百の影へ
戦後、セレンが二人に命じたのは、戦死者の遺族への訪問だった
戦の終わった第三軍の駐屯地では、静かな再編が進んでいた。
セレンの着任後、第三軍は奇跡的ともいえる回復を見せ、戦場に出てなお損耗率は著しく低かった。
五千強の兵の中で、戦死したのはわずか九十七名。前任の将が率いた頃の損耗が半数近くに達していたことを思えば、異例の成果だった。
だが──死者が“わずか”で済んだからといって、それが“軽い”わけではない。
セレンはそれを誰より理解していた。
講和条約によって得た賠償金の一部は、彼女の提言により【第三軍遺族基金】として新設された。
第三軍で失われた命を悼み、その家族に手厚い支援を行うための恒久的な制度だった。
そして、セレンは命じた。
「戦死者の家を、すべて訪ねてくれ。私の代わりに。……ゼイル、ガロット。お前たちに頼みたい」
「……了解した」
「そういうことなら、俺らが行くしかねえな」
ゼイルとガロットは、迷いなく頷いた。
戦火の戻った町や村、焼け落ちた家を建て直したばかりの集落。
ふたりは、そこを一軒ずつ訪ねていった。
黒い軍装に、喪章をつけた師団長という異例の訪問に、最初は誰もが戸惑った。
だが、彼らが深く頭を下げ、ひとりひとりに言葉をかける様子に、人々は涙した。
「うちの子は……本当に、役に立ってたんでしょうか」
ある老婦人が、震える声で尋ねた。
「ええ。彼が最後に支えた拠点は、今も我々の命綱です。あれがなければ、全軍が押し戻されていた」
そう言って、ゼイルは胸から亡き兵の名を記した短い報告書を差し出した。
最後の戦況、戦死の状況、遺体の保護や勲功の記録、そして功績を讃える言葉が、そこには簡潔に記されていた。
「……少ないって、聞きました。亡くなった方が。なのに、うちだけが、なんで」
べつの母親は、そうつぶやいて泣き崩れた。
ガロットは帽子を取り、膝をついて彼女と同じ目線になった。
「誰ひとり、“しかたなかった”なんて思っちゃいません。セレン将も、俺たちも、全員が――忘れません」
そして、かすれた声でつけ加える。
「戦場は、奇跡なんかじゃ動かねぇ。死なせねぇようにって考えて、それでも、どうしても届かねぇ時がある。その無念を、無駄にしないように――俺たちは、これからも戦います」
そう言って、深く、深く頭を下げた。
訪ねた村の子どもが、ゼイルにそっと花を差し出した。
「おにいちゃんがもってた、こういう花でした。おまもりだって、言ってた」
ゼイルは、その花をそっと受け取り、胸ポケットに入れた。
「たしかに受け取った。ありがとな」
百にも満たない数字の、そのひとつひとつに、それぞれの人生があった。
家族がいた。恋人がいた。夢があった。
それらすべてが、戦場において失われたこと。
それを、「将」として、彼らは背負っていた。
そして、ゼイルとガロットが村をあとにする時、見送りに出た遺族のひとりが、ふと空を見上げて言った。
「……あの子、きっと、戦ってよかったって思ってるわ。あなたたちが来てくれたから」
その言葉に、ふたりは何も言わなかった。ただ、黙って敬礼を返した。
帰路の途中、ガロットがぽつりと漏らす。
「……セレンは、こういうのを一番嫌がる顔してるくせに、ちゃんとやらせるよな」
「そうだな。でも……たぶん、自分が行くと、遺族が泣けなくなるってわかってるんだ」
「……たしかにな。泣ける相手じゃねえよな、あの氷の姫将軍は」
そう言い合いながら、ふたりの足取りは静かだった。
帰還後、報告を受けたセレンは、何も言わなかった。ただ、淡く目を伏せて――
「……よくやった。ありがとう」
その一言が、彼女なりの深い感謝だった。
亡くなった者の影は、決して消えない。
けれど、それを無駄にせずに歩く者がいれば、その死は、生きた者の力となる。
第三軍の“奇跡”の礎には、確かに百の影があった。
そしてそれを悼む想いが、軍の未来を支えていた。




