残った傷痕
戦の終わりから、半年以上の時が経っていた。
結婚の前に、ここに来たいというセレンの要望だった。
すでに第三軍はセレンの手から離れ、もはや西は脅威ではない。
ここに来ることはもう早々ないだろう、というセレンの意向でこの出会いの地に二人でくることになったのだ。
ゼイルとセレンは、かつて最後の決戦に臨んだ地を見下ろせる丘に立っていた。
涼やかな風が吹き抜ける。
セレンの軍服の裾が風に揺れた。
ゼイルがセレンの肩口へ視線を落とした。
今は見えない、わずかに白く残った傷痕。
戦の終盤、敵将との斬り合いの際に受けたかすり傷──本来なら防げたはずの一太刀だった。
だが、セレンは避けず、さらに踏み込むことで最後の決着をつけた。
「……残っちまったな」
ぽつりと漏らすゼイルの声は、どこか悔しげで、優しかった。
セレンは一瞬だけ目を伏せたあと、ふ、と小さく笑った。
「やっと、貢物じゃなくなった証だ」
「え……?」
ゼイルが問い返すより早く、セレンは少しだけ顔をあげて、月明かりの下、静かに言葉を続けた。
「私は、ずっと戦っていても、傷一つ許されなかった。
西の王への貢ぎ物だ。傷などつけるなと言われた。
美しく、傷一つなく、戦場に出た証など残さず、飾り物のままでいろと言われた。
だから、傷はすべてきれいに治された。兵の命がかかっている傷よりも優先された」
ゼイルは息をのんで、その表情を見つめる。
「でもこれは──私が戦った戦の、証。
私の意志で選んだ戦場で、私の意思で背負った傷だ。
……これは、奪われるものではない。
ようやく、私だけのものになった」
風が吹き、セレンの銀髪がゆれる。
その微笑みは、どこか誇らしげで、静かだった。
ゼイルはゆっくりと彼女の肩へ手を伸ばし、その傷の上にそっと触れた。
掌がかぶさるように、優しく包む。
「そっか……これは、お前の誇りなんだな」
理解された、とセレンの顔が物語っていた。
先日までの無表情な、なんの感情も感じさせない顔ではない。
どこか柔らかく、緊張感がとけた顔。
――まあ、世間一般からみると無表情だが。
「……誇りとなる傷なら、仕方ねえな」
強くも優しくもあるその声に、セレンはほんの少しだけ目を細めた。
「お前にもあるのか?」
「ある。戦場にいるんだ。それくらいあるさ」
二人の戦士は視線を交わして唇の端を上げた。
「でもまあ…もう、傷は負うなよ。残っていいもんじゃねえ」
そう言って、ゼイルはそっと肩へ口づけた。
かすっただけの傷跡が、まるで誓いの証のように、彼の唇に触れる。
その夜、ふたりはただ寄り添って、長く静かな夜を過ごした。




