傀儡の幕引き ― 宴の夜に ―
軍の集まった祝宴とは異なる、貴族向けの披露の場は、花の香と虚飾の微笑に彩られていた。
その宴の最後、客人を送り出し終えたセレンは、軽く首を回しながら衣擦れの音もなく私室へと戻った。
礼服姿のゼイルも、黙ってその後ろについてくる。
扉が閉じられた瞬間、セレンはほうっと一つ、息を吐いた。
「……やれやれ、ようやく終わった」
「……疲れたのか?」
ゼイルが声をかけると、セレンは少しだけ眉をひそめて見せた。
「精神的に、ね。ああいう場は、できないわけではないけれど、苦手よ。表情筋が、つりそう」
「お前…えらい作り物の笑浮かべてたぞ?」
「そうでしょうね」
ベッドの端に腰掛けると、セレンは緩めた髪をほどき、指で銀の流れを梳いた。
まるで剣を抜く前のような静けさをまとった横顔に、ゼイルは目を細めた。
「……思ったより早かったな、ここまでくるの」
「でも、思ったより遠回りもした。戦いは一手で決まらない。駒も、手数も、必要」
「駒、ね」
ゼイルはソファに腰を落とし、足を組んで見上げる。
どこか呆れたような、照れくさいような目をしていた。
「つまり俺は、うまく動くコマだったってことか」
「違う」
セレンはゼイルに視線を向け、静かに言った。
「あなたは、最初に奪っておかないと、敵に回ったとき最も面倒な駒だった」
「……なるほど。やっぱり“もの”扱いか」
冗談めかして肩をすくめるゼイルに、セレンは目を伏せてから少し微笑んだ。
「ええ。でも、どうせ奪うなら、すべてを。名前も、未来も、愛も」
その言葉に、ゼイルの胸がどくんと鳴った。
不器用な愛の告白。けれど、その誠実さが、何より嬉しかった。
「……全部、やるよ。俺の全部。だから、もう誰にも渡すな」
「ええ。決して」
静かに手を伸ばし、セレンはゼイルの手を取り、指を絡めた。
戦場では決して見せない、柔らかな力のこもった、ただのひとりの女の手。
それをゼイルは両手で包んだ。軍靴も剣もないこの夜の中で、ただ優しく。
同刻、王宮の奥 ―
「まさか、本当にここまでやるとは……!」
セレンの叔父にあたる伯爵が、怒りに震えながら拳を握る。
周囲の同調者も顔を引きつらせていた。
「第三軍団長就任と元帥内定は既定として……子を王の養子に、とは……」
「つまりこのままだと、王位継承の正統ラインに、あの男の血が入るのだぞ……!?」
「戦で名を上げた者を受け入れる風土が強まれば、我ら家柄の威光は……」
机を叩く音が続き、焦りが空気を濁らせる。
だがその中に、冷静に口元を歪める初老の侯爵がいた。
「……愚かな。彼女は“勝った”のだ。完膚なきまでに。
政治、軍事、婚姻、王統、民意、すべてを制して。これ以上、手を出すほど愚かではあるまい?」
「くっ……!」
「手遅れなのだ。今、セレン・レオントに敵意を見せれば、それは王命への反逆と同義。
――彼女の策の中に、すでに我らは組み込まれていた。
今更抗うなど、コマが盤を壊すに等しい」
侯爵の言葉に、誰もが口を閉ざす。
そして誰もが――
あの夜、披露宴の中心で、まるで何事もなかったかのように杯を掲げた“氷の令嬢”の冷たい笑みを思い出していた。
まるで最初から、すべてが予定通りだったかのように。




