番外編 100話記念、冥府の王は何を想う
皆様のおかげで100話までこれました感謝します(正確には1話分お知らせが入ってますが数字上は100話ということで)
記念にずっと入れたくてもタイミング的に入れられなかった話を書いてみました。
フェルトスパパの独り言です。
長い間落冥にお付き合いいただきありがとうございます!これからも頑張りますのでよろしくお願いします。
2024/10/23追記
誤字報告ありがとうございます。
夜。いつものように寝床で寝ていると啜り泣くような小さな声が聞こえ、目が覚めた。
「また、泣いているのか?」
呼びかけても返事はない。当然だ。泣いている本人はいまだ夢の中。別に起きているわけではないのだから。
軽く上半身を起こし、隣で眠る小さな娘を覗き込む。
そこには流れ落ちる涙もそのままに悲し気に眉を寄せ泣いている娘がいた。
久しく無かった夜泣きがまた始まり、内心戸惑いながらも娘を落ち着かせるために丸くなった背を撫でる。
声をあげ激しく泣くわけではないが、昼間の騒がしさと違いただ静かに涙を流す様はどうにも落ち着かない。
「おかぁさ……」
――あぁ、またか。いや。まだか、と言った方が正しいのだろうか。
「……ぁいた……よ……」
久しく聞くことのなかった言葉に、自身の眉間に皺が寄るのを自覚する。
メイは初めから物分かりが良かった。
突然落とされた世界を受け入れ、帰れぬことも受け入れ、人ではなくなった自分を受け入れた。
だが……深層心理ではまだ故郷と親を求めて泣いている。
普段はそんな素振りなぞ微塵も見せぬゆえ忘れてしまいそうになるが、やはりコイツもまだまだ幼子。
本人はちゃんと元は大人だと主張しているが、神達から見れば人の身で十や二十程生きていたとて変わらない。それこそほんの瞬き程の、束の間の時間でしかないのだ。
それにメイの場合は落ちてきた影響で見た目どころか精神までもがほぼ幼児にまで落ちている。
普段は本能で生きているといっても過言ではない。
時折少しは考えて動くこともあるようだが……それも稀だ。
ただ、精神性だけで言えば恐らくオレの血も過分に影響してはいるのだろう。
血を与え、神の眷属として体と精神がそうあるように適応した。云わばあの時、メイは人として死に、神の眷属として新たに生まれたのだ。
だから本人が如何に自分は大人だったと主張しようが、見た目通りの幼子であることに変わりはない。ゆえ無駄な足掻きでもある。
だが人としての精神構造から多少は逸れたからといって、メイの心は幼子のそれ。
親を求める気持ちだけはどうすることもできん。
「ひとり……しな……で」
メイがオレを父と呼び、慕う心も、また嘘偽りのない本心であるということはわかっている。
しかし、それはそれとして、やはり本物の親には勝てないというということか。ままならんな。
オレはメイの目からとめどなくあふれる涙を拭いとる。
それでも途切れることなく濡れる目元に一度小さく息を吐いた。
起こしていた体を元に戻し、メイを起こさぬようそっと腕に抱き込むように包み込む。少しでもメイが安心できるように。
そして落ち着けと優しく背を叩く。傷つけぬように、優しく。
そういえばと、ふと思う。
いつからだろうか。こんな力加減すら意識せずとも上手く出来るようになってしまったのは。
出会った当初こそせっかく拾った珍しいモノを壊さぬようにと、オレらしくもなく気を遣っていた。
人の肉など容易く切り裂けるこの爪も。人の骨など容易く砕けるこの手も。牙も、足も、翼も。
オレを構成するすべてを、この小さな命を刈り取らぬようにと注意を払っていた。
それが今ではコレだ。ガルラも言っていたが、確かにオレは変わったのだろう。
最初はただの気紛れ。落とし子ということに加え、オレが血液以外で美味いと、もっと喰いたいと思えるようなものを作れる珍しい存在というだけだった。
それが今では娘として受け入れるまでになるとは……正直自分でも驚きだ。
そんな自分の変化に自嘲気味に笑いつつ、オレは口を開く。
「母には会わせてやれんが、父がいる。そばにいてやる。だから……泣くな、娘よ」
そっと抱きしめ、まだまだ幼い娘の頭を撫でる。
意識があるのなら、いつものメイなら、オレが撫でると嬉しそうに笑う。
だが今は、笑みどころか、涙を止めることすらオレには出来ない。それがどうにも歯痒くてかなわん。
ここへ落ちてきたすぐの頃。メイはよくこうして夜中に泣いていた。
当時はそのたびに『またか』といううんざりした気持ちもあったが、すでに眷属として手に入れ、受け入れた身だ。世話をしないわけにもいかない。
ゆえにガラにもなく慰めの言葉さえも口にした。気休め程度の軽い気持ちではあったが。
それでも多少は効果があったのかメイの夜泣きの頻度は減り、この世界に慣れ始めた頃には完全になくなった。
まぁ、本人は夜中に泣いてることに気が付いていないようで、昼間は何も知らず能天気に笑っているのが個人的には救いだったがな。
二年前の出来事を思い出し、また己自身の感情の変化を自覚する。
今ではうんざりどころか心配までしている始末だというのに……。
「かえ、り……た……よ」
そんな最中メイが小さく呟いたその言の葉に、メイの頭を撫でていた手が止まった。同時に心臓が握りつぶされたような、そんな痛みと苦しみがオレの胸に広がる。
「それは……」
ダメだ。それは許可できない。
当時はこの類の言葉を聞いても何も思わなかった。
どうせコイツは二度と帰れん。親に会えもしないのだから望むだけ無駄。無意味だと。そう、思っていた。
しかし今となっては……メイの口から紡がれるその言の葉に、どうしようもなく、胸が掻き乱される。
メイを元の世界に帰せるとして、それを本人が望んだとして、オレはメイを手放せるか?
――否。断じて否だ。
もうコイツはオレのものだ。手放すなぞ有り得ん。
だが、オレも親としての愛情とやらが今ならば少しはわかる。ゆえ、子に会えん親の気持ちとやらを慮れもする。メイがオレの元から消え、もう会えんなど考えたくもない。
だからといって返してやるつもりは微塵もない。神とは自分勝手な生き物だから責められる謂れもない。そういうものなのだ。事実オレはそうして過ごしてきた。
親に会いたいと泣くのは……まだいい。
すでにオレもメイの親には違いないのだから、代わりにはなろう。そのうち塗り替えてもやろう。
だが、帰りたいと言い泣くのはダメだ。
いくら神でもさすがに世界の代わりは務まらん。
今の世界と元の世界。この二つの世界の相違は大きく、埋めようもない。塗り替えることも容易ではないだろう。
本人は自身の夜泣きや寝言に気付いていない。
ゆえに直接本人に二度と言うなと告げることもできん。
オレは小さくため息を吐き、胸の中のモヤモヤした思いをともに吐き出そうとしたが上手くはいかなかった。
こんなことで悩む日が来るなど思いもしなかった。自分だけでは考えがまとまらない。ガルラに聞けば対処法でも思いつくだろうか。
「帰りたいなどと……言ってくれるな、メイ」
もうオマエの世界はココだ。故郷など忘れてしまえ。
起きている本人には言えない言葉を吐き出してみると、少しばかり胸のモヤが晴れた。
そして少し強めにメイを抱きしめると、メイの手がオレに伸びてくる。
「……ふぇゆ、しゃま……」
「あぁ……オレはここにいる」
自身を呼ぶ幼い声音に先程まで感じていた苛立ちに似た感情は完全に霧散した。
夢の中で望郷の念に駆られていたメイをコチラ側に引き戻せただけで良しとしよう。
そのままメイの頭を撫でていると腕の中でいつものように笑った気配がした。
そっと様子を伺うとまだ目元は濡れているが涙自体は止まっている。
どうやら落ち着いたようだ。
「ふぇゆしゃ……だいしゅき」
やけにはっきり聞こえた娘の寝言に口元が緩む。
「あぁ、オレもだ」
「にへへ……」
腕の中でだらしなく笑ったメイに先程までの悲壮感はない。
今はオレと飯でも喰っている夢でも見ているのか口をもにゅもにゅと動かしている。本当に喰うことが大好きだなコイツは。
だが、先程とは違い幸せそうに笑みを浮かべるメイを見ていると、こちらまで嬉しくなってしまうのはどういうことだろうか。謎だ。
そのままメイの様子を伺っていれば、落ち着いたのかいつもの寝息が聞こえてくる。
安堵の息を吐きいまだ少しばかり濡れた娘の目元を拭ってからオレもまた眠りについた。
そのまま朝を迎え、起床したメイがいつものようにオレの腕の中から抜け出す。
そしていつものように朝飯の支度へと取り掛かっていた。
しばらくぼんやりと眺めていたがメイはいつも通りだ。沈んでいる様子はない。
やはり毎度のことながら自身の夜泣きには気が付いていないのだろう。
今回の夜泣きは何が切っ掛けとなったのかオレにはわからん。またしばらく続くのか、今回限りなのかどうか。
だがまぁ続いたとしてもその都度あやせばいいだけだ。今のオレには苦でもない。
しかしあの寝言だけは辞めてほしいところではある……が、それは本人に言ったところでどうにもならないので置いておく。
そもそも帰りたいなどと思わせなければいいのだから、もっとこちらの世界を堪能させてやった方が良いのかもしれない。
あまり気は進まないが冥界周辺以外の世界も見せてやることを検討しておこう。
幸いにもメイ本人は好奇心旺盛だ。
外の世界にも興味があるようだし、この世界自体や魔法などにも興味津々である。
本人曰く『ふぁんたじーの世界最高!』らしいが、正直オレには何を言っているのかよくわからん。わからんが本人が楽しそうにしているので問題はない。
「あれ、フェル様起きてたんですか? おはよーです!」
「あぁ……おはようメイ」
朝飯の支度をしていたメイと目が合い挨拶を交わす。
「ご飯もうすぐでできるので、もうちょっとだけ待っててくださいね」
「あぁ」
そういって作業に戻っていったメイは料理が乗った皿やコップなどを浮かせながらテーブルへと運んでいく。
物を浮かせるなどという簡単な魔法は、もうすでに自分のモノとして器用に使いこなしている。
他の魔法すらも教えれば面白いように吸収していくので、メイが成長すればきっとかなりの使い手になっているのだろう。さすがは我が娘だ。
しかしその代わりといってはなんだが、メイは体力がほとんどない。一応ガルラやカイルと体力作りはしているようだが結果は芳しくはないようだ。
その事から推察するにメイは異界渡りの影響に加味し、さらに神の眷属となった影響が掛け合わさり、結果として魔力方面の才が馬鹿みたいに伸びやすくなったのだろう。
そしてその反面体力や筋力が伸びずらくなってしまった、と。
恐らくそれは成長しても変わらないというのがオレとガルラが出した結論だ。
だとしてもそれを補って余りある魔法の才がメイにはある。ゆえに心配しなくても大丈夫だろう。
「フェル様。ご飯できたから一緒に食べましょう!」
「あぁ」
メイの呼びかけに横になっていた体を起こして食卓につく。
目の前の皿にはオレの好きなトマトをふんだんに使用したサンドイッチ。
それを手に取りかぶりつく。もうすでに血液以外を口にすることにも慣れてしまった。
「今日の飯も美味いぞ、メイ」
「ほんとですか? やったー!」
「オレの娘は料理上手だな」
「ふへへへぇ。照れましゅ」
にこにこと笑うメイに釣られたのか俺の口元にも笑みが浮かぶ。
――あぁ、今日もオレの娘は愛らしいな。
x(旧Twitter)でも書きましたが悩んだすえ書いていた新章を全没することにしました。
代わりにまた新しいネタ考えたのでそれを書いていきます。
かなりの期間をお待ちいただいていたのにこんな結果になってしまいすみません。




