決戦――本陣突入
「――本陣を突破する。私に続け」
セレンの声が響いた瞬間、第三軍の先鋒部隊が敵の本陣へ雪崩れ込むように突撃を開始した。
重厚な防壁も、混乱し崩れた隊列も、セレンの描いた戦略の前では紙のように裂けていく。
そして、中心へ。
王子の紋章が掲げられた豪奢な幕舎が視界に入ると、セレンは自ら剣を構え、地を蹴った。
「セレン! 右から二騎!」
ゼイルの声が飛ぶ。彼は本陣の外郭を制圧しながら、セレンの側面に迫る騎兵を察知していた。
「任せろ!」
ゼイルの剣が稲妻のごとく煌めき、敵兵を一閃した。
一瞬のうちに二騎が倒れ、その隙にセレンが中央へ進み出る。
敵の王子――アリステールは、馬上からその姿を見下ろしていた。
「……女が剣を振るうか。しかも、総司令官としてこの場に現れるとはな」
アリステールは漆黒の軍装に身を包み、漆のような長剣を携えていた。
その顔は父親とよく似ている。だが、瞳の奥に潜むのは狂気ではなく、静かな炎だった。
「父が、欲した女よな」
その声に、周囲の空気が凍りつく。
セレンの足が止まり、金の瞳がわずかに細まる。
「……あの男の名を、私の前で口にするな」
「ほう……それが怒りか、恐れか、はたまた――侮蔑か」
「どれでもない。ただ、汚らわしい」
静かに言い放つと同時に、セレンは一歩踏み出した。
剣を構えたその動きに、アリステールは口元を歪める。
「ならば、戦場の掟に従おう。父の代からの因縁、ここで断つがいい」
刹那、地を蹴る音が交差した。
鋼が鳴る。
剣と剣がぶつかり合い、火花を散らす。
セレンの剣は優雅に、しかし正確に要所を突いていた。一太刀一太刀が研ぎ澄まされ、王子の防御を削っていく。
だが、アリステールもまた、王族にしては鍛え抜かれた剣士だった。
父に似ぬ理知と冷酷さで、彼は対等に剣を受け止め、幾度も反撃に転じた。
「噂通りだな、“死神将軍”。その美貌と冷徹さ、まさに戦場の幻影」
「口数が多いな。死にたくないのか」
セレンの剣が、風を裂く。アリステールの鎧をかすめ、血が飛ぶ。
「父が欲した気持ちがわかる……確かに、得がたい女だ。――ならば、俺が戴こう」
「その舌、切り落としてくれる」
次の瞬間、閃光のような一撃が繰り出された。
セレンの剣がアリステールの剣を弾き、膝元を穿った。
よろめいた王子を、容赦なく追撃する。
「西の未来は、ここで終わりだ」
彼女の言葉が落ちると同時に、剣が再び走る。
アリステールは剣を投げ出し、膝をついた。
「……見事だ、“死神”」
その場にいた兵たちは一斉に沈黙した。
敵本陣が陥落した瞬間――第三軍の勝利が確定した。
「終わったか……」
ゼイルが側面の制圧を終え、本陣に入ってくると、セレンが静かに頷いた。
「……王子は?」
「捕縛済み。降伏文書を出させる。これで戦は終わる」
ゼイルは彼女の表情を見つめた。いつもの冷静な仮面。しかし、その奥で、ほんの僅かに震えるまつ毛を見逃さなかった。
「……終わったんだな。全部」
セレンは頷き、そっと剣を納めた。
「……ああ。終わった」
ガロットが背後からやって来て、戦場を見回した。
「しっかしまあ……敵の大将、最後は惚れたみたいな目で見てたぞ? まさに“魔性の将”ってとこだな」
「黙れ、ガロット」
「はっは! でもまあ、これでやっと終わるな!」
ゼイルが一歩進み、セレンの隣に並んだ。
「……今日、この国を救ったのはおまえだ、セレン」
その声に、彼女は目を伏せた。
「違う。お前たちが動いてくれたから、勝てた。私一人では、何もできなかった」
それは、ほんの一瞬だけ見せた、セレンの本音だった。
ゼイルの手がそっと彼女の肩に触れる。
「お疲れ」
ガロットの手がそっと彼女の背を支える。
「よく頑張ったな」
セレンは、静かに頷いた。
「……ああ」
遠く、戦場の端で、王子の軍旗が降ろされる。
それは、長きにわたる西方戦争の終焉の瞬間だった。




