王と姪、静謐の告白
王宮の奥、夕日が差す静かな執務室。
式典を終えた後、王はセレンを私的に呼び寄せていた。
白銀の髪と軍帽、無表情に近い顔に、わずかに疲れをにじませながらも、
セレンは軍人口調で静かに座った。
「セレン・カリス・レオント、参りました」
王は、深く椅子にもたれたまま、視線を上げて、姪の姿をしばし見つめた。
彼女がようやく帰還したこと――それが、王の胸にゆっくりと落ちていく。
「凱旋式の最中、お前の姿を見ていてな。……つくづく、思ったよ。
――お前はもう、誰の陰にも隠れる必要はないのだと」
王の声は、静かで、どこか遠くを見るようだった。
「十四で戦地に立たせてしまった。十六で将の任を担わせ、二十にも満たずに三軍を束ねさせた。
そのくせ、階級は准将に抑え、貴族どもを黙らせるために、正面に立たせもした」
「……気にしてはおりません。必要な策でした」
「だとしてもな、カリス。私は――王である前に、お前の伯父なのだ」
珍しく王の声に怒気のようなものが混じった。
だが、それは自分への悔いと、姪への想いだった。
「お前が民の信頼を得、兵に命を預けられる将であることを、私はずっと知っていた。
それでも、“王の姪だから優遇されている”などという声を潰すために、お前はずっと、余計な重荷まで背負わねばならなかった」
「それでも、私は――あの戦場で、生きていたかった。
……あの者たちと共に、血を流して、道を見つけたかった」
セレンの金の瞳が、一瞬だけ揺れた。
「それがなければ、私はゼイルに会うことも、ガロットと笑い合うことも、兵たちの顔を見ることも、できなかったでしょうから」
「……十二の夜会を、覚えているか」
唐突な問いかけに、セレンは瞬き一つだけして、頷いた。
「西の王が、私を“見初めた”と発言した夜ですね」
「うむ。お前は十二歳、私は心底あの場で奴を斬り捨てたくなったよ」
王の声音に、ひそやかな怒りが混じった。
だがセレンはわずかに目を伏せて、答える。
「けれど、外交上は耐えるべき場面でした。
あれが“求婚”と解釈されていた時点で、戦の兆しはあったのです」
「……奴の性癖も、やり口もわかっていた。
あの暴君の後宮で、王族の血が“道具”として転がされる。……想像に難くなかった」
王の言葉に、空気がぴんと張り詰める。
「だからこそ、お前が“自ら戦場に出る”と申し出たとき、
政の者たちは揃って反対した。“価値が下がる”と、“傷がつく”と」
「知っています。……戦場に出るたび、私は“戦士”である前に“商品”でした」
セレンは平坦に言う。怒りも恨みも、そこにはなかった。ただ事実として。
「だから、“どんな傷を負っても、完全に癒すこと”を条件に、許可が下りました。
兵の治癒よりも、私の体面が優先された。……兵士たちは、何も言いませんでしたが」
「それでも、お前は一度も、後ろに下がらなかった」
「はい。……もし、あの王に私が奪われ、子を成されれば、
いずれこの国は内から食われます。
それを防ぐためには、“私が勝つ”しかありませんでした」
「その覚悟をさせたのは私だな……」
王の声が苦しげに滲む。
しかしセレンは穏やかに目を細めた。
「私が戦場に立ちたいと言ったのは、“殺したいから”ではありません。
“渡されたくなかったから”です。自分自身も、この国も」
王はそっと立ち上がり、机をまわってセレンの前に来る。
「……ありがとう。あの地獄のような戦で、
お前は、自分自身も、国も、未来も――すべて守った」
静かに、王が彼女の肩に手を置いた。
「お前が傷一つない姿で帰ってきたことを、私は神に感謝した。
だが、それ以上に――この国の“顔”として、剣を取ったことに、王として、伯父として、深く、誇りを抱いている」
セレンは、微かに目を伏せ、息を吐く。
「……私は、守られたわけではありません。
守るために、立っただけです」
そして、初めて、少しだけ微笑んだ。
「でも、帰ってきて。伯父上にこうして言葉をかけてもらえることは――
……思っていたより、ずっと、温かいものですね」
「当然だ。我が姪であり、我が元帥であるお前は……王国の宝だ」
王は、深く息を吐くと、やや低く声を落とした。
「……あのとき、もし――西の王に敗れていたならば、
私はお前を、奴の手に渡す覚悟をしていた」
空気がわずかに張り詰める。
「お前を、“王国の血を継ぐ娘”として、“人質”として、“寝所の慰め”として、差し出すしかない……そういう場面は、何度も現実になりかけた」
セレンはまっすぐ王を見つめ返した。
その瞳には怒りも悲しみもなく、ただ受け入れる覚悟が滲んでいた。
「知っていました」
「……そうか」
「そのときは、従うつもりでした。
感情の一切を捨て、王命として、従うつもりでいました」
王の瞳が痛ましげに揺れた。
「……お前にそこまでさせねばならなかった。
私は……王でありながら、お前の伯父でありながら、どんな思いでそれを考えていたか……」
「伯父上」
セレンが、かすかに口元を緩めた。
「ならば、こう言わせてください。
――そうならなかった。だから、私は今ここにいる」
私はあなたの姪として、王国の将として、勝ちました。
西に奪われず、帰ってきた。……それで十分です」
言葉の切れ間に、微かに震える王の息遣いがあった。
だがその震えは、もはや怒りでも悔いでもなく、安堵そのものだった。
王は立ち上がり、机を回り込んで彼女の前に立った。
そして、ゆっくりと――まるで幼い頃と同じように、セレンの肩を抱き寄せた。
「よく、帰ってきたな。……すまなかった、カリス」
「ええ。……伯父上も、お疲れさまでした」
肩にかけられた手は、温かかった。
戦の勝利とは、ただ敵を倒すことではない。
守るべき者を、奪われずに済むこと。
手に入れるべきものを、自分の意思で選べること。
それがどれだけ奇跡的で、かけがえないことか。
そのことを、二人は互いに痛みをもって知っていた。
そして今、ようやくそれが過去になったことに、深く、胸を撫で下ろしていた。




