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1980年松本スケッチ ~元・信大生の追懐録~  作者: こまくさ
第1章 1980年松本スケッチ
19/96

あたり・みどり

 大学生になると高校生ではできなかったことが、いろいろできるようになる。


 いや正しくは、()()()()()()()()(たが)が外れてやってしまっている、だ。

   ――酒を飲む。

   ――煙草を吸う。

   ――夜通し遊ぶ。

   ――講義をサボる(自主休講といって正当化)。

   ――ギャンブルに興じる


 理由の一つは、大人の監視からの解放、管理された環境から抜け出したこと。

 高校までは学校の監視に縛られ、学校からの処分(謹慎や停学など)が大きなリスクとなっていた。さらに親の保護下で、ある意味生殺与奪を握られていたということ。親元を離れたとたん自立の名のもとに自由度が高まる。本当は「自律」なのだが…。

 もう一つの理由が、悪い見本がいること。

 高校生は未成年の集団だが、大学生は過半数が成人している。今から思えば、学生のうちは半人前な扱いをしてもらえることもあり、まだまだ社会が甘やかしてくれていたんだと思う。



 長野県は競馬・競輪・競艇などの公営ギャンブルを禁じているので、ギャンブルといってもパチンコか、仲間うちで点1とか点2の低レートで麻雀を打つくらいのものだった。


 パチンコは身近にあって射幸心をあおる。

 射幸心をあおるとはいうものの、当時はいくつかのチューリップが連動して開閉する台(機種)が主流で、身を亡ぼすほどの威力はなかった。当時の射幸心なんて、勝てたら晩飯がちょっと豪華になる程度のものだった。


 子どもの頃、お祭りの夜店にお子様用のパチンコがあった。まさか換金はできないので、なにか景品がもらえたのだろう。

 初めてパチンコ屋に行ったのは高校3年の秋。文化祭・体育祭の打ち上げでミナミに繰り出したときに興味に駆られてやってみたくらいだ。大阪府ではギャンブル性が高くなるとの理由で電動台が禁止されていて、昔ながらの手打ち台しかなかった。

 ところが、長野県ではほぼすべての店で電動台が導入されていた。電動ハンドルを初めて見たときは操作方法すらわからなかった。しかも、ベテランのおじさま方はコインや銀紙でアースをとっていたので、腕組みをして盤面を見ているだけで、なんの参考にもならなかった。

 


 主戦場は上土の“アタリ”。緑町の“ミドリ”にも行くこともあったが、駅前の“ドラマ”まで行くのは稀だった。

 玉貸し機は通路にしかなかったので、小箱に200円分を仕込んで台の前に座る。それで持ち玉が費えたら、煙草の箱を台に残してまた200円分の玉を仕込みにいく。これの繰り返しで、まあ最初の潮時は5回分、1,000円くらい。

 最初に気に入ったのは、中央のチューリップと両サイドのチューリップが連動して開閉する機種だった。大当たりシステムがなかったのでなかなか貯まらないが、すぐになくなることもない。小分けの投資でも十分遊べた。小箱1つを満杯にして両替すると2,000円ほど。これが第一の目標で、うまくすれば200円が10倍になった。大箱1つ(=小箱4つくらい)で打ち止め。なかなか打ち止めにはたどり着かなかった。


 そのうち、羽根モノの時代が到来する。「ゼロタイガー」ははまった。『ふぉーん』という羽根が開閉する効果音に胸が躍った。羽根モノの登場で連チャンという言葉も生まれた。小箱が2つになったら大箱に入れ換えるのが誇らしかった。

 隣の台との間に幅5cmほどの玉貸し機が装備されたのもこの頃で、いちいち立ち上がらなくてよくなったが、踏ん切りをつけにくくもなった。投資額も高騰した。アタリの店のすぐ近くに八十二銀行のキャッシュコーナーがあった。持ち金がなくなって駆け込んだのは後悔でしかない。


 その後は、満を持して「フィーバー」登場。「7」「なな!」「な…――あぁ~」という心の悲鳴を何度聞いただろう。「フィーバー」によって1回の貸し玉は最低でも500円分に跳ね上がった気がする。結局フィーバーには翻弄されっぱなしで、松本を離れて以降はパチンコにはまることはなくなった。



 平成に入った頃からパチンコはデジタルが主流になり、継続的に研究しないとわけがわからなくなった。

 昔は待ち合わせに早く着いた時、駅前のパチンコ屋で時間を潰すという使い方もあったが、郊外の大型店で腰を落ち着けて挑むハイリスクハイリターンなギャンブルになってしまっては……。


 アナログのパチンコは、負けたところで遊戯料金を払っていると思っていられるくらい、気軽に楽しめたのがよかった。浪費には違いなかったが…。


伊那の“赤玉”というパチンコ屋には「雀球」というのがありました。

コインで遊ぶタイプで、できた役でコインの戻り枚数が決まってました。

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