戦場での穏やかな時間
夕食時、地面に並んだ器に湯気が立ち上る。軍団長となったセレン、そしてその副官となったゼイルとガロットが並んで食事をする光景は、すっかりおなじみになっていた。ようやく軍として機能し始めたばかりの第三軍では、将校も兵も一緒に食事をとり、一緒に過ごす。それが習いとなっていた。
器には温かいスープと焼きたてのパン。素朴ながら、戦場ではこれ以上ない贅沢な食事だ。
「……部隊の補給は滞りなし。明日、前線補充分の兵装が到着予定だ。配置転換については――」
口元を拭いながら、軍報告のような口調で淡々と語るセレンに、ガロットがつい眉を寄せる。
「なあ、セレン。ここ、仕事の場じゃないんだが?」
「食事中だからといって、情報共有を怠るべきではないだろう」
「いや、そうなんだけどさ……たまにはくだけろよ。もうちょい、“今日のメシ、うまい”くらいの会話でさ」
「そう、たとえば“うまいなこれ”とか“今日は疲れた”とか、そういうやつだよ」
「……くだけた会話、か。たとえば――」
一拍おいて、セレンは姿勢を正し、思い切ったように言葉を紡いだ。
「本日は殊の外、美味しゅうございますわね。ふふ、パンも温かく、身体が芯から癒やされるような気がいたしますわ」
ゼイルがむせた。
ガロットが吹いた。
「……ま、待て。どこの貴族の夜会から戻ってきたんだお前は」
「……おま、それはそれでちょっと違うだろ!?」
「……なんだ、何が悪かった?」
「さっきまで“部隊補給滞りなし”だったやつが、いきなり“美味しゅうございますわ”って……脳が混線するわ!」
セレンは小さく瞬きをしてから、真面目に返した。
「……貴族の言葉と軍の言葉以外、あまり馴染みがなくて。どちらかしか出てこないんだ」
「むしろようその切り替えできんな……」
「たぶんな、こういうの“難儀”って言うんだぜ」
「いや、俺はその切り替えができるだけすげえと思うけどな」
セレンが少し困ったように首をかしげた。
「そのうち“うまいなこれ”って自然に言えるようになるか?」
「訓練次第、だろうな」
どこまでも真面目に返すセレンに、ゼイルとガロットはつい笑ってしまった。
「よし、じゃあ訓練だ。次、なんか言ってみろ。くだけたやつで」
「……うまい、な」
「おお、悪くない」
「そうそう、そういうのだ」
「……じゃあ、いただかなくては――」
「戻ったぞ!」
「惜しい!!」
苦笑と笑い声が交差する中、セレンもふと、口元をわずかに緩めた。
「……意外と難しいな。くだけた言葉というのは」
「でも、いいもんだぜ。お前のそういうの、見てるとなんか安心すんだよな」
そう言ってガロットが肉を差し出し、ゼイルがカップに茶を注ぎ足す。
その様子を見ていた一般兵が恐る恐る様子をうかがってひそひそとささやきあっていた。
「なあ……あれ、准将様だよな?」
「うん、だよな? しかも両隣、ゼイルとガロットだよな?」
「……すげえな、なんであの三人が並んであんな大笑いしてるんだ」
「ガロットが、准将様の肩叩いてる。なにあれ、見たことねえ。殺されねえのかな」
「こないだあの人に“貴様、頭はあるのか”って言われた俺の立場は」
「いや……あの場の空気じゃ、言われたくもなる」
「でもな、あの人に策立てられてから、生きて帰ってこれてんだ。文句なんか言えねぇさ」
静かに、しかし確実に、兵たちの間に広がる小さなざわめき。
それは憧れと、親しみと、尊敬と、少しばかりの畏怖が入り混じったものだった。
焚火を囲む三人は、そんな視線に気づいていない。
あるいは、気づいても気にしないだけかもしれなかった。
「……じゃあ、次。くだけた言葉で言ってみろ、セレン」
ゼイルが茶を注ぎながら笑う。
「そうだな……“食べなきゃ、腹が減る”」
「おお、いいじゃねえか!」
「その調子!」
「……“お召し上がりになって”」
「戻ったあ!!」
笑いと湯気が食堂に満ちていく。
それは、戦火の中で生まれた小さな、しかし確かな平穏のひとときだった。
気負いも、階級の違いも、今この場にはない。
戦場の片隅、三人だけの静かな時間。
それが、確かに絆となって、明日の戦いを支えていくのだった。




