ずっと相棒で
軍務庁舎の裏手、小さな裏庭。
午後の訓練が終わり、兵たちの喧噪が遠のいたあと、そこにはゼイルとガロット、二人だけが残っていた。
赤く焼けはじめた空の下、剣を持つでも、酒を飲むでもなく、ただ無言で並んでいる。そんな時間が、かえって居心地よかった。
「……お前が軍団長なら、俺は師団長で、お前を支えてやるよ」
ゼイルが第三軍団長への就任が発表されたのは、先ほどだった。
セレンとの――王姪との結婚に際して、師団長では許さないという、周囲からの意思。
最も、セレンが元帥に上がる以上、ほかに務められるのはガロットぐらいだというのが軍関係者の見解だった。
そう、口を開いたガロットは、いつもの調子で笑っていた。肩をすくめ、冗談のように言ったその声は、だがどこか乾いている気がした。
ゼイルはその横顔を見ていた。笑っているはずなのに、その奥に、ほんの少しだけ滲む寂しさを感じた。
だからこそ、聞かずにはいられなかった。
「……違うだろう」
ゼイルの声は低く、重かった。
「お前は、そこで終わるわけがない」
ガロットの目が動く。
「ならないのか…?」
「ん?」
「お前は、軍団長にならないのか」
言い終えてから、自分の声が少し震えていたことに気づいた。目の前の男は、ずっと並んで走ってきた相棒だった。互いの手綱を握り、背を預け、戦の嵐の中を走ってきた。副官も、師団長も、すべて一緒だった。ゼイルは、どこへ行くにも彼と行くと思っていた。
だが今、自分だけが一歩前へ出てしまうかもしれない。
セレンの夫となることで。
「……俺は、下士官だった」
ぽつりと、ガロットが語り始めた。
「西方戦役で、セレンの下で、思いがけず自分の力や……発揮できるところを見せられて、任せられて、引っ張り出された。お前と同じようにな」
そうだった。セレンは見出したのだ。くすぶっていた力を。誰にも注目されず、ただひたすら任務をこなしていた男たちの中から、未来を背負える者を。
セレンは、俺たちを信じてくれた。そして任せてくれた。
「だからな。できれば……セレンの下で彼女を支えるか、お前が軍団長で、俺が副将という立場になって、相棒として支えるか。俺は、そのどっちかがいいと思ってる」
ガロットの言葉には、ただの友情だけでなく、覚悟がにじんでいた。
将として、己の力を使える場所を選ぶという覚悟。そして、それを"支える側"に捧げてもいいという想い。
「俺に選ばせてもらえるなら、そのどっちかがいい」
そう言って、ガロットはまた笑った。
ゼイルの胸が締め付けられる。
「……お前はそんなところで終わるやつじゃないだろう…!」
その叫びに、ガロットは少しだけ目を見開いた。
だが次の瞬間、いつもの調子で言った。
「そう言ってくれて、うれしいぜ」
ぽん、とゼイルの背をたたく。昔と変わらぬ、戦場のあとの、勝利の握手のような手つきだった。
けれど、その温かさがあまりにも優しくて、ゼイルの瞳に、熱いものがにじんだ。
「……なんだよ、泣くなって、ゼイル……」
ふざけたように言われても、返す言葉が出てこない。こみ上げるのは、こみあげるのは、理不尽な現実への怒りでも、自分の昇進への戸惑いでもない。
ただ――この男と、並んで走ってきた日々への感謝と愛しさだった。
「……俺にさ、お前たちを支えさせてくれよ」
震えた声でそう告げたゼイルに、ガロットは一瞬だけ何かを噛みしめるような目をして、それから、まるで初めて剣を預け合った日みたいに、力強く頷いた。
その時、夕陽が傾き、二人の影をまっすぐ長く引いた。
西方戦役を駆け抜けた二人の影は、これからも――それぞれの場所で、同じものを守り続けるのだろう。




