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死神が下りた戦場で  作者: りん
本編
37/57

決戦――本陣突入


「――本陣を突破する。私に続け」


セレンの声が響いた瞬間、第三軍の先鋒部隊が敵の本陣へ雪崩れ込むように突撃を開始した。

重厚な防壁も、混乱し崩れた隊列も、セレンの描いた戦略の前では紙のように裂けていく。


そして、中心へ。

王子の紋章が掲げられた豪奢な幕舎が視界に入ると、セレンは自ら剣を構え、地を蹴った。


「セレン! 右から二騎!」


ゼイルの声が飛ぶ。彼は本陣の外郭を制圧しながら、セレンの側面に迫る騎兵を察知していた。


「任せろ!」


ゼイルの剣が稲妻のごとく煌めき、敵兵を一閃した。

一瞬のうちに二騎が倒れ、その隙にセレンが中央へ進み出る。


敵の王子――アリステールは、馬上からその姿を見下ろしていた。


「……女が剣を振るうか。しかも、総司令官としてこの場に現れるとはな」


アリステールは漆黒の軍装に身を包み、漆のような長剣を携えていた。

その顔は父親とよく似ている。だが、瞳の奥に潜むのは狂気ではなく、静かな炎だった。


「父が、欲した女よな」


その声に、周囲の空気が凍りつく。


セレンの足が止まり、金の瞳がわずかに細まる。


「……あの男の名を、私の前で口にするな」


「ほう……それが怒りか、恐れか、はたまた――侮蔑か」


「どれでもない。ただ、汚らわしい」


静かに言い放つと同時に、セレンは一歩踏み出した。

剣を構えたその動きに、アリステールは口元を歪める。


「ならば、戦場の掟に従おう。父の代からの因縁、ここで断つがいい」


刹那、地を蹴る音が交差した。


鋼が鳴る。


剣と剣がぶつかり合い、火花を散らす。

セレンの剣は優雅に、しかし正確に要所を突いていた。一太刀一太刀が研ぎ澄まされ、王子の防御を削っていく。


だが、アリステールもまた、王族にしては鍛え抜かれた剣士だった。

父に似ぬ理知と冷酷さで、彼は対等に剣を受け止め、幾度も反撃に転じた。


「噂通りだな、“死神将軍”。その美貌と冷徹さ、まさに戦場の幻影」


「口数が多いな。死にたくないのか」


セレンの剣が、風を裂く。アリステールの鎧をかすめ、血が飛ぶ。


「父が欲した気持ちがわかる……確かに、得がたい女だ。――ならば、俺が戴こう」


「その舌、切り落としてくれる」


次の瞬間、閃光のような一撃が繰り出された。

セレンの剣がアリステールの剣を弾き、膝元を穿った。


よろめいた王子を、容赦なく追撃する。


「西の未来は、ここで終わりだ」


彼女の言葉が落ちると同時に、剣が再び走る。


アリステールは剣を投げ出し、膝をついた。


「……見事だ、“死神”」


その場にいた兵たちは一斉に沈黙した。

敵本陣が陥落した瞬間――第三軍の勝利が確定した。




「終わったか……」


ゼイルが側面の制圧を終え、本陣に入ってくると、セレンが静かに頷いた。


「……王子は?」


「捕縛済み。降伏文書を出させる。これで戦は終わる」


ゼイルは彼女の表情を見つめた。いつもの冷静な仮面。しかし、その奥で、ほんの僅かに震えるまつ毛を見逃さなかった。


「……終わったんだな。全部」


セレンは頷き、そっと剣を納めた。


「……ああ。終わった」


ガロットが背後からやって来て、戦場を見回した。


「しっかしまあ……敵の大将、最後は惚れたみたいな目で見てたぞ? まさに“魔性の将”ってとこだな」


「黙れ、ガロット」


「はっは! でもまあ、これでやっと終わるな!」


ゼイルが一歩進み、セレンの隣に並んだ。


「……今日、この国を救ったのはおまえだ、セレン」


その声に、彼女は目を伏せた。


「違う。お前たちが動いてくれたから、勝てた。私一人では、何もできなかった」


それは、ほんの一瞬だけ見せた、セレンの本音だった。


ゼイルの手がそっと彼女の肩に触れる。


「お疲れ」


ガロットの手がそっと彼女の背を支える。


「よく頑張ったな」


セレンは、静かに頷いた。


「……ああ」


遠く、戦場の端で、王子の軍旗が降ろされる。


それは、長きにわたる西方戦争の終焉の瞬間だった。



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