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死神が下りた戦場で  作者: りん
番外
51/57

百の影へ

戦後、セレンが二人に命じたのは、戦死者の遺族への訪問だった


戦の終わった第三軍の駐屯地では、静かな再編が進んでいた。


セレンの着任後、第三軍は奇跡的ともいえる回復を見せ、戦場に出てなお損耗率は著しく低かった。

五千強の兵の中で、戦死したのはわずか九十七名。前任の将が率いた頃の損耗が半数近くに達していたことを思えば、異例の成果だった。


だが──死者が“わずか”で済んだからといって、それが“軽い”わけではない。

セレンはそれを誰より理解していた。


講和条約によって得た賠償金の一部は、彼女の提言により【第三軍遺族基金】として新設された。

第三軍で失われた命を悼み、その家族に手厚い支援を行うための恒久的な制度だった。


そして、セレンは命じた。


「戦死者の家を、すべて訪ねてくれ。私の代わりに。……ゼイル、ガロット。お前たちに頼みたい」


「……了解した」


「そういうことなら、俺らが行くしかねえな」


ゼイルとガロットは、迷いなく頷いた。


戦火の戻った町や村、焼け落ちた家を建て直したばかりの集落。

ふたりは、そこを一軒ずつ訪ねていった。


黒い軍装に、喪章をつけた師団長という異例の訪問に、最初は誰もが戸惑った。

だが、彼らが深く頭を下げ、ひとりひとりに言葉をかける様子に、人々は涙した。


「うちの子は……本当に、役に立ってたんでしょうか」


ある老婦人が、震える声で尋ねた。


「ええ。彼が最後に支えた拠点は、今も我々の命綱です。あれがなければ、全軍が押し戻されていた」


そう言って、ゼイルは胸から亡き兵の名を記した短い報告書を差し出した。

最後の戦況、戦死の状況、遺体の保護や勲功の記録、そして功績を讃える言葉が、そこには簡潔に記されていた。


「……少ないって、聞きました。亡くなった方が。なのに、うちだけが、なんで」


べつの母親は、そうつぶやいて泣き崩れた。


ガロットは帽子を取り、膝をついて彼女と同じ目線になった。


「誰ひとり、“しかたなかった”なんて思っちゃいません。セレン将も、俺たちも、全員が――忘れません」


そして、かすれた声でつけ加える。


「戦場は、奇跡なんかじゃ動かねぇ。死なせねぇようにって考えて、それでも、どうしても届かねぇ時がある。その無念を、無駄にしないように――俺たちは、これからも戦います」


そう言って、深く、深く頭を下げた。


訪ねた村の子どもが、ゼイルにそっと花を差し出した。


「おにいちゃんがもってた、こういう花でした。おまもりだって、言ってた」


ゼイルは、その花をそっと受け取り、胸ポケットに入れた。


「たしかに受け取った。ありがとな」


百にも満たない数字の、そのひとつひとつに、それぞれの人生があった。


家族がいた。恋人がいた。夢があった。


それらすべてが、戦場において失われたこと。

それを、「将」として、彼らは背負っていた。


そして、ゼイルとガロットが村をあとにする時、見送りに出た遺族のひとりが、ふと空を見上げて言った。


「……あの子、きっと、戦ってよかったって思ってるわ。あなたたちが来てくれたから」


その言葉に、ふたりは何も言わなかった。ただ、黙って敬礼を返した。


帰路の途中、ガロットがぽつりと漏らす。


「……セレンは、こういうのを一番嫌がる顔してるくせに、ちゃんとやらせるよな」


「そうだな。でも……たぶん、自分が行くと、遺族が泣けなくなるってわかってるんだ」


「……たしかにな。泣ける相手じゃねえよな、あの氷の姫将軍は」


そう言い合いながら、ふたりの足取りは静かだった。


帰還後、報告を受けたセレンは、何も言わなかった。ただ、淡く目を伏せて――


「……よくやった。ありがとう」


その一言が、彼女なりの深い感謝だった。


亡くなった者の影は、決して消えない。


けれど、それを無駄にせずに歩く者がいれば、その死は、生きた者の力となる。


第三軍の“奇跡”の礎には、確かに百の影があった。

そしてそれを悼む想いが、軍の未来を支えていた。



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