第肆拾伍話 「志狼」
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
メビウスはウェルギリウスを先頭にして、階段を登っていた。
メビウス「随分とあるなぁ…」
最初は調子が良く、軽やかで難無く駆け上がっていた。だが、あまりにも長く道のり…辿り着く気がしない、そんな気持ちのまま現状に至る。
ウェルギリウス「大丈夫ですか?メビウス様」
かける言葉は優しく、何処か機械からかけ離れていた。少なくともメビウスは感じ取っていた。
メビウス「うん、元より諦めるつもりは無いからね」
そうと言わんばかりにまた一歩、階段を登っていく。
ウェルギリウス「…メビウス様、貴方の過去について訊ねたい事があります」
進んでいく中、メビウスに訊ねた。
メビウス「俺の過去?何を?」
当然、疑問を抱く。“何故、そんな事を訊くのか?”と…質問の意図はすぐに知る。
ウェルギリウス「末っ子である貴方はかつて家族を失った。父も、母も、姉も兄も…それでも立ち直れたのは何故か?戦士として戦う理由は?」
個人差はあるが、普通は立ち直れない。
最後に兄が亡くなったのはメビウスが小学五年生の頃で、親戚もいない彼に居場所など無かった。生きるにしても困難だ。
メビウス「そうね…」
それを聞いてか少し考え込む…
メビウス「…全部、志狼さんのおかげだからかな」
結果として、過去について語り出した。
小学五年生の頃、家族を無くしたメビウスは闇夜に覆われた街をふらつきながら歩いていた。
弱々しく、やつれた顔で
メビウス「父さん、母さん…姉さん、兄さん……俺は、これからどうすればいいんだよ…」
寂しそうに呟く。孤独にされた現実にやるせない気持ちを抱くも、ぶつける怒りすら湧かない。
施設にいても馴染めず、こうして抜け出した。いや、心の何処かで、無意識に拒んでいたのだろう
やがて進み続けた足に限界が来て、前触れもなく前に倒れる。
どれくらい歩いただろうか…それすら思い出せない。だが、並の子供では進めない程に進んだのは確かだ。
冷たいアスファルトが体温を奪い、限界だとお腹が鳴る。もう声すら出したくない程に無力感に苛まれた。
「なんだ?こいつ」
「死にかけてやがるぜ」
横たわる子供に近付く男が二人、その声は何処か嘲笑っていた。彼らは不良で、どうやらメビウスは縄張りに迷い込んでしまったのだ。
「俺達 薔薇雷火の敷地で、何倒れているんだ」
奥からまた一人現れる。彼も不良だが、整えたスーツを着ており、何処か品があった。
不良A「烏野さん!?」
まさかの人物に思わず驚く。
スーツ姿の男 烏野な眼鏡を上げながら面倒そうに溜息をつく。
烏野「ガキか…」
嵌めた手袋を引っ張りながら倒れるメビウスを見下ろす。明らかに嫌悪感を抱いていた。
不良B「どーしますー?烏野さん」
烏野「…目障りだ、嬲り殺せ」
振り向く不良に烏野は答える。なんとも無慈悲にして冷酷…
不良A「リョウカーイ」
彼の意向に二人は応じる。躊躇いも理由も無い、ただ己の快・不快のみで動いたのだ。
一人の不良が背後から羽交い締めでメビウスを無理矢理起き上がらせた。
不良B「悪く思うなよ?クソガキ」
そんなメビウスの前に立ち、これから嬲り殺す合図として拳を鳴らす。
直後、メビウスの腹部に拳が打ち込まれた。重い音と共に痛みが走り、目が大きく見開く。
これで終わらない…容赦のなくメビウスを殴り・蹴り続ける。
そんな惨劇を烏野は黙ったまま見届け、拘束する不良は嘲笑いながら離さなかった。
どれだけ殴られ、蹴られてきたか…数分後、傷だらけのメビウスが解放されて、地面に叩きつけられた。
呼吸は弱々しく、全身に苦痛が走る。
不良A「あー!スッキリしたぜぇ…!!」
また嘲笑う。弱者であるメビウスを一方的に甚振れた事が清々しかったのだ。
不良B「良かったなぁ!ガキ!社会貢献ってやつだ!人の役に立てたんだよ!」
勢いよく蹴り飛ばし、メビウスの身体が地上に転がる。立ち上がれない。
暴行を振るってきた不良が彼の前でしゃがみ、白髪を掴んで顔を持ち上げる。ふと、近くにあった軽石を手に取ると、ゆっくりと掲げた。
不良A「そんじゃ、とっとと死ね!」
勢いよく振り下ろされる。だが、メビウスに当たる事は無かった。何故なら、見知らぬ男が不良を蹴り飛ばしたからだ。
不良B「なっ!?」
烏野「チッ…面倒なのが」
あまりにも一瞬…一人は驚き、もう一人は舌打ちをした。助けた男について知っていたからだ。
「集団でガキ一人をいじめるとはぁ、情けねぇな…」
灰褐色の髪に琥珀色の瞳…着用する学ランは前を開けていた。
烏野「志狼…薔薇雷火を敵に回すつもりか?」
眼鏡越しに学ランの男 志狼を睨みつける。
志狼「なーにいきがってんだよ、馬鹿馬鹿しい」
首の骨を鳴らして、軽く飛び跳ねた。準備運動として、足首を回しながら拳も鳴らす。
志狼「今、正義組織が機能してねぇからって世界の支配者気取ってんじゃねぇ!お山の大将かよ!」
気怠げながらも憤る目を烏野に遣る。それは敵意にして覚悟であった。
不良A「この野郎!!」
仲間をやられたと激昂して志狼に突っ込む。
間合いに入って、拳を振るおうとするが、それよりも速く志狼の拳が不良の鳩尾に入った。
あまりの衝撃に不良の腕がぶら下がる。
志狼「邪魔だ」
突き出したそれを引くと、不良は気絶したまま倒れた。
烏野「…覚えておけよ」
危機感を抱きながらも忠告して、この場を去る。
志狼「上等だ」
静かに呟く。倒れるメビウスへと振り向きながら琥珀色の瞳に映した。
すると、志狼が近付き、小さい身体を担いだ。そのまま歩き出す。冷たい風が肌に当たる。
意識が戻り、重かった瞼が開く。
メビウス (ここは…?)
瞳に映るは白い天井…知らない場所だ。起き上がり、周囲を見渡す。今自分が病室にいる事を理解するが、なんでここにいるのかは思い出せない。
志狼「目ェ覚ましたか」
そんなメビウスに声をかけられ、顔を向ける。そこには志狼がおり、椅子に腰掛けていた。
メビウス「…誰?」
見知らぬ人物に警戒して、顔を訝しむ。
メビウスの心境を感じ取るも臆さず、椅子から立ち上がった。
志狼「俺は志狼…つか、テメェには言いたい事が山ほどあんだよ」
そのまま近付き、両頬を掴んで強制的にこちらへと向かせる。メビウスは困惑したまま目を見開く。
志狼「まずガキが夜中を出歩くな!やり返せ!ボコボコにされんな!俺が助けに来なきゃ死んでたぞ!」
これまで溜まっていた不満を爆発させながら説教した。どの言葉も安堵が込められており、聞いていた当の本人は心配していたのを知る。
志狼の手が頬から離れると、メビウスは俯く。目元に影が覆う。
志狼「とりあえず、退院したら家族の元へと送り届けてやる」
お節介だろうが、見過ごせない。そんな想いで告げて、この場を後にしようとした時…
メビウス「いないよ…」
たった一言呟き、志狼の足が止まった。
志狼「何?」
聞き間違いだと疑うが、メビウスの方へと振り向く。
メビウス「家族は、もういないんだ」
目に光が無い、訊かれた事をもう一度言う。
今度は確かに聞こえた、信じられなかったのか志狼は呆然とする。
志狼「…施設は?」
メビウス「嫌になって抜け出した…」
次の問いにも答えた。掛けられた布団を握り締める。涙は出ないが、浮かぶ表情は辛そうだ。
志狼は思う、このまま放っておいていいのか?何処にも居場所の無い少年を…それで幸せなのか?幾度と思考を張り巡らせる。
志狼「…お前、名は?」
続けて訊かれた。メビウスは依然として自身の姓名を答えた。
メビウス「…ヒカリノ メビウス」
ふと、志狼の顔を見る。何故そこまでして訊くのか疑念に思う。
少し間を置いた志狼が言葉を紡ぐ。
志狼「メビウス、俺のところに来い」
琥珀色の瞳が真剣な眼差しで見据える。まさかの発言にメビウスは驚きが隠せず、目を見開いた。
それから三週間後、退院したメビウスは志狼についていく。着いた先は古びた家で、閑散としている。
志狼「ここが俺の家だ」
迷い無く一軒家の中へと入る。メビウスも戸惑い、眺めながら後に続く。
玄関を通り抜け、廊下を進むと質素な内装が広がっていた。
辿り着いたリビングには一人用のベッドが窓側に置かれ、台所付近にはソファと机があった。また冷蔵庫などの家電もある。また出窓には子供の写真が立てかけていた。
メビウス「…変な配置」
困惑した様子で感想を呟く、(志狼の趣味なのか?)と疑いたくなる程に
志狼「聞こえてんぞ」
平然としたまま机に近付き、置かれた財布を手に取る。すると、しまっていたお金を目で数え始めた。
中には千円札が数枚と小銭がいくらか入っている。
志狼「食いたいものはあるか?買ってくるぞ」
メビウスに訊ね、数え終えたので閉じた財布をポケットの中にしまう。
メビウス「…志狼さん」
そんな彼を真っ直ぐに見つめながら名を呼ぶ。脳裏に過ぎるは自分を助けてくれた事、朧気ながらも鮮明だ。
志狼の耳に届いた事で静かに振り向く。メビウスの眼差しには確固たる意志が込められていた。
メビウス「俺を、弟子にしてください!」
突然、懇願された事に志狼は目を丸くする。
志狼「飯の話してんだぞ?どうやったら弟子になんだよ」
当然な反応だ。メビウスに近付き、目の前でしゃがむ。仮に弟子の話をしていたとしても、元から認める気は無かった。
だが、メビウスは真剣だ。
表情や態度…そして、真っ直ぐに志狼を見つめていた事が何よりの証拠だ。
数秒間、静寂が続く。
志狼「…あぁ、勝手にしな」
メビウスの確固たる意志に押されてか尊重した。そうと言わんばかりにゆっくりと立ち上がった。
志狼「やるもやめるも自由だ、俺からは言わねぇからな」
メビウスの横を通り過ぎる。だが、リビングと廊下に通じる扉の前で立ち止まった。疑問に思ったメビウスが振り向き、志狼を瞳に映す。
志狼「…一緒に行くぞ」
師弟か兄弟或いは親子…そんな気持ちで促す。口は悪いが、優しさを感じ取ったメビウスも志狼の元へと近付いた。
購入したコンビニの商品を昼食として済ませた後、志狼とメビウスはリビングにある広いスペースで向かい合っていた。これから鍛え上げるつもりだ。
志狼「来い、容赦はしねぇからな」
拳を握り締めながらメビウスを睨む。放たれる圧倒的な闘気を受けた事で気圧されそうになる。
次の刹那、動く間も無くメビウスの間合いに志狼が入った。
志狼「遅せぇぞ…!」
メビウスが我に返った時、目の前には拳が已の所で止まっていた。いつ突き出されたのか全くわからない。
メビウス「…ぁ……」
理解が追い付いたのか腰が抜けてしまった。安堵のあまり息を吹き返し、止まっていた呼吸が動き出す。
志狼「先読みして躱さねぇと死ぬぞ」
子供故の弱さに溜息をつく。当然、仕方ないが…
メビウスの間合いから出て、少し距離を取る。
志狼「立て、手とり足とり全部教えてやるから」
尻餅をつくメビウスを見下ろし、自力で立ち上がるよう促す。
本来なら年相応に泣き出すか、恐れのあまり震えるか、睨みつけるだろう。だが、メビウスはそれらを一切せずに自ら起き上がってみせた。
見つめる瞳には憎悪や怒りは無く、先程の意志が込められていた。
それからというもの、メビウスは志狼に戦い方を身体に叩き込まれた。拳を主体とした体術や覚えるべき基礎と応用、技術それら全てを
志狼「来い!」
また拳を握り締めて、合図しようと声をかける。
すると、メビウスは駆け抜けて、志狼の間合いに入った。
メビウス「オラァ!!」
前より少し背が伸びた身体が跳び、拳を突き出す。
だが、少し顔を反らすようにして躱された。
志狼「遅せぇぞ!」
流れるように手首を掴まれ、メビウスの後ろへと回そうとする。
メビウス「わーってるよ!」
先に身体を旋回させて、志狼の脇腹に蹴りを入れた。
志狼の顔が苦痛で歪む中、メビウスは容赦無く逆の拳で顔面を殴る。確実に入った。
メビウス「なっ…!?」
だが、ビクともしなかった。耐えてみせたのだ。
志狼「上出来だが、まだだ!」
背中に回そうとした手は軌道を変えて、背負い投げを繰り出す。あえなくメビウスの背中が床に打ち付けられた。
メビウス「ぐっ…!」
走る痛みを堪えて、立ち上がろうとする。
だが、志狼は掴んだまま腕挫十字固を仕掛けた。
メビウス「痛てててててて!!!」
引っ張られて、取れそうになると焦って声を上げる。
志狼「呑気に寝んじゃねぇ!!」
やめる気は無く、メビウスにアドバイスした。
実戦形式として欠点を見つけ、改善しながら鍛えていく。繰り返していくうちにメビウスは成長していった。
夜中、また志狼との修行が始まる。
対峙するメビウスは瞼を閉じて、深呼吸していた。
志狼 (…雰囲気が変わったな)
少し前からメビウスの成長に気付いていた。彼の全身から青いオーラが立ち上る。
メビウス「行きます…!」
見開いた緑の目が正面を見据えた刹那、姿が消えた。
志狼 (消えた…?)
初めて見た、思わず思考が止まる。直後、背後から青い手が伸びて、静かに肩へと置かれた。
それはメビウス本人…目にも止まらぬ速さで動いていたのだ。
メビウス「今のは…?」
だが、理解が追いついてない。未だ困惑している。
志狼「…おいおい、トドメ刺せ」
振り返って、メビウスの頭に軽くチョップした。
メビウス「あでっ…」
軽い衝撃だったので痛くは無い。ただ、声が出た。
すると、志狼が微笑む。
志狼「…だが、悪くないな」
成長が目に見えた事で誇らしく思い、チョップした手でメビウスの頭を撫でる。
メビウス「…ありがとう、ございます」
慣れないものの、満更でもない。この鍛錬も含めて懐かしい温もりを感じ取れたからだ。
その後、二人は一度休憩に入った。
数日後、事態は一変する。
志狼「んじゃ、コンビニ行ってくるわ」
いつも通り、出掛ける志狼をメビウスは見送った。
一人で留守番するメビウスはリビングの床に座り、心の中で念じる。想像する自身の化身 ソニック・スターを顕現させた。
実体化した肉体に纏うオーラが揺らめき、意のままに動かしていく。慣れる為に…
凡そ一時間近くが経過した頃、メビウスが違和感を覚える。
メビウス (志狼さん、帰ってこないな…)
家からコンビニまでそこまでかからない。気になったメビウスが能力を解くと、起き上がって家から飛び出した。
敷地から歩道へと移り、辺りを見渡す。だが、志狼は見当たらなかった。
直感で歩き進んでいくと、ある光景を目にする。そして、愕然のあまり目を見開いた。
志狼が歩道の上で倒れていたのだ。傷だらけの身体は伏しており、呼吸すらしていない。
メビウス「志狼さん!」
急いで駆け寄り、志狼に呼びかける。だが、応答は無い。
止血などするべきだが、まだ習っていないので出来なかった。だが、このままでは死ぬのは確実だ。
通報しようにも携帯すらない。
メビウス「待ってて、今助ける!」
決断した直後、志狼に掴まる。体格差故に持ち上げられず、かなりの腕力が必要だ。
だが、メビウスにとって問題は無い。
病院へと向かわなければという意志が能力を発現させて、両脚が青く光り出す。精一杯浮かせながら前に出た刹那、メビウスと志狼は既に病院にいた。
志狼の意識が戻る。重い瞼をなんとか開けると、知る声が聞こえた。
メビウス「志狼さん!」
白い光に包まれたが、間も無く治まったので、目の前がハッキリと映る。最初に見えたのはメビウスであり、安堵してか涙を流していた。
次に自分が病室のベッドで安静にしていたのを認識する。
何故、ここにいるのか?自分の身に何が起こったのか?自問自答のように出てくるが、記憶が時間と共に鮮明となっていく。
志狼「…そういう、事か……」
横たわる身体を起こす。痛みに襲われるが、なんとか堪える。
志狼「薔薇雷火か…」
ふと、そう呟く。思い出したのを言葉にしただけで、これがどう引き金になるのかさえは考えていない。まだ脳がハッキリとしていないのだ。
メビウス「薔薇雷火…」
一言だけで大体の事を…元凶が薔薇雷火である事を理解した。
志狼 (マズイ…!)
メビウスの様子に気付いた事で、我に返って焦る。このままでは自分の弟と同じ目に合わされると思って…
志狼「待て!メビウス…!」
手を伸ばすが、触れる前にメビウスがいなくなってしまった。空を切り、漂うオーラを払うようになる。
志狼「クッソ…!アイツ…!!」
一人では無理だと思い、急いで追いかけようとした。だが、傷が完治していないせいでベッドから降りた瞬間、膝から崩れ落ちて、うつ伏せとなる。
志狼「メビウス…!」
院内は騒然としており、抜け出そうとする志狼を医療従事者達が取り押さえた。その中でも志狼はメビウスを気にかけている。
だが、オーラに触れた事で心のどこかで「メビウスなら薔薇雷火を壊滅させれる」と、妙な確信を抱いていた。
次回 第肆拾陸話 「壊滅と曲解」




