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死神が下りた戦場で  作者: りん
本編
43/57

それからの話

演習も終わり、臨時の野営地に簡素な焚き火が焚かれた夜。

鍋の香りが漂うなか、酒もほどよく回ってきた兵たちの間では、ひとつの話題が盛り上がっていた。


――どうやってあの二人はくっついたのか。


「で!?で!? どうやってくっついたんですか、ガロットさん!!」

「いきなり婚約とか言われたらこっちは寝耳に水ですよ!!」

「団長、ちょっと前まで『セレン様って感情あるんですかね……』って顔してたのに……!」

「そもそも、どっちから言ったんです!? てか、いつ!?」

と、もはや質問というより詰問の嵐。


「あんなふうに指を絡めてさあ……」

「いったいどんな経緯でそうなったんです!?」

「ゼイル団長が押したのか、セレン様から!? どっち!?」


もはや堪えきれず、焚き火のそばに陣取るガロットの元に、兵士たちが群がった。

まるで狩猟獣に追いすがる狼の群れのように、誰もが目をぎらつかせて詰め寄る。


「で、どうやってくっついたんですか!!教えてくださいよ!」

「ガロットさん、頼みますって!」


「落ち着けっての。酒こぼれるぞお前ら!」


ガロットは鉄の盃を片手に一喝した。

びく、と全員が反射的に背筋を伸ばす。


「……おまえら、いったい何がそんなに気になるんだ」


「いや、だって!」「そりゃあ、ねえ!?」「気にならないわけないでしょ!」


その言葉に、ガロットは「あー……」と遠い目になった。

どこか哀れむような、同情とも苦笑ともつかない声色で、盃の中を見つめる。


「まあ……だいぶ前から“気配”はあったんだがな」


「え!?」「ええっ!?」「いつからっすか!?」


「そりゃあ……西方の南西の丘あたりで敵陣ぶっ潰した後くらいだったか? 夜、焚き火囲んで話してたらな」


ガロットがゆるく酒を煽ると、兵たちが前のめりになって詰め寄る。


「ゼイルがいきなり“おれ、セレンをもらう”とか言い出してな」


「うえっ!?!?!?!?」


「マジですか!?」


「その時の俺の顔、今でも自分で見たいくらいだ。酒、吹いたもん」


笑い声と共にジョッキが重なり、がしゃがしゃと音が鳴る。



「……まあ、あれだな。いったん中央に戻ったあと、政治的なあれこれも片付いて…で、ちょっと落ち着いたころだったか……ゼイルが、口説き始めたんだよ」


「「口説いた!?」」


合唱のような声に頷きつつ、ガロットは肩をすくめる。


「とにかく推しまくった。なんていうか……毎日だぞ。毎日『俺は本気だ』って迫ってんだ。『お前をもらうって言ったろ』『もう後戻りはしない』『お前を幸せにするのは俺だ』ってな。朝な夕な、毎日」


「……うわぁ」

「うわぁぁ……」

「それ、セレン様逃げられない……」


「そう。逃げられなかったんだ」


ガロットはしみじみと語る。


「……あれはな、セレンが可哀想だった……本気で」


あの時の騒ぎを思い出すようにガロットが遠い目をしていた。


「もともと恋とか縁がない人だったろ。感情の出し方も、わからない。愛されることにも、慣れてない。そこにゼイルが全力で、真っ直ぐに、ひたすら押しまくる」


「え、それもう洗脳じゃないですか」


思わず正直な感想を漏らした兵士にガロットがうなずいた。


「いやほんとに。すごいよ。毎朝顔見せて、褒めて、気にかけて、困らせて、また笑わせて、褒めて――完全に、“それしかない”って刷り込みみたいだったからな」


「はあぁぁぁ…さすがゼイル団長」

「押しの一手か…」


「どちらかというとこっからが地獄。あいつ、ああ見えて案外、真面目だから」


「真面目?」


「手は出すけど、責任取る気満々なんだよ。たいていのことが怖くないセレンだって、相手がゼイルならそりゃ逃げる」


「え、逃げる……?」


「何回か、俺のとこにセレンが避難してきたぞ。『ガロット、命令だ。今すぐゼイルを東の巡察に出せ』ってな」


「……それ完全に逃げてる!!」


兵たちがどっと笑い崩れた。


「俺としてはなあ……“まあ、なんかやらかしたんだなゼイル”としか思えなかったが、だいたい当たってた」


「……じゃあ、何かしら、もう手を出してた……?」


「確証はないが、間違いなく“攻め”には入ってたな。少なくとも、俺が把握してるだけでも二、三回、ゼイルがセレンの執務室で――」


「ぎゃーッ!!」「聞きたくないけど聞きたい!!」


「安心しろ。ドアは閉まってた」


「それは安心なのか!?」「逆に想像を掻き立てるってば!!」


ガロットが笑うと、兵たちの間でまた酒が飛び交った。


「でも、最終的にはセレン様も折れたってことでしょ?」


「そうだな。正確には“陥落”ってやつだろうな……気づいたらもう逃げ道なかった、って顔してたよ」


「……団長、特攻にだけはめっぽう強いもんな……」


「情熱と執念で押し切ったよ、あれは。セレン様を口説き倒したっていうより、包囲して戦意を削いでいった」


「戦術そのものじゃないですか!!」


「洗脳レベルだったな。可哀想だったよ、セレン……ちょっと泣いてて俺、思わず庇いそうになったもん」


「じゃあ、セレン様、泣いたって……?」


「え、ほんとに泣いたんですか?」


問うた兵に、ガロットはうなずいた。


「……うん。泣いてた」


その場が、しんと静まる。


「俺が見たときは、泣きながら、『こんなのずるい』って、ゼイルの胸に顔を埋めてた。なにがずるいのかわかんねえけど……ゼイルもその時ばっかりは黙って抱きしめてたよ」


誰もが言葉を失った。

あの冷徹で、美しく、気高さすら感じさせるセレンが――

戦場の将である彼女が、泣きながら誰かに心を預けたというのか。


「…………」


「………………」


「………………あのセレン様が?」


「泣く??」


「まじで? まじで……?」


疑問符がしばらく空を飛び交い、直後、爆発したように誰かが叫んだ。


「ッッ!!」「尊すぎて死にそう!!」


「いやもう、あれは俺も無理だった。可愛すぎた。あのセレンが、あんなふうに泣くなんて」


誰かがジョッキを高々と掲げた。


「団長……ゼイル団長!! あんた、よくぞセレン様を口説き落としたぁぁ!!」


「お幸せにィィ!!」


最強の指揮官が、熱烈な副官に“落とされた”という事実は、彼らにとって痛快で、胸に沁みた。

その熱狂が響いたとき、壇上のゼイルが何やら気配を感じてこちらを見た。

ガロットは口の端を上げ、肩をすくめた。


「バレたな」


セレンもほんのり眉をひそめ、ゼイルの腕を軽くつついていた。

その様子に第三軍がまた湧いた。


「……二人とも、幸せそうだなあ、ガロットさん」


「ま、俺たちの団長だ。幸せになってもらわなきゃ困るだろ」


ジョッキがまたひとつ、打ち鳴らされる。


「……ゼイル団長、勝ったんだな」

「うん、勝った。完封勝利だわ」

「将としても、男としても、勝った」


「俺も……誰かに毎日『お前しかいない』って言ってみようかな……」

「やめとけ。ゼイルだからできたんだ」


「だよな!」


ガロットはそれを聞いて、どこか誇らしげに笑った。


「ま、あの二人なら大丈夫だ。だって、俺がいちばん近くで見てたんだ。保証する」


焚き火がパチ、と爆ぜる。

その音に紛れて、誰かがそっと呟いた。


「……ほんと、良かったな、セレン様」


大切な誰かを、血と泥の中で失ってきた彼らにとって――

この日が、どれほど誇らしく、救いとなる日だったか。


それを知る兵たちは皆、今だけは全力で祝おうと、心から思っていた。




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