第弐拾陸話 「勇気、前に進め」
この物語はフィクションです。
実在の人物・団体・事件とは一切関係ありません。
場面は変わり、校内の廊下にてフォースは現在…
フォース「おいおい!容赦なさすぎじゃない!?」
襲いかかる数多の魔法攻撃を躱しながら全力疾走していた。
彼の背後には数人の生徒が追跡しており、杖の先を向けたり、本を開いたままなど魔法を放つ準備に入っていた。
あらゆる元素を兼ね備えた属性魔法を生成し、それら全てがフォースに向けて放たれた。
フォース(こりゃあ困ったなぁ…能力は封じられるわ、そんでもって操られているからか普通に手強いわ…)
この現状に内心呆れるように愚痴を吐く。だが、その足は止まる事も失速する事も無かった。
フォース「えぇ…正気?」
目の前の様子に唖然とした。一瞬助からないのでは?と絶望しかけた。
そこには他の生徒が道を塞ぐように立ちはだかっており、どうやらフォースが知らないうちに二手に分かれていたようだ。
また生徒の中には浮遊するブルースカイムに跨る者もいた。
フォース「それ、反則じゃない?」
このまま突っ込めば間違いなく死ぬと理解した。
窓に出ようと考えが過ぎったが、走り回っていた高所であるここでは間違えなく死ぬ。能力が使えない為、飛び降りて助かる可能性は更に絶望的だ。
仮になんとか無事に着地したとてブルースカイムに乗る生徒がいる。彼らからの追跡を逃れる事は出来ないし、それ以前に飛び降りる事さえ遮られるかもしれない。
そうこうしていると、フォースを囲う生徒達は獲物を追い詰めるかのようにして徐々に迫ってきていた。
フォース「あらら…こりゃマズイねぇ」
この危機的な状況に苦笑いを浮かべて、彼らから距離を取ろうと後ろに下がりながら通路側の壁に寄る。
フォース「ん?ここって…」
既視感を感じてか、ふと背後に目を遣る。そこには一室に通じている扉があった。
フォース(…もしかして?)
突然過ぎった直感を信じて、その手にドアノブを握りしめる。それが合図となってか、操られた生徒達が一気にフォースへと接近して来た。
フォース(間に合ってくれよ…!)
身の危険を感じて焦りながらも、何とか引いてすぐに扉の向こう側へと入った。瞬時にフォースは扉を勢いよく且つ素早く閉めた。
だが、そこから戸を叩く音は鳴らなかった。
静寂に聞こえるのはフォースの荒い呼吸であり、肩で息をしていた。
フォース「なんとか…撒いたか……」
安堵してドアノブから手を離して、距離を取った。
未だに続く呼吸をなんとか整えていた。
「あら、また来たのね…」
ふと、聞き覚えのある落ち着いた声が聞こえた。
フォース「そりゃあそうさ、博識で可愛い君を一目見たかったからね」
振り返り、平然を装って彼女に語り掛けながら歩み寄る。金色の瞳にはイワンが映っており、当然ながらフォースの前にいた。
「…今、そんな流暢な事言えるの?」
ナンパするような言葉をかけられた事に呆れていた。逆にその精神力に尊敬したくなる程にだ
フォース「そーなんだよなー…全生徒は操られているし、教師の皆さんも校長とイワンちゃんを除いたら人質にされてるからねぇ〜」
心の底から思っているのかと訴えたくなる程の軽い口調で話しながらイワンの近くにある椅子に腰掛けた。だが、内心は焦っており、打開策を見出そうと思考を回していた。
イワン「…なんで私の近くに座るの」
何処か呆れた様子で、疑問を投げるようにも聞こえる言葉を口にした。
フォース「良いでしょ?可愛いし好きだからさ」
懲りる様子も無く、一緒にいたいと言わんばかりの甘い笑みを浮かべた。
イワン「…そう」
フォースの言葉を聞いて、可もなく不可もなくといった感じで適当に返した。
再び静寂が辺りを包む、ただ頁を捲る音が合間合間に聞こえるだけ
フォース「…なぁ、操られた人を正常に解く魔法なんて…あったりする?」
ふと思い出したかのように、その音を出しているイワンに訊ねる。
有り得ないだろうと思い込みながら冗談交じりな言葉を出す。しかし、それは真剣なものであった。見つめる目が何よりもの証拠だ。
イワン「…あるわね」
彼女から出た言葉にフォースの目は見開き、机に手をつきながら前のめりになった。
フォース「おいおい!?マジで言ってる!?」
詳しく知りたいと思い、イワンにより近付く。想像以上に魔法が便利である事を改めて思い知らされた。
だが、彼女は難しい顔を浮かべていた。何やら問題があるようだ
イワン「けど、校内に放たれたあれが魔法じゃないのが難点ね…」
どういう事かとフォースの顔が訝しむ。
曰く、魔法には魔法で対抗するしかない。言い換えれば、他の攻撃手段では対処出来ないのだ。それは摂理ともされており、遥か昔に決められている。
今回の問題はアズル改めマタンゴが放った粒子が魔法か否かというもの、当然ながらあれは魔法ではない。
イワン「だから、もしあれが魔法じゃないのなら私や、ジョレッド校長先生でも対処出来ないわ…」
彼女にとっては憶測の域を出ないが、最悪の場合として言及した。
場面は変わり、廊下
そこには楓弥とジョレッドがおり、目の前にはレヴィムとマタンゴがいた。
ジョレッド「やはりか…」
レヴィムの思考を読み取った事で嫌な予感が当たった。
今、楓弥を守れた安心と楓弥以外の生徒がマタンゴ若しくはレヴィムの支配下に置かれてしまった後悔の相反した気持ちがぶつかり合い、複雑な心境を抱いていた。
楓弥「何があったんだよ!?ジョレッド校長先生!!!」
未だジョレッドに掴まれたままであり、声を張り上げながら詳細な説明を求めた。
ジョレッド「フーヤ、落ち着いて聞くんだ。君を除いた生徒は皆…」
老いた手が楓弥の肩を掴み、そのまま事の顛末を告げた。
楓弥「は…?」
それを聞いてか信じられないと思い、目は見開き、開いた口が塞がらなかった。
ジョレッド「すまない…」
楓弥の反応を見て、申し訳なさそうに俯く。自身を責めていると思い込んだからだ
楓弥「…いや、だったら尚更こんな事してる場合じゃないだろ……」
掴まれていた手を振り払い、ジョレッドから離れるように立ち上がる。
楓弥「あいつ、絶対許さねぇ…!」
そして、振り返ってレヴィムに身体を向けながら両手を強く握りしめた。
ジョレッド「フーヤ…」
怒りの矛先がレヴィムに向いている事、絶望するどころか自身を責めていない事を理解した。
そんな楓弥を前にレヴィムの口角は上がり、首を傾げていた。その態度は挑発しているように見えた。
楓弥「ジョレッド校長先生、守ってくれてありがとうな…」
決意したかのように、静かに力強く言葉を零した。
楓弥「皆を、助け出しに行く…!」
正面にいるレヴィムを睨みつけながら大地を強く蹴りあげた。巻き起こる突風が楓弥を吹き飛ばし、勢いよく真っ直ぐに突き進んだ。
ジョレッド「…フーヤ、一人にはさせんよ!」
楓弥の言葉、その決意に鼓舞された。
杖を翳して、周囲に生成した光の棘をレヴィムに向けて放った。
光の棘は楓弥の横を通り過ぎていき、レヴィムの間合いに入る。だが、周りに漂う黒い瘴気が彼女自身を守り、無慈悲にも光を打ち消した。
ジョレッド「イージス!」
それと同時だった。呪文を唱えた直後、楓弥の全身にオーラが発現して光り出した。
楓弥「これは…!いや、これなら!」
白い光がレヴィムの瘴気を打ち消せれると確信し、意を決して突き進み出した。拳を引く、その動作に入ると彼女の顔から笑顔は消え、残像を出しながら後ろに下がる。纏う光が忌々しく思ったのだろう。
楓弥「ハァァッ!!」
結果、振りかざした拳は空を切った。その隙を逃さまいと黒い瘴気が楓弥に襲いかかる。
楓弥「かかったな!」
だが、彼は笑みを浮かべた。次の刹那、周囲に突風が巻き起こる。
それは黒い瘴気を払い、レヴィムに鎌鼬のような傷を負わせた。
久しぶりに傷を負い、初めてジョレッド以外の人物にやられた。その事実に帽子の鍔で隠された彼女の目が見開いた。
レヴィムが次に浮かべたのは驚愕のままでも、憤怒でも無かった。ただ静かに黒く彩られた唇の端が上がる。
後退したままレヴィムは片手でマタンゴを捕まえて、楓弥から距離をとった。
綺麗に着地すると、どういう事かレヴィムは「後は任せた」とマタンゴを優しく叩いて、この場から去ろうとし始めた。
楓弥「なっ!?待て!!」
このままでは逃げられると思い、迅速に突風を起こしてレヴィムに接近する。だが、そんな楓弥の前にマタンゴが立ちはだかった事で動きを止めた。
楓弥「アズル!頼むから避けてくれ!!」
目の前にいるマタンゴにアズルを重ねながら、祈った。
だが、その願いは叶うはずもなくマタンゴは息を吸い込むような動作に入った。
楓弥「くっ…!悪い!!」
やむを得ないと考えたのか退かずに、回し蹴りを繰り出した。甲冑を纏う脚が身体にめり込むが、あまりの柔らかさに弾き返された。
楓弥「うおっ!?」
それにより後ろの方へと吹き飛ばされた。
宙を舞う身体を旋回させて、なんとか膝をつきながら着地した。楓弥の隣にはジョレッドがいた。
ジョレッド「フーヤ!!」
楓弥「大丈夫だ!ありがとう!」
手に持つ杖の宝玉にマタンゴを映す。楓弥を心配していたが、元気よく堂々と返してくれた事で安堵した。だが、まだ気は抜けない。
二人がマタンゴを睨みつける。頭の傘より下に赤い単眼が現れ、それもまた二人を映していた。
その時、楓弥とジョレッドの背後に幾つものの人影が姿を現した。
楓弥「なっ!?」
迫る殺気に気付き、回避しようと後ろに引く。
間に合わないと楓弥は思ったが、ジョレッドが白い光を発するバリアを展開させた事で問題は無かった。
ジョレッド「これは…!」
バリアの向こうにはべレッドにアイドニといった知っている生徒がいた。最早彼らに自我はなく、手にする杖は近接武器のように振るっていた。
楓弥「これ、全部あのキノコの仕業だって言うのかよ!?」
ジョレッド「そうだな…これは困った事になるぞ……」
ジョレッドから告げられた事実が本当だと確信し、信じ難い楓弥の様子を前にした事で深刻な表情を浮かべ、歯を食いしばっていた。
楓弥「それって!?」
どういう事かという問いかけにジョレッドは続けて言った。
ジョレッド「見るからに、あれは魔法では無い…魔法には魔法で対抗するしかない。逆に言えば、魔法以外では効果が無いという事だ」
楓弥「じゃ、じゃあ、なんだよ…?べレッドもアイドニも皆、おかしくなったままだって言うのかよ!?」
ジョレッドの説明に楓弥の顔は絶望を浮かべた。
ジョレッド「いや、可能性があるとすれば…」
だが、彼はある望みがあった。もしかしたらと思っていた。その時だった。
「激龍…だろ?」
聞き覚えのある声が鳴り響く。それに気付いた二人はべレッド達の後ろへと目を遣った。
なんとそこには剣がおり、浮遊する肉体を飛ばしてこちらに来ていた。
剣「激龍!」
全身から激龍のオーラが焔の如く燃え盛り、全てが後ろへと流れていく。そのまま脇構えで両手に持つ太刀を握りしめた。
次の刹那、白刃が迅速に振り下ろされた。激龍はバリアを叩きつける生徒達をすり抜けながら軌道を描く。
斬られた彼らに傷は無く、まるで意識を失ったかのようにして倒れた。
楓弥「なっ!?お前!!」
ジョレッドはバリアを解くと同時、剣に近付いて胸ぐらを掴んだ。殺したと錯覚していたのだ
剣「取り憑いていた闇を払っただけだ、殺してはいない」
落ち着いた様子で淡々と説明する。
どういう事かと楓弥は地に伏した生徒達に目を向けた。確かに切り傷は一つも無かった。
楓弥「本当だ…けど、どうやって…?」
その事実を前に唖然としながらも、胸ぐらを掴んだ手を離した。浮かぶ疑問が口から零れる。
剣「それで、あれが皆をおかしくさせているんだな?」
だが、切り替えさせるようにして問いかけた。睨む赤い瞳はマタンゴを捉えており、太刀を手にしたまま一歩前に出る。
我に返った楓弥が声をかけた。
楓弥「剣!」
剣「なんだ?」
それを耳にした剣が静かに振り返る。
楓弥「あれは、アズルなんだ…!俺の友達なんだ…!だから、助けてやってくれないか?…殺さないで、欲しいんだ…」
友達を失いたくないと想いから申し訳なさそうに剣に頼み込んだ。
剣「…安心しろ」
安心感を与えるように静かな声で返し、微笑みを浮かべた。そして、楓弥から目の前にいるマタンゴへと身体を向けた。
剣「アスト、まだやれるか?」
アスト『無論だ、ここで断るほど弱くも愚かでも無い』
内に宿るアストに語りかけると、当の本人は得意げに平然とした態度で応じた。彼もまた剣と同じ意志であった。
剣「アズル!お前の闇…」
張り上げる声とは対照的に刃は静かに且つ冷たく上げられ、その矛先はマタンゴを捉えていた。
剣「ここで斬り離す!」
手にする太刀を後ろに引くようにして戦闘態勢に入った。
剣の言葉を読み取ってか、マタンゴの全身から赤い目が幾つも現れた。すると、剣の周囲を操られた生徒達が囲い、何の合図も無しに突っ込んできた。
剣「激龍…!」
この状況下でも落ち着きながら激龍が帯びた刃を振り回した。周囲の空間がまるで時間が止まったかのようにして遅くなる。
だが、それは剣が目にも止まらぬ速さで動いていたからであり、静かに…そして、ゆっくりと白刃を鞘にしまう。
剣「響!」
ある程度刃が中まで入ると、迅速に納めた。それにより綺麗な金属音が空間に木霊する。
次の刹那、響く音波は周囲を切り裂く烈風となりて広がる。音を聞き、その身に風を受けた生徒達は気を失ったかのようにして一斉に倒れた。
それを前にしたマタンゴは臆し、楓弥とジョレッドは目を見開くようにして唖然としていた。
剣「激龍…!」
静かに納めた太刀に手を置き、居合の構えに入った。赤く鋭い眼が目前の敵を捉えていた。
このままでは殺されると瞬時に察知したマタンゴは蹲り、前方に赤紫の粒子を飛ばした。
必死ながら守りに徹するが、剣は目にも止まらぬ速さで突き進みながら粒子を避け、激龍を纏わせた刃で打ち消した。
楓弥「なんだあれ!?速ぇッ!!」
それを前にした事で愕然とする。最早、常人の域を超えていた。
ジョレッド(あれが、彼らが探していた欠片に宿りし力…)
彼も凄まじい戦況を目の当たりにする中、ふと脳裏に少し前の出来事が過ぎった。
それは激龍の欠片を初めて見かけた時の事であり、拾おうとしたが、魔力が消えると直感や本能が察知した。
現在、ジョレッドは顎に手を添えながら少し考えると、決意の目を浮かべた。
ジョレッド「フーヤ…」
語りかけると、楓弥は隣に顔を向ける。ジョレッドの目も彼の顔に遣っていた。
ジョレッド「連れて行って欲しいところがある。頼めるか?」
可能性に希望を見出してか、楓弥に頼んだ。たった一言だが、楓弥はジョレッドの意図を読み取った。
楓弥「わかった!」
すぐさま応じると、ジョレッドをおんぶしながら突風を起こして超高速で走り出した。
一方、剣はマタンゴの間合いに入った。次の刹那、白刃がマタンゴの胴体を貫いた。
剣「解!」
瞬時に刃を薙ぎ払うと、マタンゴの中からアズルが見えた。彼女は悪夢に魘されるように弱々しく苦しそうな表情を浮かべていた。
剣「助け出す!」
確固たる意志を抱いたまま片手がアズルの肩を掴み、後ろに引き寄せた。流れるようにバックステップして、マタンゴから距離を取る。
剣は急いで安全な場所へと向かい、彼女を横にさせた。大丈夫だと確認し終えると、真剣な眼差しをマタンゴに向けた。
ヤツの肉体は維持出来ておらず、蠢くかのようにして変形していた。
剣「…まだか……!」
だが、それは崩壊などでは無かった。剣は瞬時に察知した。
マタンゴが頭を下げると、キノコの傘が展開して、巨大な砲身が顕となる。次の刹那、赤紫色の巨大な光線が放たれた。
光速で迫り来るそれに剣は避けようと考えていた。
だが、背後にはアズル…更に言えば、楓弥とジョレッドがいる。下手すれば彼らが殺されかねない。
剣「くっ…!仕方ない!…ならば!」
意を決して、剣は身に纏う激龍を最大にまでに放出させたまま一太刀で光線を防いだ。
圧倒的な威力に後退る。光線と激龍がぶつかり合う事で辺りに粉塵が舞い、衝撃が何度も起こる。
アスト『不甲斐ない…!不完全故に私の力が弱まっている…!』
本来なら容易く振り払えるはずのものが出来ず、その理由をアストが申し訳なさそうに述べる。
剣「問題ない…!」
それに剣は堂々と返して、力強く踏ん張る。
だが、現実は無情であり、剣の方が劣勢であった。激龍の力が弱まる度に光線の威力に押され、また後ろに下がっていく。
剣「だが、これはマズイな…!」(どう切り抜けるか…!)
まだ耐えていているが、それも限界であった。
楓弥「剣ーーー!!!」
だが、その危機を打開するかのように、その空気を切り裂くようにして声が鳴り響く。瞬時に聞いた剣が振り返る。
赤い瞳にはジョレッドを担いだ楓弥が映っており、こちらに向かって走ってきていた。
剣「楓弥?」
目を凝らしながらも、未だに刃はマタンゴに向けていた。楓弥がジョレッドを降ろし、手にしていた欠片を受け取った。
楓弥「これを!」
水色に輝くそれを投げた。すかさず剣は太刀を持たないもう片方の手で激龍の欠片を掴んだ。
剣「あぁ!」
再びマタンゴの方へと向き直し、欠片を握りしめながら心の中で念じた。
無意識ながら頭の中でアストに指示された通りに剣の身体は自然と動き出していた。
それを他所にマタンゴは傘の上から黒い黒く大きな泡沫を放った。黒い水膜は形を変え、カワウソに酷似した等身大の化け物へとなった。
カワウソもどきの化け物が駆け抜けて剣の間合いに入ると、掲げた手を振り下ろしながら鋭い爪で切ろうとした。
だが、剣はその化け物を睨みながら太刀を振り上げた。カワウソもどきは断末魔を上げる間も無く、跡形もなく消滅した。
その出来事に楓弥にジョレッド、マタンゴが目を見開く。
剣「ありがとうな、楓弥…!」
刃がゆっくりと下りながら傾き、切っ先が地に向けられる。欠片を握りしめたまま剣は手にする太刀を構えた。
剣「力が漲ってきた…!」
欠片をポケットの中にしまうと、その手も柄を掴んで力を込めた。
剣「激龍…!!」
全身から燃え盛るようにして激龍が溢れ出す。肩越し構えに入ると、大地を蹴り上げて一直線に駆け抜けた。
目にも止まらぬ速さで突き進む剣にマタンゴは直感で間合いに入られると危機を感じた。すぐさま周囲に粒子をばら撒き、それらが赤紫色に輝く。
剣(爆ぜるか!)
赤紫色の粒子が何をするのかは瞬時に理解したが、迷わずに突っ走った。
粒子が剣に近付くと、爆発を起こそうとした。だが、激龍により打ち消されて無意味に終わる。
マタンゴは諦めが悪く、まだ抗う。
柄である胴体、そこにある赤い単眼が浮き出るようにして人の顔が現れる。不気味に大きく開いた口から赤紫色の瘴気が渦巻き、同色の閃光が瞬く。
マタンゴ「ギィィィヤァァァァァァァァァァァァァ!!」
耳障りで甲高く、鼓膜を震撼させるような声量と共に口に溜まるエネルギーの充填が完了する。
マタンゴ「へッブワァッ!!!」
力を込めて押し出すように息を吐き出した次の刹那、エネルギーは光線のようにして放たれた。
それは液体であり、触れれば即死するものであった。
マタンゴにとっての最大を出し、これで激龍を貫通させて目の前から迫る 邪光 剣の息の根を止めてやろうとしていた。
だが、剣が握り締める太刀を振るって斬撃を飛ばした。それと衝突した光線はとてつもない突風を巻き起こしながら爆ぜた。
マタンゴ「!?!?!?」
あまりの力を前に、剣の勇気ある行動に戦慄する。どんなに力を出し尽くしても天敵である激龍には敵わないのかと拒み、未完全であるそれに悔しさが湧き上がった。
楓弥「…あれが、激龍なのかよ……!!」
魔法とは異なる激龍という力に目を奪われる。圧倒的な威力を肌で感じ取り、その強さをより実感する。それはジョレッドも例外ではなかった。
唖然と立ち尽くすマタンゴの間合いに剣が足を踏み入れた。
我に返った瞬間、すぐさまエネルギーを溜めなければ息を思いっきり吸いこもうと言わんばかりに動こうとした。
だが、それよりも先に激龍を纏わせた白刃が一閃、空間を割くような斬撃がマタンゴを両断した。
剣「閃!!」
マタンゴ「ギィィィィィィ…!!」
水色に光り輝き、焔のように燃え盛るオーラは刃が止まった事により、一定の位置を保つ。
その一撃を受けたマタンゴはすぐさま、激龍の焔に身を包まれながら跡形もなく消滅した。
剣「散滅しろ…!」
血振りをし、静かに刃を鞘に納めた。完全にしまったと言わんばかりに金属音が鳴り響く。
直後に空を覆っていた暗雲も一気に晴れ、元の綺麗な青空に戻った。
ふと、アズルが目を覚ました。
アズル「こ、ここは…?私は、何を…?」
何があったのか覚えていなかったのか、無意識ながら懸命に思い出そうと記憶を振り返り始めた。
フレッド達の襲撃から避難しようとしていた最中、レヴィムと遭遇してからの記憶が一切無かった。
楓弥「アズル!大丈夫か!?」
そんなアズルを心配して、駆け寄ってきた。
アズル「えぇ、はい。私は…」
楓弥の迫真な様子を前に困惑するも、落ち着いて返した。
しかし、気を失っていた間に現実味のある悪夢を見た気がしたのか、その表情は少し含みがあった。
楓弥「良かった!」
安堵のあまり胸をなでおろし、笑みを浮かべた。そんな楓弥の姿を見て、アズルも静かに微笑んだ。
剣やジョレッドも一件落着と思いながら微笑んだ。
それからしばらくして、剣達は楓弥達と別れを告げようとしていた。
操られていた生徒は皆、意識を取り戻し、これといった負傷も後遺症も残っていなかった。
楓弥「もう行くのか?」
剣「あぁ」
少し寂しそうな様子の楓弥に剣は落ち着いた様子で返した。
メビウス「俺的には、凄い名残惜しいかなぁ〜」
軽い感じに冗談交じりな様子で呟く。
楓弥「なら、また来いよ!」
その言葉を耳にしてか明るい様子で提案した。歓迎すると言わんばかりに、それは友としてのものであった。
ジョレッドも同じ気持ちであり、微笑みながら頷いた。一度迎えた生徒として、助けてくれた恩人として
メビウス「ありがとうね。んじゃあ、機会あったら顔出すって事で」
平然としながら微笑み、楓弥達に敬礼をした。
剣「力を貸してくれた事、感謝します。それでは、また」
静かに優しく告げると、踵を返してこの場から離れた。それはメビウスもフォースも同様であった。
楓弥「おう!またな!!」
元気よく大きく手を振りながら剣達を見送った。ジョレッドも楓弥とは異なりながらも、彼らを見届けた。
剣「…」
楓弥達には見せなかったが、決心したと言わんばかりに真剣な表情を浮かべていた。
いくら被害が少なかったとしても、犠牲者を出してしまった。事実、一命は取り留めたし、魔法があるので何とか死者は一人も出なかった。
だが、目の前にいたのに助ける事も動く事も出来なかった。その事実に対して剣は罪悪感を抱いていた。
フォース「…あんまり自分を責めるなよ」
すると、そんな剣にいつも通りの口調で気遣うようにして声をかけた。まるで心でも読んでいたかと言わんばかりに
剣「フォースさん…」
我に返って目を見開きながら、フォースの顔を見た。そこにはいつものように陽気なものでは無く、先を見据えたかのような大人びた面持ちがしてあった。
フォース「あの侍、アンタら邪光家の恨みと言い、何処かで鍛え上げられた力と言い、只者じゃない。そんなすぐ簡単には倒せないだろうよ」
雰囲気などから想像通りにできるが、普段からは考えられない程に落ち着いた声で淡々と語っていた。
剣「了解しました」
無理をするなと励ましの言葉を受けて、応じたと言わんばかりに返答した。
未だに自責の念はあれど、ムラサメに対して倒さなければという気は確かにあった。後者の方はフォースの言葉…いや、もしかしたら剣があの時、最初から持っていたものかもしれない。
メビウス「…」(あのデカイ化け物、下手すりゃ俺は…)
剣とは違うが、思うところがあるのは彼も同じであった。
フレッドとワームが融合した怪物 グランガトス、それ含めた暗黒融合体と称される存在…圧倒的な強さであり、規格外な程に巨体。
『もし剣がトドメを刺さなければ、今頃自分は死んでいた』と、想像しただけで身の毛がよだつ。
各々思うところはあれど、青い亀裂であるワームホールを生成して、この世界から飛び立った。
場面は変わり、マスターダークが拠点としている暗黒世界にて
ムラサメ「おのれェッ!忌々しいッ!!」
果てしなく広がる暗い更地に怒鳴り声があがっていた。その主のムラサメは黒炎を纏う太刀を手にしながら叩きつけていた。
飛ぶ斬撃が周囲にいるダークアイを焼き斬った。
ムラサメ「邪光家ェェェェェェェッ!!!」
刃を振り回して黒炎を飛ばし、周囲にいたダークアイを葬った。
黒い火の粉が散る中、ムラサメは肩で息をしながら鬼の形相を浮かべていた。
ムラサメ「邪光 斬希…!邪光 剣…!邪光 剣邪光 剣邪光 剣邪光 剣邪光 剣邪光 剣…!!!」
念仏のように唱え、脳裏に己が憎むべき敵の姿が過ぎる。
マスターダーク「おやおや!かなりの怒りですねェ!正に怨念…!何とも素晴らしいィ…」
演技のような口調で、落ち着いた物腰でムラサメに歩き寄ると、興味深いと言わんばかりに前かがみとなっていた。
ムラサメ「…あぁ、そうかい……」
マスターダークの存在に気が付くが、目を向ける事もせず、気にも留めなかった。
今は自身に傷を負わせた剣を含め、目の敵にしている邪光家の事で頭がいっぱいだった。
マスターダーク「フレッドを失い、暗黒玉を2個も消費、挙句の果てにはチャッキーと入れ替わるという始末…しかし、貴方に宿る闇を私は気に入っています。なので、今回は特別に赦しましょう」
ムラサメが仕出かした事は本来なら許されない事だが、怨嗟という闇を理由に大目に見る事にした。
ムラサメに背を向け、僅かに顔を振り向かせた。
マスターダーク「その闇、余の為に仕えよ…内なる黒炎を燃やし続けるが良い…」
口調や雰囲気を変えて告げると、顔は正面を向き、聳え立つ孤城に向かって歩を進めた。
ムラサメ「…言われずとも」
支配していた怒りが鎮まり、凛とした表情のまま刃を静かに納める。
ムラサメ「邪光家は…この手で必ず、殺すッ…!」
黒白目が持つ赤い瞳には炎のような黒い何かが渦巻いていた。それは復讐であり、邪光家に向けて、今も尚抱き続ける底無しの怨嗟でもあった。
次回 第弐拾漆話 「紫の孤月と白狼」
お楽しみに




