↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神が下りた戦場で  作者: りん
本編
34/57

決戦前夜―セレン

ゼイルの言葉を背中で受けながら、セレンは歩を進めた。

足取りは変わらず、早くも遅くもない。けれど、心臓の鼓動だけが、妙に主張する。


──この戦が終わったら、お前をもらう。

──全力で口説く。振り向きたくさせる。


あまりにも直球すぎるその宣言に、理性の鎧をまとった思考が、一瞬、綻んだ。


(……何を言っている)


口の中で、そう呟いてみる。だが、それは否定ではない。

「馬鹿な」とも、「無理だ」とも言えなかった自分を、セレンは内心で少しだけ持て余した。


自分は軍団長代行で、貴族の出。彼は師団長とはいえ、平民出身の剣士。

かつて敵国の王にすら欲望の目を向けられ、政治の駒として生き延びるしかなかった自分が──まさか、告白されて、動揺するなどと。


(……くだらない)


冷静さを取り戻すように、指先に力を込める。

明日の戦の地図を脳裏で反芻することで、感情を押し戻す。


けれど、その直後。

ふと、ひどくどうでもいいことが浮かんだ。


(……「振り向きたくさせる」……ね)


まるで、恋の戦略でも立てるように。あの男は、躊躇がない。

笑ってしまいそうな一言だったのに、なぜか心の奥が熱を帯びる。


セレンは立ち止まり、夜空を仰いだ。

西方の空には、雲がかかりはじめていた。


(戦いが終わったら、また聞くと──そう言ったな)


あの言葉の意味。

明日、自分が生き残ると、あの男は信じている。自分を信じ、未来まで賭けている。


(…………)


その未来を、否定できないと思っている自分に、気づいた。


すぐさまセレンは表情を引き締め、将の顔に戻った。


夜の帳を抜けて、作戦本部へと歩を進める。


幕舎では、各隊の連絡兵が集まり始めていた。

彼らに淡々と命令を飛ばし、動線を確保する。補給線の最終調整、遊撃隊の再配置、予備兵の配置転換。


手際はいつも通り。声にも表情にも、乱れはなかった。


「第二遊撃隊は南の林を経由して、間道から待機。地図の印は確認済みか? 報告は一時間ごと。食料配布は指示どおり――」


たとえ胸の奥にかすかな熱が灯っていようと、それは将の顔には出ない。

戦いの準備は、冷徹でなければならない。


だが、たったひとつ。

ゼイルの部隊配置に関してだけ、セレンは思考を巡らせた。


最前線に出すには、危険が大きすぎる。

彼ならきっと突破する。だが、彼が死ぬことは……許容できなかった。


(……どう配置すれば、生き延びる確率が最も高く、最大の効果を得られるか)


そんな計算をしている自分に気づいて、セレンは眉をひそめた。


(これが、情というやつか)


嫌悪ではない。

ただ、合理性を保とうとする己が、感情に揺さぶられていることに、少しだけ苦笑する。


――まったく。やっかいな感情だ。

だが、今はそれすらも使う。


「……勝たなければ、話にならない」


誰にともなく、セレンは呟いた。


彼に何を与えるかなど、今考えるべきことではない。

与える前提で、生き延びることを互いに選んだ。

ならば、勝利あるのみだ。


風が幕を揺らす。

決戦の夜は、静かに更けていく。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。