学長と話そう
学長室と書かれた部屋の前。
犬飼はドアを2度ノックする。
『どうぞ』
「失礼します」
中からの声に答えると、犬飼はドアを開けた。
20畳ほどの広さはあろうか。開けて左手には2掛けソファがローテーブルを挟んで2組あった。おそらく応接用のものだろう。右手にはテーブルがあり、オフィスチェアが6脚備え付けてある。こちらは会議用だろうか。そして、それらの奥の真正面に学長用のデスクがあり、なにやら書類に目を通す学長の姿があった。
沖竜爪。
それが学長の名である。
学長としては50代とまだ若く、流石に顔には年輪が刻まれてきたとはいえ、涼し気な瞳に通った鼻筋という端正な顔立ちで、お母様がたには密かな人気があるらしい。
(学長ってどんな人なんだろう?)
華湖はいまさらながら疑問に思った。もちろん、見たことはある。学校案内のパンフレットの写真。学長のメッセージは入学前に目を通している。入学式では当然、入学生に向けての挨拶があったし、月に一度の全校朝礼でのスピーチもある。だが、直接話したことなど今までなかったのだ。
「犬飼です。eスポーツ部MOBA部門が大会結果のご報告に参りました」
「ああ、よく来たね!どうぞこちらへ」
そう言うと学長は立ち上がった。180センチを超える長身。なにかスポーツでもやっていたのかという、中年らしからぬ引き締まった体。モデルです、と言われても信じてしまいそうだ。
「先ごろ行われた高校生の全国大会Phase ZEROにて、彼女たちのチームが優勝いたしました」
「話には聞いていますよ。みなさん、よくやってくれました」
「これが3年、部長の土田楼瑠です」
そう紹介されると、学長は握手を求め、手を伸ばしてきた。
「おめでとう!」
力強く手を握ると楼瑠も握り返し元気よく答える。
「ありがとうございます!」
「君には何度かお会いしたかな?」
学長は笑空を見ると言った。
「…はい…」
「笛木は1年のころからトップチームに所属しておりますので」
放っておいたら会話がそこで終了してしまうということを先読みして、犬飼が補足説明をする。
「うむ。覚えているよ。君は一年生かな?」
「ハ、ハイ!」
今女の制服はダイヤ型の飾りとラインの光る部分の色で学年が分かるようになっていた。1年は緑、2年は黄色、3年は青である。
「1年からトップチーム入りとは、優秀だねぇ!」
「い、いえ。そんなことは…」
「いやいや、謙遜しなくても構わんよ」
「では部長。学長にカップをお渡しして」
「ハイ」
楼瑠は優勝カップを両手で持つと、学長の前に立ち、差し出した。
それを受け取り、しげしげと見つめる学長。
「確かに預かりました。このカップは後ほど正面玄関に展示させていただきます」
今女の正面玄関を入ると、目立つところに部活動のカップやトロフィー、賞状、メダルなどが飾られている一角があった。そこにこのカップも並ぶ、ということだろう。
「大きな山を登った後にだけ、人はさらに登るべきたくさんの山があることを見出す」
カップを机に置くと、学長は再びメンバーに正対しそう言った。
「これはネルソン・マンデラの言葉だそうですが、私の座右の銘でもあります。君たちは今、1つの山を登ったわけですが、これで満足しないで欲しいのです。この次に登る山はまだまだたくさんあります。それを見つけてください」
「「ハイ!」」
メンバー達は元気よく返事をした。
「私がなぜ、eスポーツをこれほど推進したのか、分かりますか?…それは私もまた、山を登り続けている一人だからです。常に新しいことに挑戦する心を忘れないでください」
(確かに、優勝はしたけれど、私自身はまだまだだし。もっと頑張らなきゃ。さすが学長は良いこと言うなぁ)
部屋に入ったとき、額縁に入った『挑戦』という書が見えたが、なるほどあれはそういうことか。華湖は感心すると、チラッと犬飼を見た。腕を組み、何やら満足げにうなずいている。
(それに比べて、犬飼先生はもうちょっとしっかりしてほしいなぁ)
何もしていないのに、一体何に満足しているのやら。華湖は少し呆れ顔で見てしまった。
「犬飼先生もご苦労様でした」
「いえいえ、私なんぞは何もやっていません。すべて生徒たちの力です」
「あっはっは。先生もそんなに謙遜なさらずに。先生のご指導の賜物でしょう。ねぇ皆さん?」
「え?はぁ…まぁ」
謙遜でなくて本当のことなのだ。これにはさすがの楼瑠も歯切れの悪い返事しかできなかった。
マズイと思ったのか、犬飼が割って入る。
「さっ、さぁ。あまり長居してもお邪魔だから、そろそろ我々は失礼いたします」
「そうですか。また良い報告を期待していますよ」
「はい。さっ、みんな行こう」
「「失礼します」」
皆で挨拶をし、学長室を後にする。
「はぁ~緊張したね」
「部長でも緊張するんですか?」緊張など無縁そうな楼瑠が意外なことを言ったので華湖が聞いた。
「なんか、ああいうスキの無い人って緊張しない?」
「あー、なんか分かるかもです」
「なんだ。それで倉井は私と話すとき、いつも緊張してるのか?」犬飼が会話に入ってくる。
「え?」華湖が我が耳を疑う。
「へ?」兎咲も驚きを隠せない。
「は?」栞子も呆れた声を出す。
「はぁ~」楼瑠は深いため息をついた。
「…もっと…自分を…見つめ直して…」
「なに?!笛木、どういう意味だ?おい!」
華湖たちは犬飼を無視して早足で部室に戻った。




