第八話 来賓客
男が完全にドラッグストアを制圧してから朝になった。
真夜中の攻防で無数の襲撃者を返り討ちにし、夜が明けるまで園芸用品売り場のガラス窓の前を陣取り、燃え上がるような興奮と、店の奥と店の外から現れる襲撃者と戦いながら一晩を過ごした。
慣れない銃を撃ち続けたことによる疲労感が蓄積していた。
けれども寝るわけにいかなかった。寝れば死ぬことは明白。
男は床に倒した商品棚の什器に腰掛け、陳列棚から拝借したお茶とスナック菓子を食べて待ち続けた。いつからか襲撃はなくなり、夜が明けて日が出てくる。
背中に朝日を浴びるころには死体が散らばった店の中を十分に見通すことができるまでの明かりが店の中に降り注いだ。
男は立ち上がり、銃を構えた。
ズキンと右肩が痛む。右肘も痛い。撃ちすぎたのだろう。
男はその痛みと右足の痛みに耐えながら店の中を歩き回った。
店の中の陳列コーナーを案内する案内看板も見えるようになったので、店の中を迷うこともない。
撃ち殺した死体を踏み潰しながら進み、散った散弾で壊れて砕けた商品やゴミも蹴散らす。
一通り散策すると店の中には一人の襲撃者もいないことが判明した。
男は店の奥のバックヤードやトイレの中も虱潰しに調査し、完璧な安全を追い求めた。
出入り口を閉めてガムテープで補強し、ショッピングカートを使った簡易バリケードを構築して完全なる支配と制圧を達成させる。
店の奥の食肉売り場は店内の襲撃者たちによって食い荒らされていたが、それ以外の野菜類、常温保存できる備蓄食料品、水、酒などの嗜好品や医薬品に日用雑貨等は全て無事だ。
店の制圧に安心しきった男は店の中をショッピングカートを押して自由に徘徊した。
嬉しそうな満面の笑み。歌まで歌っている。
食べたいものを選び、痛み止めと湿布に酒、禁煙していたタバコもカートの中にいくつも投げ入れる。それらを持ってバックヤードの中でも一番清潔そうな倉庫の一角に運び込み、座布団の代わりにダンボールを床に敷いて酒盛りを始めた。
男は一応健康にも気を使い、ミネラルウォーターで青汁を作ってサプリメントと一緒に飲み、ビーフジャーキーやナッツを食べながら缶ビールを口にする。
タバコは好んで吸っていた銘柄以外にも複数の銘柄を開封し、それぞれの味を楽しんだ。複数のタバコを同時に吸い、酒を飲みながら痛む患部に湿布を貼って冷やす。ついでとばかりに痛み止めもビールと一緒に飲み込むと、徹夜で疲れ果てた体を労ってダンボールの上で横になって眠った。
それから数時間後。ガチャンというガラスの砕ける音が響いた。
不快な目覚ましに目をこすりながら男は起き上がる。
比較的近く、恐らく店の中であろう場所で大きなガラスが割れる音。
それが今も続いている。
襲撃者だろうか。
男は銃を手にして立ち上がろうとした途端に激痛に見舞われる。
右肩だ。酷く痛む。ズキズキとした痛みは湿布だけでは治しきれず、右腕を持ち上げるのすら億劫にさせるほど。慣れない銃を正しくない姿勢で撃ち続けた後遺症が出始めたのだ。
男は嘆くことなどできない。左手で銃を手にして立ち上がり、ショッピングカートの荷台に銃と弾の入ったバックパックを乗せ、ショッピングカートを歩行器のように利用して店内を歩き始める。
男はショッピングカートに寄りかかって歩き、駐車場に面したエリアを見ればひと目で分かった。
大きな石が投げ込まれ、出入り口にほど近いキャッシャーのガラス窓が割られている。
それも一つではない。大小様々な無数の石やレンガが投げ込まれており、今も割った窓ガラスに向かって石が投げ込まれている。
男は激怒した。
せっかく手に入れた縄張りを侵されているのだ。
銃を持ち上げ、痛みを堪えて弾を装填する。
残った弾は二箱分以上。一人倒すのに撃ち損じたり、数発を要した場合もあるが倒した敵の数は十人を超えている。
男は弾を装填した銃を携えて現場に向かった。
近づく今も石が投げ込まれている。
狙いは窓のガラス。どうやら割ったガラスの穴を広げようとしているようだ。
「こルあぁらぁぁぁぁ!!」
男の絶叫。直後に石の投擲がピタリと止んだ。
男は銃を持ったまま窓ガラスの向こうを睨みつける。
そこには人がいた。二人。子供だろうか。
男が睨みつけながら割れた窓の前に立ち、割った犯人をもう一度見直した。
とび色のダサいジャージを着た女の子と、コートの下にパーカーとズボンを履いた女の子。
二人とも中学生くらいだろうか。
「てめぇら、何やってんだ!? ああン!?」
二人の女の子は唖然とした顔をしている。そのうちの一人がポツリと言った。
「……おじさん、人間?」
「あったりめーだ馬鹿野郎! 人んちの窓ガラス勝手に割るんじゃねーよ!!」
男の糾弾の怒鳴り声が二人の女の子に浴びせられる。
二人は怯える様子も反省した様子も見せなかった。
男が二人の反応を待ち構えていると、返ってきた返答は意外なものだった。
「や、やったぁぁぁ!! やっぱり人がいた!」
「やったねアズサ! これでリっちゃんも助かるかも!?」
「……ああん?」
思っていたのと違う反応に男は肩透かしを食らった。
二人の女の子は割った窓ガラスに近づき、男に詰め寄る。
「そ、その鉄砲っておじさんのですか?」
「ン? ああ。俺のだよ」
「わたし、ゆうべその鉄砲の音を聞いてここまで来たんです! こっちの子もおんなじで、わたしたち同じ中学校で、ここの駐車場でさっきばったり会ったんです! あの、出入り口にバリケードが作られてて入れなかったから、きっと中に人がいると思って窓を割って店の中を確かめてみようと思ったんです……」
男から向かって右側、ボサボサの長い髪で、コートを羽織った女の子がそう言う。
「そうなんです! わたしも夜になってここでスンゴイ銃声が聞こえたから、日が出てから来てみたんです! あ、わたしはこのドラッグストアのすぐ裏手にある友達の家に避難してたんで、すぐに音に気がついたんです! でも匿ってくれてた友達が弱ってて、歩くこともできないから病院に行きたいんですけど、親もいないし電話も使えないし、助けを呼ぶことができなくて、スンゴイ困ってたんです!! 助けてください!!」
男から向かって左側、少し天パの混じった髪に、とび色のジャージを着た女の子が一方的に男へ状況説明をして助けを求めてきた。
「……俺が?」
「そうです! お願いします! 助けてください! もう、この町ゾンビだらけで一人で出歩けないし、どこにも行くとこが無いんです!」
「きっと病院とか警察署に行けば助けてくれると思うんです! わたしのママはもうおかしくなっちゃったから家にも帰れないし、助けてくれた友達だけでも一緒に連れてってあげたいんです!!」
うら若い二人の乙女からの助けを求める声。
さらに窮地に陥ったもう一人のさらなる少女。
男は思った。
チャンスかも知れない。
彼女たちの様子から察するに、人がゾンビになってしまうことはもはや周知の事実。恐らく、今の状況を鑑みると警察や病院が機能しているとは到底思えない。
仮に公共機関が機能していれば無事に救出されて助かり、人生をやり直すことができる。だけどもしも機能しておらず、助けを求めることが困難となってしまった場合には、彼女たちを救うことができるのは俺だけ。
水も食料も安全の確保も全て俺の活躍次第。頼れるのは俺一人。
相手は中坊。いくらでも言いくらますことだってできるし、最悪の場合には陵辱してしまえばいい。
うん。タイトルはこうだ。
『社会に使い潰された底辺派遣。パンデミックが起きたけどゾンビにならず、手に入れた銃で無双チート。助けたJC性奴隷のハーレムを作って、スカベンジャーパラダイスのキングになる』
う-ん。なんだか、うまく行きそうな気がしてきた!
男は納得し、彼女たちの希望を叶える返答をしようとしたその時だ。
「あ! 来た!!」
コートを羽織った長い髪の女の子が駐車場の出入り口を指差した。
そこには新たな襲撃者が群れをなして歩き、彼女たちの方へと向かってくる。
「……また増えてる……」
「おじさん助けてくだい! 日にちがたつごとに増えてるんです! 急がないと本当にゾンビであふれて逃げ場がなくなっちゃうかもしれないんです!!」
「ッ!! よし、分かった!!」
男は銃を手にしてバックパックを背負い、占拠したドラッグストアの出入り口に移動した。自分が作った即席のバリケードをどかし、自動ドアを固定していたガムテープを盗んだ牛刀で切り裂く。
自動ドアをこじ開けた頃には襲撃者の群れが駐車場の中まで入り込み、こちらにまっすぐ向かってきていた。
同時に彼女たちも男の近くまで駆け寄り、男の左手側に集まった。
「き、来ましたけど、どうするんですか!?」
「よし。任せろ!!」
男の右肩と右腕には鋭い痛みが続いていた。
右手の力だけでは銃を持つことができない。なので左手で銃を抱えるように持ち、グリップを握って引き金に指をかけていた。
男は襲撃者たちに銃口を向けるため右手に力を入れて持ち上げようとした。
_ダッアァァァァァン!!
男の顔に血飛沫が舞った。
生ぬるく鉄のニオイがこもった霧。
轟音に驚きつつ、吹き出る血の間欠泉に視線を移して男は見た。
コートを羽織った少女の顔の顎から首にかけての部分が欠損し、おびただしい量の血液が吹き出してるのを。
発砲された散弾は、頭部へ血液を送って循環させる総頸動脈が通った頸部をグチャグチャに引き裂き、露出させてしまった。
人間の精巧で力強い心臓は強力なポンプである。
安静時でも一分間に5Lもの血液を心室から押し出して全身に循環させるという最重要の役割を担っている。
B級映画のスプラッターシーンのような血飛沫を撒き散らしながら、撃たれた女の子は横倒しに倒れた。
吹き出る血の勢いは徐々に弱まりただ垂れ流すだけとなる。
衝撃的な光景だった。
今の今まで生きていた女の子が突然殺されたてしまった。
とび色のジャージを着た友人はその光景に声もあげられず、吹き出た返り血を浴びながら腰を抜かした。
男は焦った。
自分が引き金に指をかけたまま操作しようとして、誤って発砲してしまったことは明らかだ。
不注意での暴発で、しかも銃口を人に向けていたので弾が直撃してしまった。しかも相手の首に。
大量の冷や汗が吹き出る。さらに何かを感じ取り、視線を変えたその先には迫りくる襲撃者たち。その距離は数メートル。
弾を再装填している暇など微塵も無かった。
男は即座に振り返り、銃を左手に抱えたままドラッグストアの店内に逃走した。
銃を自動ドアの前に並べられたショッピングカートの中に放り込み、つい先程開けたばかりの自動ドアを再び閉じてしまった。
その場に残されたのはとび色のジャージを着た女の子だけだった。
「……うそ……」
撃たれた友人は引きちぎれそうな首から血を流して倒れ、暴発させた張本人は逃げて行く。
彼女はそれをただ傍観していただけ。
腰が抜けて立つことができない。とてつもない衝撃と恐怖で手足が震える。
足音が向かってくる。見ると幾人もの襲撃者たちが早歩きで寄ってくる。
それを見た女の子は、なぜか傷ついた小動物に群がるハゲワシの集団を撮影したテレビの動物番組を思い出した。
襲撃者たちは真っ先に血を流して倒れる少女に組み付いた。
我先にと顔を亡骸に押し付け、露出した肌にかぶりつく。
衣服を脱がせようなどど発想は微塵も無い。
一人、二人、三人と亡骸に組み付く人数が増えて行くと、そこには新参者が割り込む場所など無くなっていた。
新参者たちは食事の席にありつけないと分かると別の席を探した。
それは隣にあった。
無数の手が地面にへたり込むとび色のジャージの少女に伸ばされた。
「いっ!? ひやあああぁぁぁあぁぁあぁ!!!!」
組み伏せられた少女は悲鳴を上げたが、それが合図であるかのように襲撃者は喉元に噛みつき、手足の肉を噛みちぎりながらジャージも引きちぎる。
冬の暖かな日差しの下でランチタイムが始まった。
ブックマーク、評価、感想ありがとうございます。
かなり人を選ぶ作品だと分かってますので、貴重な時間を割いて読んでいただけてとても嬉しいです。
その上、この展開。
この辺はエヴァの旧劇場版のあのシーンをイメージしてくれればよいかと思います。
ご存知ない方は、是非観ましょう。




