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死神が下りた戦場で  作者: りん
番外
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閉じられたノート

戦後、セレンの幕舎で発見したノート。それは、戦死者の名前を記したものだった


翌朝の幕舎には、清々しい空気が漂っていた。

夜明けの風が薄く白布を揺らし、誰もいないように見えるその空間に、ふたりの男が足を踏み入れる。


ゼイルとガロット。

昨夜遅くまで帰ってこなかったセレンを心配し、様子を見に来たのだ。


「……いねぇな。もう出てったか」


「セレンのことだ。すでに哨戒の確認に行ったか、朝の魔法通信だろうな」


ガロットが肩を竦めるようにして言う。


ゼイルはふと机に視線を落とした。

蝋燭の芯が短くなり、黒く燻った跡を残している。

その隣、黒革のノートが一冊、置かれていた。


手に取った瞬間、感じる違和感。


これはいつもの戦術ノートではない。

彼女が戦場で肌身離さず持つ本は、傷だらけで分厚く、ページの端が折れている。

だが、これは……どこか、違った。


「……名前が、書いてある」


表紙に金で小さく刻まれた文字。


「第三軍 戦死者 追録」


ゼイルの指が、無意識に止まる。


その背後から、ガロットがゆっくりと歩み寄ってくる。


「セレンの、だな」


「ああ。中身……見ていいか?」


「……いや、やめとけ。読むもんじゃねぇ」


短く、けれど優しい声音だった。

ガロットは無理に奪うことも、押し留めることもせず、ただその言葉だけを置いた。


ゼイルは少しだけ躊躇して、それから、静かにノートを閉じた。

まるで、誰かの眠りを妨げぬように。


黒革の表紙をなぞりながら、ぽつりと漏らす。


「……あいつ、全部、覚えてんだな」


「……覚えたくねぇことほど、将ってのは抱えるもんさ。しかも、あの女は忘れられねぇ人間だからな」


ゼイルが目を伏せる。

セレンの無表情な横顔が思い出される。

冷静で、合理的で、誰よりも正確に指揮を執るあの将――が、夜のひととき、100の名前を刻んでいたのだと想像すると、胸の奥が苦しくなる。


「だからこそ、俺たちは、生きてる兵たちの顔を見なきゃいけねぇ」


ガロットの言葉に、ゼイルは深くうなずいた。


「……ああ。じゃなきゃ、あいつが潰れる」


そして、ふたりはそっとそのノートを元の場所に戻した。

何もなかったように、置かれていた場所へ。


外では、朝の点呼を知らせる喇叭の音が響き始めていた。


ゼイルは最後にもう一度、ノートへ目をやり、こう呟いた。


「……お前が全部抱えるなら、俺は、お前を抱えるよ」


それは、彼なりの誓いだった。


静かに揺れる幕舎の布の向こうで、朝日が昇っていく。


――第三軍の将たちは、誰よりも優しかった。

だからこそ、誰よりも強かった。


そしてその“優しさ”を誰より知っていたのは、あの夜、名前を記した少女と、それを読まずに戻した男たちだった。



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