命令だった。
将軍や師団長はほぼ全滅し、指揮系統は途絶え、兵は散り散りになっていた。
生き延びた兵たちは森の中に、村の影に、峡谷の洞に身を潜め、それぞれが小さなゲリラ戦を続けていた。
そんな中、セレンは戦場の地形、補給線、過去の戦闘記録をすべて洗い出し、散逸した部隊の現在位置を「推定」し始めた。
ガロットとゼイルには、それぞれに再構成された部隊の核として、回収任務が与えられた。
「こちらに行けば、三日前に狼煙が上がった村がある。」「この谷には、地形の関係から逃げ込んだ可能性が高い」
セレンが細かく立てた作戦指示には、寸分の無駄もなかった。
魔導地図――セレンが中央から取り寄せた、戦況と地形が魔力によって刻々と変わる特製地図は、二人の行動を強力に支援した。
「便利だな、これ。……でも、便利すぎて怖ぇわ」
「お嬢が頭ん中で何してるか、地図見りゃちょっと分かる気がする」
冗談まじりに笑うゼイルとガロットだが、その言葉の裏には、彼女の思考を信頼する意思がにじんでいた。
そうして始まった三手の回収行。
兵を拾い、集め、砦へ送り返す。
まともな補給もなかった中で、拾った兵の数はゆうに千を超えた。
「この一兵も、戦線を支えるための駒だ」
セレンはその都度、配置と役割を即座に割り振り、
足りない兵種や戦力の穴は地の利で補うため、小さな砦や野営地を戦略的に築いていった。
その過程で、各地では小規模な戦闘も多発した。
が、それらも大抵、ゼイルとガロットの判断で片付いた。
「突っ込むなら正面からだろ」
「いや、お前が正面で騒いでる間に俺が背中を取ってんだが?」
息の合った連携は、散り散りの兵の士気を自然と引き上げ、
やがて「この二人がいるなら勝てる」と、兵のあいだに静かな信仰が芽生え始める。
――ただ、困ったこともあった。
回収された兵の一部が、二人になつきすぎたのだ。
「ガロット隊長以外は嫌です!」「ゼイル中隊長の命令しか聞きたくありません!」
──ならば任命してしまえばいい、とセレンは考えた。
「師団長にしてしまえば、全員あの二人の下につく。文句は出ない」
実に合理的な答えだった。
だが、任命を受けた当人たちは、呆気にとられた顔をしていた。
「……おい、俺ら、貴族でもなんでもねえぞ?」
「師団長って、もっと堅苦しいのじゃないのか? 式典とか、報告書とか……あいつらみたいに?」
「知ったことか。適任だ」
その一言で、セレンは全てを片づけた。
貴族でなければ就けないという暗黙の了解?
騎士家系でもない平民は、そこにふさわしくない?
「戦場に生き残ったのが、彼らだった。それだけで十分だ」
誰に言うでもなく、そう呟いたセレンは、確かな目を持って彼らを「駒」ではなく「戦力」として認めたのだった。
「……しかし、計算には入れにくいな。彼らは“突撃兵”でも、“盾兵”でもない。統計が意味をなさない」
気づけば、セレンの指揮図には、「ゼイル」「ガロット」という個人名で指示が書かれるようになっていた。
そして、二人の呼び方も変わった。
最初の頃は、冗談めかして「おじょうちゃん」「将軍さま」などと呼んでいた彼らだったが――
ある日を境に、その名を、まっすぐに口にした。
「なあ、セレン。こっちの谷に逃げ込んだ小部隊、見つけた」
「セレン、明日には砦の再整備終わるぜ」
その声には、他意のない信頼が込められていた。
セレンは表情を変えなかったが、その瞬間、どこかで部隊が“軍”として形を取り戻した気がしていた。
それはただの集合ではなく、意志を持った一つの軍。
死神将軍の下に、“名もなき兵”が集い始めたのは、この時からだった。




