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死神が下りた戦場で  作者: りん
本編
30/57

王の死と終焉の兆し


その報せが届いたのは、斥候が駆け戻ってきた夕暮れのことだった。


「──西の王が、死にました」


焚き火の前で地図を睨んでいたセレンが、わずかに目を上げた。

その金の瞳が、斥候の報告を受けて揺れることはなかった。けれど、そのまばたきの間に、何かが確かに静かに崩れ落ちたようだった。


斥候が息を切らしながら伝えた情報は、あまりにも衝撃的だった。


「妃たちが手を結び、王に毒を盛ったと。すでに弱っていた王を──誰かが刃で刺し、殺したそうです」


「刺した妃は……?」


「その場で兵に斬り殺されたと。……でも、どうも、彼女は自らの死を織り込み済みだったのではないか、と」


本陣の空気が静まり返った。


ゼイルも、ガロットも、言葉を失っていた。


あの西の王。あらゆる恐怖と狂気を象徴するかのように君臨していた暴君。

捕虜を拷問し、民を飢えさせ、忠義を尽くした者さえ粛清した。


その男が、女たちの手によって、静かに、確実に、殺された。


「……報せは確かか?」


セレンが確認する。

声は平静そのものだったが、その指先にわずかに力がこもっていた。


「確かです。遺体も確認されたと」


セレンは静かに目を閉じ、ひとつ息を吐いた。


「……これで、私はもう、あの男に嫁がずに済む」


その呟きは、隣にいたリュシモンとイェルネス、二人の軍団長にしか届かなかった。


戦乱の最中、敵国の王がセレンを求めていたことを、彼女は第三軍の前で決して口にはしなかった。

けれど、それは彼女の胸の奥深くに、冷たい重石のように沈んでいたのだ。


「安心した、という顔だな」

いつの間にか隣に立ったリュシモンが、低く囁いた。


セレンは小さくうなずいた。


「……あれほどの嫌悪を抱いていたとは、自分でも驚いたよ」


彼女の指先は、膝の上で静かに握られていた。


イェルネスは、その小さな手の震えに気づいていた。


彼女が、感情を表に出さないことを知っている。

だからこそ、こうして微かに溢れた“安堵”が、どれほど深い傷から来るものだったか、想像するのは難くなかった。


「戦の終わりが近いな」

イェルネスが静かに言った。


「……ああ。王の死は、西にとっても、大義の喪失だ」

セレンが答えた。


もう、王の名の下に軍を束ねることはできない。

王族間の継承争いが勃発し、中央指揮は崩れ、軍の士気も瓦解していく。


そして、この国は──勝ち残る。


「もうひと押しだ。西を、この国の地から追い出す。それで終わりだ」


セレンの言葉に、ふたりの軍団長は頷いた。


彼女は王の血を引き、王位継承権さえ持つ存在だった。

そして、その存在ゆえに、戦いのために、外交のために“駒”として差し出されかけた。


だが、これで終わりだ。

彼女は誰のものにもならず、誰の思惑にも縛られず、己の意志で生きていける。


風が変わった。戦の終わりが、近づいていた。

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