タピオカミルクティーを飲む
華湖は『ギャルメイドカフェ チョコネード』の前にいた。
まさか、またここに来ることになるとは思いもしなかった。
大会後、教室を飛び出した樹を部員たちと犬飼とで探したのだが、どこを探しても見つからなかった。「帰ったんだろう」という誰かの意見にみなが同調したのは探し疲れたからかもしれない。しかたなく諦めて帰るということになった。楼瑠を始めとするチームメンバーも「次の部活のときに話せば良い」というようなことを言っており、華湖もそう思ったのだが、まだ探していない唯一の心当たりがあった。一応、見ておくか、という気持ちで帰りによることにしたのだ。ここでのバイトの話は樹から口止めされていたため、一人で行くことにした。
カランカランと音をたててドアを開ける。
「いらっしゃーい。あれ?イッキーの後輩じゃん?久しぶりー」
「どっどうも」
あのときの黒ギャル店員だった。知っている人がいて、華湖はホッとした。まったく面識のないギャルに自分から声をかけられる勇気が自分にはなさそうだったからだ。ギャルでなくても接客業を自らやっている人、というのは華湖からすれば異世界の存在だ。
「今日は一人?」
「あ、あの、ですね。聞きたいんですけど、樹先輩ってこちらに来てませんか?」
「ああ、イッキーならあそこだよー」
黒ギャル店員はアゴをくいっとやって、店の一番奥の席を向いた。そこにはテーブルに突っ伏している今女制服を来た客が一人いた。
(ああ、やっぱ、ここにいたのか…)
こちらに背を向け、完全に顔が見えない状態だったため、教えられなければ気が付かなかったかもしれない。
華湖はそばに近づき、そっと声をかけた。
「樹先輩」
樹はピクッっと反応したものの、顔をあげる様子がない。
「樹先輩、大丈夫ですか?」
再び声をかけるが、今度は反応もしない。
「先輩!」
華湖は無視されてちょっとだけ腹が立ったので、樹の肩をガシッと両手でつかむと、前後にグラグラと揺すった。
「ちょ!ウザッ!なんだよ!」
樹がたまらず顔をあげ言った。
「こんなとこでなにやってんですか?」
「なにって、見りゃわかんだろ」
「わかりません」
「わかれよ!落ち込んでんだよ!」
樹はハーッとため息をつくと、置いてあった紙コップを持ち上げストローをくわえた。ズズーっという音がする。もうほとんど中身はないらしい。
「先輩でも落ちこむんですね」
「当たり前だろ…樹のせいで負けたんだから」
樹はテーブルを見つめて言った。今日の敗戦に責任を感じているらしい。
華湖は樹の正面に座って言った。
「いやー。あれは無いですよー先輩」
「う、うっさいなぁ。…悪かったよ」
華湖はニヤニヤしながら言った。普段、いじられてばかりの彼女は、ここぞとばかりに意地悪をしたくなったのだ。
「いきなり叫んで出ていっちゃうんだもんなぁ」
「う…」
「みんな、心配してましたよ?」
「みんな?ホントに?」
「部長は、もうアイツはクビだって言ってました」
「え!!クビ!?」
樹は驚いて思わず立ち上がる。
「嘘です。冗談です」華湖はケラケラ笑った。
「てっ、てめー…」
樹は一瞬、怒りの表情を見せたが、少し表情を和らげると、ドカっと座った。
「はぁー華湖もそんなこと言うようになったんだねぇ」
「うふふ。成長しましたか?」
「成長なんだかわかんないけどさ」
「松原情報高専」
「ん?」
「あそこ、強かったですよね」
「だな」
「みんな、研究されてたって言ってました」
「あー、それな」
「でも、私たちも全力じゃないんで」
「そ…そうだよな!」
樹はパッと笑顔になった。プランBだったのだから、まだ本気をだしたわけではない。そのことを思い出したようだ。
そこへ例の黒ギャル店員がやってきてメニューを差し出した。
「はい、後輩ちゃん。なに飲むの?」
「あ、えーと…樹先輩はなに飲んでるんですか?」
「これ?タピオカミルクティーだよ」
「あー流行ってるやつじゃないですかぁ!じゃ、私もそれで!」
「かしこまりー」
気だるそうに返事をした黒ギャルはキッチンへオーダーを通しにいった。
「部長が言うには、私たちは『負け』を経験したほうがいいって」
「えー?そうかなぁ」
「だって、決勝トーナメントはBO3なんですよ。一本落とすことだってあるじゃないですか。そんなとき先輩がそんなんじゃ困りますよ」
「う…そ、そうだな」
樹は気まずそうな顔をすると、またカップをズズーっとやった。
そこへ黒ギャル店員がやってきてカップとストローを置いた。
「おまたー」
「あ、どうもです。あいかわらず、この店は早いですねー」
「あー、それには秘密があんだよ」
「え?なんです」
「いや、だから秘密」
「えー!教えてくださいよー!」
「ダーメ!樹が怒られちゃう」
「そんなぁ~」
華湖はそう言いつつ、ストローを刺し、一口飲んでみた。
「あっおいしい」
「だろ?タピオカも食べてみ?」
「すごいーモチモチしてるー」
「だろー?ここで一番おいしいのそれだから。おぼえときな」
樹はなぜか自分の手柄のように自慢げな顔をしている。
「先輩。別に怒ってないとは思いますけど、明日みんなに謝りましょうよ」
「…そうだな。どう考えても樹が悪かったよ。負けたことの反省はあるけど、それよりあんな態度しちゃったのはダメだった」
「そうそう。それですよー。わかってるじゃないですかぁ」
「いや、そうなんだけどさぁ。後輩に言われるとなんかムカつくわぁ」
樹はストローを抜くと、華湖の顔に向け、フーっと息を吹きかけた。
「ちょ!止めてください!」
「あはは!」
そしてその日は、珍しく二人で一緒に帰った。華湖は敗戦のショックもどこへやら、樹と話せたことに満足していた。あきらかに以前よりフランクに話せるようになってきたし、距離が縮まっているのが実感できたからだ。
ただ、タピオカミルクティーが700円もしたことは彼女にとって痛い出費となった。




