決戦――当日の朝
薄く霧がかかる、灰色の夜明けだった。
戦地の空は、剣のような冷たさを帯びて静まり返り、遠くでは鳥の声ひとつさえ聞こえない。
風すら、息をひそめているかのようだった。
指揮本陣の幕舎前に、ゼイルとガロットが揃って立っていた。
どちらもすでに鎧を身につけ、剣と副装備の点検を終えている。
その顔に浮かぶのは、覚悟と気迫、そしてほんのわずかな緊張の色。
そこに、セレンが現れた。
濃紺の軍装の上に白の戦斗外套を羽織り、銀の髪を高く束ねた彼女は、まるで氷の剣の化身のようだった。
「おはようございます、准将殿」
ガロットが軽く肩をすくめて敬礼し、ゼイルもそれに続く。
「指揮官としての態度としては間違っていないが……敬意が軽い」
セレンは淡々と呟いたが、口調はどこか冗談めいていた。
「さて、決戦だ」
その言葉に、二人の目が鋭くなる。
「今日、西の国を降伏させる」
その一言は、まるで祝詞のようだった。
宣言ではなく、確信。
セレンの金の瞳が、二人を見すえる。
「ゼイル、突撃部隊を率いて本陣左翼へ回り込め。王子の帳中には精鋭が張り付いているはずだが、そいつらを引きつけて攪乱しろ」
「了解。時間は?」
「日の高いうちに動く。陽が中天に来る直前。陽動の支援が入る」
「……潰せばいいんだな?」
「正確には、“潰したように見せる”だけでいい。そこから先はガロットの部隊に任せる」
「任せられるような器かはわからねえけどな。了解」
ガロットがにやりと笑うと、セレンはわずかに頷いた。
「ガロット、おまえの部隊はゼイルが引きつけた敵の後衛を分断して、補給線を切れ。私は敵本陣を急襲する」
「また無茶なことを……一人で行くつもりか?」
「別動隊をつける。こちらの陽動が効いていれば、王子は前線に出てくる。そこで私が仕留める」
ゼイルが一歩前に出る。
「……セレナ。お前、自分が囮になるつもりか?」
「囮ではない。勝つための最適解を選ぶ。それだけだ」
即答するその言葉に、ゼイルはわずかに口を引き結ぶ。
それでも彼は何も言わず、ただ静かに頷いた。
「なら、守るさ。俺も、お前の勝利のために動く」
「任せろ。こっちの戦線も通す。道は、お前に通させる」
ガロットも続く。
セレンは、二人を見渡すように視線を巡らせた。
そして短く、言葉を発した。
「……期待している。二人とも、誰より信頼している」
それだけを残して、彼女は幕舎の奥へと去った。
その背を見送るゼイルとガロットの間に、しばしの沈黙。
やがて、ガロットがぽつりと呟く。
「……あの目、もう勝ち筋しか見えてねえな。マジで“今日、西を降す”つもりだ」
「言葉じゃない。あれは、やるつもりだ」
ゼイルが低く答える。
そして、ふたりの将は互いに頷き合うと、各隊のもとへと向かっていった。
決戦の時が、いままさに迫ろうとしていた。




