第肆拾肆話 「明白世界」
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
意識が戻る。やけに頭と瞼が重く、以前まで何をしていたのかが思い出せない。
メビウス (俺は…)
徐々に瞼が上がる。その度に記憶がはっきりと蘇り、白い光が視界を覆う。
完全に目が見開いた事で光は鎮まった。
広がるは真っ白な光に包まれた世界であり、建物どころか地平線すら無い。だが、宙に浮かぶ島のようなものが幾つもある。
メビウス「何処だよ、ここ…」
異様な殺風景を前に重っ苦しい声で呟く。知らない場所だ、まだ理解が追いついていない。
「ようこそ…ここは、明白世界です」
立ち尽くすメビウスの背後から落ち着いた声色で答える。
それを聞いたメビウスが目を見開きながら振り向く。緑の瞳には人の頭くらいはあるだろう球状の機械が浮遊する様を映していた。
メビウス「あ、アンタは…?」(機械が、飛んでる…?)
得体の知れないものに戸惑う。その中心から黄色い光か灯している事から機械だと読み取る。
ウェルギリウス「申し遅れました。私はウェルギリウス…明白世界の案内人です」
淡々と声が流れる。機械のように落ち着いているが、何処か生きているような気がした。
メビウス「案内人ねぇ…」
礼儀正しく迎えられた事、接してきた事に感心する。
ウェルギリウス「着いてきてください、管理者の元へと案内します。」
球状の機械 ウェルギリウスが浮遊しながらメビウスから離れていき、ついてくるよう促す。
メビウス「はいよ」
色々と気になるが、立ち止まっていても何も始まらないので、ウェルギリウスに応じた。
能力の影響かその動きは速く、すぐに距離を縮めていく。
しばらくして、メビウスは白い光で構築された道の上におり、黙々と突き進む。
両サイドの至る所に白い霊魂がおり、食事をしたり、温泉に浸かったりなど人のように寛いでいた。
メビウス (あれは、魂…?随分と典型的な形しているんだ…)
異様な光景を前に戸惑うも、遅れずにウェルギリウスの後に続く。
メビウス「今更でごめんだけど、明白世界ってなんなの?」
ここまでの間、一切会話を交わしていない。
人と機械である以上必然だ。しかし、メビウスとしては気になってしまい、明白世界について訊ねる。
ウェルギリウス「明白世界とは死した生命が魂となりて還る場所…つまりは天国となります。」
抑揚のない声で明白世界を述べていく。それを聞いたメビウスはそれが何なのかを理解した。
メビウス「…は?」
さりげなく出された事実に脳が理解が拒み、立ち止まる。偶然か足場は自動で動き出し、エスカレーターのようにして上空へと昇っていく。浮遊するウェルギリウスも同様だ。
メビウス「死んだって事!?俺が!?」
信じられなかった。認めたくなかった。そう言わんばかりに驚き、声を上げる。
ウェルギリウス「でなければ、貴方がここに居る理由は無いでしょう?」
明白世界が天国ならば反論の余地など無い。
メビウス「そう、だけど…」(でも、なんで…?)
まだ戸惑っており、片手で頭を抱える。死んだ理由…記憶が抜け落ちていたのだ。
そんな状態のままウェルギリウスと共に目的地辿り着いた。
「来ましたか、ヒカリノ メビウス様…」
メビウスとウェルギリウスに気付き、黄色い瞳が正面を見据える。白髪は肩にかかり、スーツを着飾っている。
向かい合うエグゼクティブデスクには資料が山のように積まれていた。
メビウス「もしかして、アンタが管理者?」
訝しみながら訊ねる。
ウェルギリウスとの会話でなんとなく察してはいるが、名前までは知る由もない。
ゼウス「如何にも、私はゼウス…明白世界の神です」
管理者改め明白世界の神…ゼウスはしかと答える。無表情を浮かべ、平然としていた。
微かに間が置かれる中、メビウスは思考を張り巡らせていた。そして、決心して口を開く。
メビウス「…なんで、俺は死んだの?」
緑の瞳がゼウスを見据える。真偽を確かめ、真相を知りたかった。心の思うがままに動く。
メビウスの問いを耳にしたゼウスは一度咳払いをすると、山積みの資料から一枚の紙を取り出す。
ゼウス「…ヒカリノ メビウス、貴方は無惨にもマスターダークに切りつけられ、臓物を穿たれた事で死に、ここ明白世界へと来た」
綴られた文面を淡々と読み上げる。それはメビウスにとって、無慈悲な形で真実を知った。
言葉が忘れ去られた記憶を呼び起こして、メビウスの目が大きく見開く。フラッシュバックするはゼウスが述べた死そのものであり、当時受けた傷による苦痛に苛まれた。
メビウス「…あぁ……成程ね……」
ショック故に止まっていた呼吸が動き出す。
メビウス「…思い出したわ、何もかも」
認めたくなかったが、そうせざるを得ない。
必死に空気を取り込もうと、肩で息をしながら気持ちを落ち着かせる。
ゼウス「思い出しましたか…なら、話は早いですね…」
手にする書類を机の上に戻し、一息つく。
メビウスの瞳が正面にいるゼウスへと向けられた。
メビウス「この後、俺はどうなるの…?」
神妙な面持ちで訊ねる。不安からなのかは当の本人ですら言語化しにくいものだったが、咄嗟に言葉にした。
ゼウス「そうですね…」
顎に手を当てて、深く考える。黄色い瞳が見下ろし、机の上にある資料へと目を通す。
ゼウス「貴方は多くの人間を殺してきたので、地 獄へと行きますね」
メビウスの生涯…これまでの所業を鑑みて結論を出す。すぐさま業務に取り掛かろうとペンを手に書き記そうとした。
メビウス「…そっか、わかってはいたんだけどな」
頭を掻きながら右に回る。一度手を止め、真っ白に染まった空を見上げた。
メビウス「…やっぱ、受け止めきれないや」
やるせない気持ちでいっぱいだ。複雑な気持ちを吐露するが、覆る事は無いと思い込む。
すると、綴っていたペンの動きが止まる。
ゼウス「…まだ、生きたいですか?」
理由も無く訊いた。
メビウス「そりゃあね…」
同情か…突然の事に戸惑いながらも答えるも、ゼウスの意図はわからない。
それを聞いたゼウスが顎に手を当てる。
ゼウス「でしたら、試練に挑まれてはどうでしょう?」
一つの提案を持ちかけ、意志を確かめようと黄色い瞳が見据える。
メビウス「試練?」
頭に疑問が過ぎり、訝しむ。
ウェルギリウス「ゼウス様!?それは!!」
そんなメビウスとは逆に知っている様子で、止めようと声を張り上げた。
ゼウス「貴方は只者では無い…それに、生き返りたいでしょう?」
だが、ウェルギリウスの反対を押し退けて、メビウスの本心を見抜く。彼の言葉には明白世界の神という大きな信頼が込められており、蘇れると考える。
メビウス「…出来るの?」
風向きが変わるのを実感しながら真偽を問い、正面を向いた。
ゼウス「えぇ、勿論」
無表情のまま答えた事で事実と知ったメビウスが勢いよく机を叩き、前のめりになる。
メビウス「教えてくれ!生き返りたい!」
確固たる意志として声を張り上げた。どんな逆境にも乗り越える気だ。
ゼウス「わかりました」
メビウスの覚悟を確かに聞き届け、手にするペンでサインを綴り出す。
ゼウス「内容は至ってシンプル…五つの試練を乗り越え、願いの書を持ってきてください。さすれば貴方の意志を叶えてあげます」
契りを一枚の紙に可視化する中、試練について説明する。
ゼウス「ウェルギリウス、案内を頼みます」
生成する文章から目を離さなかった。
指示に応じてかウェルギリウスは動き出し、ゼウスの隣へと移る。後ろの空間に黄色い光を照らし出し、白い扉が構築された。
メビウスは急いで扉の前に立ち、ドアノブを握ろうとする。だが、ゼウスが口を開く。
ゼウス「もし、逃げ出した場合は棄権したとして地獄へと送ります。死んだ場合は無に帰りますので、ご了承ください」
注意しようと強く声を張り上げた事で、メビウスがゼウスへと顔を向ける。
メビウス「難易度高っ…てか、他に受けた人はいるの?」
試練の内容、その過酷さに慄きそうになる。ふと気になってか自身以外の挑戦者、その行方について訊ねた。
ゼウス「えぇ、数え切れない程に」
全てを見てきた者からの返答はこれだった。淡々と述べるゼウスと密かに語られる事実にメビウスは微かながら畏怖する。
メビウス「…了解」
だが、それらを受け入れた上でのもの…気を引き締めて、扉を開けた。
ゼウス「ご武運を…」
無事を祈った言葉が合図となって、走り出すメビウスが扉の向こうへと姿を消す。ウェルギリウスも後を追う。
ここから離れた事で扉は独りでに閉まり、粒子となって消えた。
ゼウス「貴方なら、出来ますよ…」
独りの空間で微笑む。呟く言葉には確信と喜びが含んでいた。
扉を通った先も白い空間のままだが、エレベーターのように足場となる大地が昇っており、その形状は半球だ。
扉が閉まって消えたかと思いきや、同時に足場が動き出した事から絡繰があるとメビウスは推察する。
メビウス「イメージと随分かけ離れるなぁ…」
典型的な天国と乖離している…そんな事実に驚かされ、技術力に圧巻していた。
ウェルギリウス「現世のように、明白世界も変化を遂げますからね」
そんなメビウスに説得力のある言葉をかける。
メビウス (暗黒世界はもう一つのあの世…なんて牙禅が言ってたな)
マスターダークとの決戦前に情報共有していた時を思い出す。まして言えば、黒影のいる暗黒世界にあったヘリオス社のアジトの事を思えばウェルギリウスの言葉には説得力があった。
ウェルギリウス「暗黒世界……」
一言、そう呟く。
メビウス「ん?」(今、暗黒世界の名を…?)
心で呟いたはずなのに聞こえていた…そんな事実に疑問が過ぎる。機械が読心術など持つはずが無い。
直後、上昇する足場が止まった。
ウェルギリウス「辿り着きました、第壱ノ試練です」
疑問を遮るように現状を伝える。
目の前を覆う壁に裂け目が現れ、門として真横から開いた事で先の光景が映し出た。
メビウス「あれが…!」
敵を視認した事で腰を低くして、構えた両拳を握り締める。
第壱ノ試練と称されるモノは駒の如く下に突起を持つ球状の機械であり、鋼鉄の装甲で覆われていた。
第壱ノ試練「システム起動…旋回する光輪天使は目的の為に…」
第壱ノ試練 ニンブスから機械音声が流れる。中央の凹凸した裂け目が開き、黄色いモノアイが光り出す。更に両側から白い棒のようなものが伸びてきた。
ニンブス「第壱ノ試練を開始します。」
次の刹那、そこから八つの光輪が現れる。
眩しくない程に光るそれは素早く旋回した。
メビウス「マジじゃん…!」
感じ取った瞬間、両手足が青く染まり、灯すオーラが立ち昇る。
先手を打ったのはニンブスであり、チャクラムと似た四つの光輪が不規則にメビウスに襲いかかる。
メビウス「あらよっと!」
光輪の軌道を予測し、音速で一直線に突き進んだ。
四方八方に散らばった四つの光輪のうち、一つが地の上を走る。通過した箇所には削り取った跡があった。
メビウスは確実にニンブスとの間合いを詰めていく。
メビウス「悪いけど…!」
次の一歩を踏み出す足に力が入る。
メビウス「乗り越えさせてもらうよ!!」
大地を蹴って、跳んだと同時に蹴りを入れようとした。狙うはニンブスの装甲…
ニンブス「攻撃を感知…」
周りにある四つの光輪がバリアとして展開し、メビウスの蹴りを防ぐ。
メビウス「それあり!?」
想定外の事態に目を見開く。
そんなメビウスの背後から先程の光輪が四つ、接近してくる。
間合いに入って切りかかる刹那、メビウスの姿が消えた。否、超高速で回避して離れたのだ。
すり抜けた光輪は盾となった光輪と共に舞い、ニンブスの周りを飛び回る。
少し離れたところ…ニンブスの正面にメビウスが再び姿を現す。
メビウス (あの光輪、凄い厄介…!)
緑の瞳はまだ見据えている。
光輪の対処とニンブスの倒し方、打開策を練ろうと思考を張り巡らせた。
だが、阻もうと旋回する光輪が四つも翔ける。
メビウス「考えさせる時間くらいくれよ…!」
愚痴を零しながらも真横に跳んで躱す。
直後、違和感を覚えた。ニンブス側にある光輪は二つしか無いのだ。
メビウス (何処だ!?)
瞬きした隙を突かれた。消失した二つの光輪はメビウスの視覚外から襲いかかる。
旋回する光輪がメビウスの背中に深く突き刺す、これで倒したとニンブスは確信した。
だが、光輪はまたメビウスをすり抜けた。血飛沫は舞わず、身体は霞のように消える。
ニンブス「対象を喪失、探知します…」
想定外の事態だが、すぐさまレーダーを起動して周囲に張り巡らせた。
僅かな時間に静寂が包む中、ニンブスはメビウスを探す。
メビウス「残像だよ!」
呼びかける声に反応したニンブスが上空に六つの光輪を放つ。だが、肉を切る音は聞こえない。
次の刹那、投げ返すように上から降ってきた光輪が装甲に突き刺さり、白い棒を一つ切り落とした。
ニンブス「理解不能、迅速に離れます」
淡々とした音声とは裏腹に鋼鉄の巨体が駒のように回りながらある程度離れる。
ニンブスがその場で立ち止まると、投げ飛ばした光輪をこちらに引き戻す。
だが、先程より不安定だった。思う通りに動かない、操るに必要な白い棒が片方壊れたせいだ。そんなニンブスを他所にメビウスが着地し、正面にいるニンブスを見据える。
メビウス「やっぱ、その白い棒が光輪を操ってた訳だ」
あの短時間の中で攻略法を練っていた。結果的に上手くいく
ニンブス「最大限の防御を…」
メビウス「ならもう…!!」
ニンブスは残った白い棒で無理にでも操り、八つの光輪が装甲の回りを走る。
同時にメビウスがクラウチングスタートの体勢に入り、黒く変色した手足から青い稲妻が迸った。
次の刹那、目にも止まらぬ速さで駆け抜け、ニンブスの間合いに踏み込んだ。
飛びかかる体勢となっており、握り締めた拳を後ろに引く。そして、一息つく間も無く拳が突き出された。
装甲に直撃した事で、重い音と共に凹み、微かに吹き飛ばす。
メビウスを仕留めようと四方八方から光輪が迫るが、難無く躱された。
流れるように光輪を二つも手に取り、投擲する。
旋回して飛翔する一つはニンブスの装甲に深く突き刺す。
マズいと思ったニンブスがメビウスから距離を取ろうと、後ろへ下がる。直後、もう一つの光輪が残っていた白い棒を切断した。
直後、全ての光輪の制御・操作が効かなくなり、地に落ちて消滅する。
ニンブス「攻撃手段0…迅速に解決策を…」
最悪な事態に必死に思考を張り巡らせた。機械であるにも関わらず
だが、間合いに入ったメビウスが蹴りを入れる。
メビウス「させるかよ!」
ニンブスの装甲をまた凹ませて、後ろへと吹き飛ばす。アルドラスに鍛え上げられた事で痛みは走らず、逆に鉄をひしゃげる程の威力を手にした。
ニンブスの巨体が壁に打ち付けられるが、容赦無くメビウスが距離を詰めてきた。
メビウス「うおらァァァァァァァァァ!!!」
握り締めた拳を後ろに引いて、強く握り締める。
繰り出されるは拳による連撃…つまりはラッシュである。神速でぶちのめしていく度にクレーターが装甲に刻まれていく。壁に走る亀裂も広がっていった。
メビウス「トドメだァッ!!!」
一喝した刹那、拳による強烈な一撃を突き出す。その身に受けた事で壁は崩壊し、ニンブスが激しく吹き飛ばされた。
醜い鉄屑は底無しの奈落へと落下していく。
ニンブス「システム停止…第壱ノ試練、見事に突…破……」
律儀に言い残して、全ての機能を完全に停止した。やがて等身大を超える巨体が見えなくなる。
それを見届けるメビウスは肩で息をしながら呼吸を整え、顔に汗が流れていた。
黒かった肉体は本来の姿へと戻り、握り締めた拳が開く。
メビウス「突破したけど、あんだけ頑丈なら手こずりそうだな…」
この戦いを通じて、苦戦を強いられると予感する。ズレたマフラーを掴んで、整えた。
ウェルギリウス「お疲れ様です、メビウス様」
そんなメビウスにウェルギリウスが近付く。
メビウス「ん?あぁ…」
労いの言葉をかけられたと認識した直後、また絡繰が起動した。思わず振り向くと、そこには無かったはずの白い階段があった。
ウェルギリウス「第弐ノ試練です」
上空へと通じる階段について述べ、メビウスが気を引き締めた。
同時刻、ゼウスはメビウスの様子を監視していた。
ゼウス「第壱ノ試練を突破しましたか…」
静かに微笑む。見込み通だったのだろう
ゼウス「流石は戦士、素晴らしいですね」
資料を取り出し、記された文字に目を通していく。
ふと、気配を感じ取ったゼウスが正面へと目を遣る。
ゼウス「貴方も試練に?」
瞳に映るは冷たい雰囲気の男で、少し小さい斧のような頭部と片目を隠す前髪が特徴の黒髪に鋭い目付きと赤い瞳を持った容姿だ。また赤い装飾の白いローブを纏っており、黒の手袋とブーツを履いていた。
「まぁ、そんなところだ」
嫌悪混じりに答える。彼もメビウスと同じ挑戦者なのだろうか?
次回 第肆拾伍話 「志狼」




