王の死と終焉の兆し
その報せが届いたのは、斥候が駆け戻ってきた夕暮れのことだった。
「──西の王が、死にました」
焚き火の前で地図を睨んでいたセレンが、わずかに目を上げた。
その金の瞳が、斥候の報告を受けて揺れることはなかった。けれど、そのまばたきの間に、何かが確かに静かに崩れ落ちたようだった。
斥候が息を切らしながら伝えた情報は、あまりにも衝撃的だった。
「妃たちが手を結び、王に毒を盛ったと。すでに弱っていた王を──誰かが刃で刺し、殺したそうです」
「刺した妃は……?」
「その場で兵に斬り殺されたと。……でも、どうも、彼女は自らの死を織り込み済みだったのではないか、と」
本陣の空気が静まり返った。
ゼイルも、ガロットも、言葉を失っていた。
あの西の王。あらゆる恐怖と狂気を象徴するかのように君臨していた暴君。
捕虜を拷問し、民を飢えさせ、忠義を尽くした者さえ粛清した。
その男が、女たちの手によって、静かに、確実に、殺された。
「……報せは確かか?」
セレンが確認する。
声は平静そのものだったが、その指先にわずかに力がこもっていた。
「確かです。遺体も確認されたと」
セレンは静かに目を閉じ、ひとつ息を吐いた。
「……これで、私はもう、あの男に嫁がずに済む」
その呟きは、隣にいたリュシモンとイェルネス、二人の軍団長にしか届かなかった。
戦乱の最中、敵国の王がセレンを求めていたことを、彼女は第三軍の前で決して口にはしなかった。
けれど、それは彼女の胸の奥深くに、冷たい重石のように沈んでいたのだ。
「安心した、という顔だな」
いつの間にか隣に立ったリュシモンが、低く囁いた。
セレンは小さくうなずいた。
「……あれほどの嫌悪を抱いていたとは、自分でも驚いたよ」
彼女の指先は、膝の上で静かに握られていた。
イェルネスは、その小さな手の震えに気づいていた。
彼女が、感情を表に出さないことを知っている。
だからこそ、こうして微かに溢れた“安堵”が、どれほど深い傷から来るものだったか、想像するのは難くなかった。
「戦の終わりが近いな」
イェルネスが静かに言った。
「……ああ。王の死は、西にとっても、大義の喪失だ」
セレンが答えた。
もう、王の名の下に軍を束ねることはできない。
王族間の継承争いが勃発し、中央指揮は崩れ、軍の士気も瓦解していく。
そして、この国は──勝ち残る。
「もうひと押しだ。西を、この国の地から追い出す。それで終わりだ」
セレンの言葉に、ふたりの軍団長は頷いた。
彼女は王の血を引き、王位継承権さえ持つ存在だった。
そして、その存在ゆえに、戦いのために、外交のために“駒”として差し出されかけた。
だが、これで終わりだ。
彼女は誰のものにもならず、誰の思惑にも縛られず、己の意志で生きていける。
風が変わった。戦の終わりが、近づいていた。




