あいつに惚れたな?
あの南西の丘にあった敵陣を壊滅させ、防衛線をもとの国境まで押し戻してから、数日が過ぎた。
セレンは何か大きな作戦を立てているらしく、防衛を整えた後は何やら難しい顔で色々と隊の配置を動かしていた。
おかげで小競り合いはあるものの、大きな戦いもなく、ゼイルとガロットも控えていることが多くなった。
そんな静かな夜の野営地で、ゼイルとガロットはいつものように焚き火を囲んでいた。
鉄の盃には冷えた酒が満たされ、火の粉が揺らめきながら夜空へ舞い上がる。
戦いの余韻と疲労がじわりと身体を包み、兵たちはそれぞれの寝床に沈んでいった。
そんな中、二人は言葉少なに火の灯りを見つめている。
「……なあ、ゼイル」
ガロットがぽつりと口を開いた。
普段の陽気さを抑えたその声は、少しだけ遠くを見ているようだった。
ゼイルは顔を上げ、暗がりの中で鋭い青い瞳が瞬いた。
「なんだ?」と返すが、その声には疲れが滲む。
ガロットが、湯気の立つ鉄器を口元に運びながら、ぽつりと口を開いた。
「お前、やっぱセレンに惚れてるだろ」
突然の言葉に、ゼイルは盛大に酒を噴いた。
「……っぶ! 何言ってんだ、いきなり」
「今さら取り繕うなよ。こっちはずっと見てる。……目が違うんだよ、お前、あの人を見るときだけ」
ゼイルは、無言で火を見つめる。
風がひと吹き、焚き火を揺らし、パチリと火の粉が舞った。
「……わかるか、やっぱり」
「まあな。惚れてるってより……執着に近いもんを感じる。違うか?」
「……どっちも、だな」
そう言って、ゼイルは膝を抱え、低く呟いた。
「惚れたっていうか……俺のものだ、って思ってる。誰にも渡す気なんか、ない」
ガロットは一瞬黙り、それから鉄器を軽く持ち上げた。
「酒のせいにしといてやる」
「……助かる」
互いに苦笑した。
しばらく焚き火を見つめ合ったあと、ガロットが再び口を開いた。
「……だがな。あのセレンだ。厳しいぞ」
ゼイルは小さく頷いた。
「ああ。自分でもわかってる。あの人は、戦場の鬼神で、感情ってやつを隠しすぎるくらい隠してる。恋愛感情なんて、理解してるようには見えない」
「それだけじゃない。お前、身分のこと、ちゃんとわかってるか?」
「……ああ」
その声に、ふっとガロットの声色が少しだけ鋭くなった。
「セレンは王族に連なる名家の娘。あの銀の髪と金の瞳、ただの貴族じゃねぇってのは、俺だってわかる」
「知ってるさ。……それでも、譲るつもりはない」
「まあ、らしいな」
ガロットは肩を竦め、火の中に何かをくべた。
「自分の力で奪う気か?」
「違うな。俺はあの人の傍にいるって、そう決めただけだ。選ばれるかどうかは、俺にはどうにもできない」
「……渋いな。らしくねぇくらい、まっすぐだな」
「そうか?」
「おう。だからこそ、応援してやるよ。……ま、報われなかったときは、酒の相手くらいにはなってやる」
ゼイルは、口元にわずかに笑みを浮かべて応えた。
「悪いな、ガロット。……だけどな」
「ん?」
「報われないつもりは、ねえんだ」
その言葉に、ガロットは鉄器を掲げた。
「──なら、先に祝杯を挙げとくか」
「……まだ何も始まってねえけどな」
「なら願掛けだ。……セレンの隣を守るって、そりゃ大変な願いだしな」
ふたりの鉄器が、焚き火の上で軽く音を立ててぶつかり合った。
火の粉がはらりと舞い、夜空へと消えていった。




