祝砲と誓いの日 ― 第三軍、婚礼に参列す ―
それは、いつもより空が澄んだ日だった。
王都の礼拝堂前、朝から続々と人が集まってくる。
軍服を正して列をなすのは、かつて西方の地で命を預け合った兵たち――第三軍の面々だ。
西の戦場では血と泥とで塗りつぶされた顔も、今は皆きちんと洗われ、髭も整え、どこか落ち着かない面持ちで立ち尽くしていた。
「……ほんとに、今日なんですね」
誰かが呟く。
「うん……ゼイル団長と、セレン様が」
「……結婚かあ。夢みたいだなあ」
「いや現実だろ。見ろよ、あの礼拝堂。衛兵の数が違う」
中央の衛兵が厳かに配置につき、豪奢な紅白の布が舞う。
祝砲の準備をする砲兵たちも、何人かは西方帰りの顔ぶれだった。
やがて、祝福の鐘が鳴る。
「来たぞ……!」
真っ白な馬車が、ゆっくりと礼拝堂前に停まった。
先に降りたのはゼイル。正装の軍服姿は戦場でのそれとは違い、青と銀の意匠が晴れの場に映えていた。
背筋を伸ばし、緊張と誇りを両肩に背負った男の姿に、兵たちの間に静かな感嘆が走る。
「……かっこいいな、あの人」
「そりゃあ……俺たちの団長だからな」
ゼイルは馬車の扉に手を添えた。
そして、現れた――
白銀のドレスに身を包み、光を纏うように降り立つセレン。
氷のように透き通ったその美貌は、戦場の冷厳な将ではなく、ただ一人の花嫁としてこの場に在った。
誰もが、言葉を失った。
「……信じられねぇ……」
「セレン様が、笑ってる……」
ゼイルの手が、そっと差し出される。
一瞬ためらったように見えた彼女の指が、それに触れ、そして絡む。
その瞬間、第三軍の誰もが、確かに理解した。
――これは、終わりではなく、ひとつの帰還であり、始まりなのだ。
礼拝堂の中に、二人がゆっくりと歩みを進めていく。
その背を見送る兵たちの誰もが、誇らしげだった。
「……俺たち、ここまで来たんだな」
「戦争も終わって、団長も幸せになって……」
「ほんと、ちゃんと生きて帰ってきたんだな……」
ひときわ目を赤くしている兵士を見て、老将軍の後を継いで第一軍団長となったガロットが後ろから肩をぽんと叩く。
「泣くな、ばか。今日はめでたい日だろうが」
「す、すいません……でも……でも!」
「泣いていい。……でも後でな。式が終わってから泣け。ほら、胸張れ」
そんなやりとりに、周囲が笑い、誰かが冗談を飛ばし、祝砲が鳴り響く。
やがて式が終わり、花々が投げられたとき――
セレンとゼイルは並んで第三軍の前に現れた。
「お前らに、命令だ」
ゼイルの声が響く。
「祝え。盛大にな。俺の、そしてセレンの門出を」
静まり返った兵士たちが一拍遅れて、爆発したように歓声を上げた。
「おおおおおおおおっっ!!」
「団長、お幸せに!!」
「セレン様、万歳!!」
「第三軍、祝砲用意――撃てぇぇぇ!!」
耳が壊れそうな轟音が空に咲き、笑い声と歓声が混じる。
その中で、ガロットがゼイルに肩を寄せ、耳元で囁いた。
「よかったな、ゼイル。……お前、本当に、手に入れたんだな」
ゼイルはただ、まっすぐにセレンを見つめたまま、頷いた。
そして、セレンがふと、兵たちに向かって微笑んだ。
それは戦場では一度も見せたことのない、柔らかで、あたたかな笑みだった。
第三軍のすべてが、その笑みに報われた気がした。
――この人に、ついていってよかった。
そう心から思った、そんな一日だった。




