↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死神が下りた戦場で  作者: りん
本編
33/57

決戦前夜

焚き火のはぜる音が、耳にやさしく響いていた。

小さく風が吹き、夜気が頬をなでる。少し熱を帯びた顔には、ちょうどいい冷たさだった。


ゼイルは、鉄製の小鍋から湯気のたつ飲み物をすする。

酒を薄めたそれは、火のそばでぬるくなっていたが、のどを通るたびに、さっきの緊張をほぐしてくれる気がした。


「……で?」


不意に隣から声が飛ぶ。


「何が、だよ」


ゼイルがわざとらしく問い返すと、ガロットはにやりと笑った。

焚き火の赤に照らされたその顔は、どこか薄暗がりの悪戯好きな神のようだった。


「“何が”じゃねえ。どうせまた、あのお嬢さんと何かあったんだろう。顔が真っ赤じゃねえか」


ゼイルは口元をぬぐってから、短く息を吐いた。

そして、ぽつりと告げた。


「……お前をもらうって、言っちまった」


沈黙。

数秒の後――ガロットが、ふっと肩を揺らして吹き出した。


「おまえ……ついに、言いやがったな」


「言った」


「なぁに、その“あっさり討って出ました”みたいな言い方はよ。おまえなぁ……相手、誰だと思ってんだよ」


「……セレン、だろ?」


「そうよ。セレン。死神将軍。天才軍略家。氷の女。誰も口説こうなんて思ったことねぇ、鉄壁のお嬢さんよ。おまえ、平民の師団長だぞ?」


「知ってるよ」


「“お前をもらう”だと? それ、もう求婚どころか宣戦布告だろうが」


からかいの口調ではあったが、ゼイルはむしろどこかほっとした顔で、火を見つめた。


「……それでも、言わずにいられなかった」


「はぁ」


ガロットは手のひらで自分の顔を覆い、ため息まじりに首を振った。


「ほんと、おまえってやつはなあ……」


「笑ってるじゃねえか」


「いやそりゃ、面白ぇよ。まさかそんな台詞、俺の同僚から聞く日がくるとは思わなかった」


「面白れぇっていうな、この野郎」


「そりゃそうだがよ」


焚き火のはぜる音が、また小さく鳴る。

ガロットは鉄のカップを持ち上げ、一口飲んでから、少しだけ真剣な目をした。


「……で、セレンの答えは?」


ゼイルは一瞬だけ沈黙し、ゆっくり首を横に振った。


「まだ、返ってきてない。『ああ』とは頷いてくれたけどな」


「ま、あの人が『いいわ』なんてすぐ言うタイプだったら、俺たち苦労してねぇわな」


「……だな」


どちらともなく、くつくつと笑いが漏れる。


「けど、あれだけの人だ。そう簡単に落とせると思うなよ」


「わかってる。……それでも、俺は振り向かせたいんだ」


ガロットが横目でゼイルを見る。

その瞳は、どこまでも真っすぐで、迷いがなかった。


「“お前をもらう”って言ったの、後悔してないのか?」


「するわけない。言えてよかった」


焚き火の火がぱちん、と弾ける。

その瞬間、ゼイルの表情はどこか誇らしげで、そして少し照れくさそうだった。


ガロットは、ふっと笑って肩を叩いた。


「じゃあ、やるしかねぇな。明日、絶対に生き延びろよ。お前が死んだら、セレン様、たぶん怒るぞ?」


「おう。……あの人に、俺を“使いやすい駒”だと思われたままで終わりたくねぇ」


「へえ、欲張るようになったな。やっぱ惚れてるわ、おまえ」


ゼイルは笑った。そして、静かに火を見つめた。


セレンの横に立てる将になりたい――その思いが、熱のように胸を満たしていた。


焚き火は、いつしか静かに燃え続けていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。