祖国を守るために
──西の国王に目をつけられたのは、十二歳の夜会のことだった。
王に手を引かれて出た初めての社交の場。
肩の出るドレスに包まれた、まだ少女の身体を、隣国の王はじろじろと見下ろしていた。
銀の髪も、白い肌も、その瞳すらも、品評するようにゆっくりと視線を這わせる。
まるで獲物を選ぶ狩人のように。
いや──獣だった。
胸元にかけられた視線が、まだ膨らみかけたばかりの体にまで及び、唇がにやりと吊り上がったとき、全身が粟立つような嫌悪に包まれた。
ダンスを求められ、断れずに手を取った。
そして、耳元で囁かれた言葉──
「手錠が似合いそうだ」「吊るして鳴かせてみたい」「今宵寝所に侍れ」
歯の裏からにじむような声音で、そう囁かれたとき、思考が一瞬止まりそうになった。
仮面のような笑顔で即座に離れ、王の背後に避難した。だが、身の内に染みついた悪寒は消えなかった。
──それでも、しばらくは夢だと思おうとした。
けれど数日後、実際に届いた求婚の文。
丁重な言葉で装われてはいたが、どう読んでも所有欲そのものだった。
それからというもの、西の国王はことあるごとに接近を図ってきた。
遠回しな国賓としての招待。
夜会での「偶然の接触」。
不意に触れられる肩、手、背、腰。
指輪がひっかかったと、ドレスの胸部分を引っ張られ、中を覗き込まれたこともあった。
飲み物をかけられ、着替えをと控室にひっぱりこまれそうになったこともあった。
誰もが見て見ぬふりをしていた。
彼が「王」だから。
──そして、十五の年。
ついに、国境を越えて兵が押し寄せてきた。
西からの進軍。
それは一国の王が気まぐれに放つ侵略ではない。
明確な意思をもって、この国を“手に入れよう”とする牙だった。
滅んだ村。焼けた町。
毎日のように届く戦死者の報。
あの日、髪を撫でようと伸ばされた手の先にあった“欲”が、
今、この国を貫こうとしていた。
セレンは、いてもたってもいられなかった。
「将に推薦がある」
そう耳にした瞬間、自ら願い出た。
誰よりも早く志願した。
王の姪である自分が矢面に立つことは、外交的に最も危険だ。
だが、もはやそんなことは言っていられなかった。
──自分が、嫁がされるわけにはいかない。
それを選択肢に入れなければならないほどの国難になる前に、戦いで防ぐしかない。
このままでは、王に最も近い血筋である自分が、西の王の妃となり、
最悪の場合、西の血を引く子供がこの国を継ぐ未来が来てしまう。
そのときは、すでにこの国は“負けている”。
誇りも、矜持も、王家の威信も、全て失われているということだ。
それだけは──許せなかった。
そして、もう一つ。
「妃」として嫁いだ自分が、
祖国に刃を向ける作戦を、無理やり立てさせられる可能性がある。
自分の手で、この国を滅ぼすよう命じられる日が来るかもしれない。
その未来を、自らの手で潰すため。
自分が“将”として戦場に立ち、国を守り切ることで──
嫁としての価値を奪い、政治的な駒にされる道を断ち切るため。
冷徹に、自らを計算に組み込んだ。
(私は、祖国を守る“防壁”になる)
願わくば、指揮する兵が、命令に従ってくれる者たちであることを。
それだけが唯一の希望だった。
──それ以外のものは、必要ない。
十五歳の少女の目に、もはや幼さはなかった。
その心は、決意と覚悟に満ち、静かに燃えていた。




