第一軍団長への推挙
夕刻の陽は、すでに大きく傾いていた。
訓練を終えた庭の隅、兵たちの足音も絶えたその場所に、二人の若い将の姿が並んで立っていた。
ゼイルとガロット。西方戦役を共に駆け抜け、互いの背を預けて生き延びた者同士。
今、道が分かれようとしている。
それでも、彼らの間にある絆は、何も揺るがなかった。
そして――
その様子を、離れた庁舎の高窓から静かに見下ろしていた影があった。
第一軍団長、ヴォルテス・カランドール
王都を三十年にわたり守り抜いてきた名将にして、軍神の異名を持つ男。
その目が細められる。
笑っていた。優しく、懐かしむような――寂しささえにじむ、静かな笑み。
「懐かしい……」
老いた指が、窓辺の石縁を軽くなぞった。
かつて、己にもいたのだ。共に笑い、支えあい、血を分けたような相棒が。
共に師団長に昇り詰め、当時の老軍団長の下で、背中を預けて数多の戦場を駆け抜けた。
言葉はいらなかった。互いの呼吸と足音だけで、敵の死角を、仲間の動きを、己のすべきことを理解し合えた。
あの男は、国を、娘を守って死んだ。
今でも胸が痛む。だが、誇りでもある。
「若造ども……」
つぶやきながら、窓の外の影を見つめる。
「もっと上に上がれ」
その声に、老いた熱がこもる。
戦場で背中を預け合うことだけが、信頼ではない。
国の端と端、それぞれに違う戦場にいても、お互いがお互いの背を護っていると信じられる――それが、真に深い絆というものだ。
「国が揺らいだときに、『まだあいつがいるから大丈夫だ』と……そう思えるのは、どれだけ多くの修羅を共にくぐり抜けたか、どれだけ真実を分かち合ったか、だ」
そう思わせてくれたあの男を、彼は心から敬愛していた。
そして今、ゼイルとガロットも、まさに同じものを築こうとしている。
血ではなく、戦場で、信頼と時間で、絆を織ってきたふたりだ。
「それを……かなえられるだろう。お前たちであれば」
老将はひとり、静かに頷いた。
そして踵を返し、自らの執務机へと戻っていく。
机の上には、一枚の厚紙が置かれていた。
精緻な封蝋がほどこされ、すでにほとんどの署名が終わっている。
カランドールは、重々しく最後の署名欄にペンを走らせた。
「ガロット・アルゼン。第一軍団長就任の推挙」
筆を置き、しばらくその紙を見つめる。
――これが、自分の最後の仕事になるだろうと、心の奥底でわかっていた。
これからの国を、あの娘と、あの若者と、そしてこの男が支えていく。
すべては託すためだった。
見届けたかった。
その未来が、彼らの手で築かれていくさまを。
「……さて、わしもそろそろ、隠居の準備をせんとな」
誰に語るでもなく、老将はそうつぶやいた。
だがその顔には、どこまでも静かな満足と、誇らしさがにじんでいた。




