決戦前夜
焚き火のはぜる音が、耳にやさしく響いていた。
小さく風が吹き、夜気が頬をなでる。少し熱を帯びた顔には、ちょうどいい冷たさだった。
ゼイルは、鉄製の小鍋から湯気のたつ飲み物をすする。
酒を薄めたそれは、火のそばでぬるくなっていたが、のどを通るたびに、さっきの緊張をほぐしてくれる気がした。
「……で?」
不意に隣から声が飛ぶ。
「何が、だよ」
ゼイルがわざとらしく問い返すと、ガロットはにやりと笑った。
焚き火の赤に照らされたその顔は、どこか薄暗がりの悪戯好きな神のようだった。
「“何が”じゃねえ。どうせまた、あのお嬢さんと何かあったんだろう。顔が真っ赤じゃねえか」
ゼイルは口元をぬぐってから、短く息を吐いた。
そして、ぽつりと告げた。
「……お前をもらうって、言っちまった」
沈黙。
数秒の後――ガロットが、ふっと肩を揺らして吹き出した。
「おまえ……ついに、言いやがったな」
「言った」
「なぁに、その“あっさり討って出ました”みたいな言い方はよ。おまえなぁ……相手、誰だと思ってんだよ」
「……セレン、だろ?」
「そうよ。セレン。死神将軍。天才軍略家。氷の女。誰も口説こうなんて思ったことねぇ、鉄壁のお嬢さんよ。おまえ、平民の師団長だぞ?」
「知ってるよ」
「“お前をもらう”だと? それ、もう求婚どころか宣戦布告だろうが」
からかいの口調ではあったが、ゼイルはむしろどこかほっとした顔で、火を見つめた。
「……それでも、言わずにいられなかった」
「はぁ」
ガロットは手のひらで自分の顔を覆い、ため息まじりに首を振った。
「ほんと、おまえってやつはなあ……」
「笑ってるじゃねえか」
「いやそりゃ、面白ぇよ。まさかそんな台詞、俺の同僚から聞く日がくるとは思わなかった」
「面白れぇっていうな、この野郎」
「そりゃそうだがよ」
焚き火のはぜる音が、また小さく鳴る。
ガロットは鉄のカップを持ち上げ、一口飲んでから、少しだけ真剣な目をした。
「……で、セレンの答えは?」
ゼイルは一瞬だけ沈黙し、ゆっくり首を横に振った。
「まだ、返ってきてない。『ああ』とは頷いてくれたけどな」
「ま、あの人が『いいわ』なんてすぐ言うタイプだったら、俺たち苦労してねぇわな」
「……だな」
どちらともなく、くつくつと笑いが漏れる。
「けど、あれだけの人だ。そう簡単に落とせると思うなよ」
「わかってる。……それでも、俺は振り向かせたいんだ」
ガロットが横目でゼイルを見る。
その瞳は、どこまでも真っすぐで、迷いがなかった。
「“お前をもらう”って言ったの、後悔してないのか?」
「するわけない。言えてよかった」
焚き火の火がぱちん、と弾ける。
その瞬間、ゼイルの表情はどこか誇らしげで、そして少し照れくさそうだった。
ガロットは、ふっと笑って肩を叩いた。
「じゃあ、やるしかねぇな。明日、絶対に生き延びろよ。お前が死んだら、セレン様、たぶん怒るぞ?」
「おう。……あの人に、俺を“使いやすい駒”だと思われたままで終わりたくねぇ」
「へえ、欲張るようになったな。やっぱ惚れてるわ、おまえ」
ゼイルは笑った。そして、静かに火を見つめた。
セレンの横に立てる将になりたい――その思いが、熱のように胸を満たしていた。
焚き火は、いつしか静かに燃え続けていた。




