カランドール引退
王都中央、白金の大理石で築かれた謁見の間。天蓋の高き玉座に、王と王妃が並び座す。
陽光を反射する金の装飾、天井から垂れる赤絨毯の導線。その先に、ひとりの男が立つ。
老将・ヴォルテス・カランドール。第一軍団を率い続けて三十年、王都の盾として名を馳せた、伝説の男。
だが今、その肩に乗る年月は重く、銀髪の下の瞳には、遠き記憶と静かな決意が浮かんでいる。
「……よい。申せ」
王の低く落ち着いた声が、広間に響いた。
カランドールは歩を進め、玉座の直前で膝をつき、深く頭を垂れる。
「陛下。王都を預かる第一軍団、その軍団長の任を、辞させていただきたく、お願い申し上げます」
一瞬、空気が張りつめた。
控えていた将官たちも、息を飲むように見守る。だが、王の顔には動じた色はなかった。
「……理由を聞こう」
「齢七十二。三十年、陛下の都を守りしこの身も、もはや剣の切れは衰え、目も耳も鈍りましょう。
――今こそ、次の世代に、託す時と心得ました。
後任には、第三軍師団長、ガロット・アルゼンを推挙いたします。
その忠義、剛毅、思慮。どれひとつ欠けることなく、戦の火中にて己が身を省みず民と仲間を救い抜いた男。
王都を託すに、これ以上の者はおりますまい。そして――次の王の守役としても、不足はございません」
玉座の王が、わずかに身を乗り出す。
「お前がそう言うのならば――まず、間違いあるまい」
ゆっくりと立ち上がり、老将を見下ろす。
「……カランドール。三十年、我が盾として、王都を、王宮を、我らを守り続けてくれた。
その剣と、矜持に……王として、礼を言う」
凜と響いた声に、カランドールの背がふるりと揺れた。
「……畏れ多きお言葉、感涙に堪えませぬ」
厳格な軍人の背が、静かに沈み――その姿はどこか、あの日の、王の守役であり、セレンの守役だったころのように見えた。
横に座す王妃が、ふと王に小さく囁いた。
「……あの方の背が、あれほど小さく見えるのは、初めてですわ」
王は目を細め、長くともに在った背中を見つめて返す。
「……剣を置いた男は、老いるのだ。
だが、その背に積み重ねられたものは、誰にも真似できぬ」
謁見の間の空気が、静かに、深く染まる。
王と王妃、そして将官たちはその背を――ただ敬意と共に、見送っていた。




