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死神が下りた戦場で  作者: りん
本編
6/57

祖国を守るために

──西の国王に目をつけられたのは、十二歳の夜会のことだった。


王に手を引かれて出た初めての社交の場。

肩の出るドレスに包まれた、まだ少女の身体を、隣国の王はじろじろと見下ろしていた。

銀の髪も、白い肌も、その瞳すらも、品評するようにゆっくりと視線を這わせる。

まるで獲物を選ぶ狩人のように。

いや──獣だった。


胸元にかけられた視線が、まだ膨らみかけたばかりの体にまで及び、唇がにやりと吊り上がったとき、全身が粟立つような嫌悪に包まれた。

ダンスを求められ、断れずに手を取った。

そして、耳元で囁かれた言葉──

「手錠が似合いそうだ」「吊るして鳴かせてみたい」「今宵寝所に侍れ」

歯の裏からにじむような声音で、そう囁かれたとき、思考が一瞬止まりそうになった。

仮面のような笑顔で即座に離れ、王の背後に避難した。だが、身の内に染みついた悪寒は消えなかった。


──それでも、しばらくは夢だと思おうとした。

けれど数日後、実際に届いた求婚の文。

丁重な言葉で装われてはいたが、どう読んでも所有欲そのものだった。


それからというもの、西の国王はことあるごとに接近を図ってきた。

遠回しな国賓としての招待。

夜会での「偶然の接触」。

不意に触れられる肩、手、背、腰。

指輪がひっかかったと、ドレスの胸部分を引っ張られ、中を覗き込まれたこともあった。

飲み物をかけられ、着替えをと控室にひっぱりこまれそうになったこともあった。

誰もが見て見ぬふりをしていた。

彼が「王」だから。


──そして、十五の年。


ついに、国境を越えて兵が押し寄せてきた。

西からの進軍。

それは一国の王が気まぐれに放つ侵略ではない。

明確な意思をもって、この国を“手に入れよう”とする牙だった。


滅んだ村。焼けた町。

毎日のように届く戦死者の報。

あの日、髪を撫でようと伸ばされた手の先にあった“欲”が、

今、この国を貫こうとしていた。


セレンは、いてもたってもいられなかった。


「将に推薦がある」


そう耳にした瞬間、自ら願い出た。

誰よりも早く志願した。


王の姪である自分が矢面に立つことは、外交的に最も危険だ。

だが、もはやそんなことは言っていられなかった。


──自分が、嫁がされるわけにはいかない。

それを選択肢に入れなければならないほどの国難になる前に、戦いで防ぐしかない。


このままでは、王に最も近い血筋である自分が、西の王の妃となり、

最悪の場合、西の血を引く子供がこの国を継ぐ未来が来てしまう。


そのときは、すでにこの国は“負けている”。

誇りも、矜持も、王家の威信も、全て失われているということだ。


それだけは──許せなかった。


そして、もう一つ。

「妃」として嫁いだ自分が、

祖国に刃を向ける作戦を、無理やり立てさせられる可能性がある。

自分の手で、この国を滅ぼすよう命じられる日が来るかもしれない。


その未来を、自らの手で潰すため。

自分が“将”として戦場に立ち、国を守り切ることで──

嫁としての価値を奪い、政治的な駒にされる道を断ち切るため。

冷徹に、自らを計算に組み込んだ。


(私は、祖国を守る“防壁”になる)


願わくば、指揮する兵が、命令に従ってくれる者たちであることを。

それだけが唯一の希望だった。

──それ以外のものは、必要ない。


十五歳の少女の目に、もはや幼さはなかった。

その心は、決意と覚悟に満ち、静かに燃えていた。

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