仲直りとは
仲直りとは。
喧嘩等で仲違いした相手とまた仲良くなること…そんな解釈で間違いないだろうか?
赤松は言ったのだ、青い騎士さんと仲直りしておけ、と。
しかし、私と青い騎士さんは別に喧嘩したってわけではない。
何か知らんが避けられている、ただそれだけだ。
要するに、喧嘩したわけでもないのに仲直りなんてどうやってすれば良いのか解らない。
困ったものだ、なんて考えながらピアノの練習を開始していた。
今回の騒動で中止になりかねないが、一応数日後に講習の開催が決定している。
だから私にはぼんやりしている暇なんて無い。
とりあえず指慣らしに、と1曲演奏していると、ドア付近に人の気配を感じた。
見たところ誰も居ないようだが、ドアの影に誰かが隠れている気がする。
そっと立ち上がり、ドアの外を覗くと、
「あ、」
見付かってしまった、みたいな顔をした長男様が居た。
部屋以外でこの人を見るとは珍しい。
「長男様って部屋から出れたんですね。」
なんて言えば、
「失礼だぞ。」
と、少しムッとされた。
「何でそんなとこに居たんですか?」
入ってくれば良いのに、と呟けば、長男様は罰の悪そうな顔をして頭を掻いている。
「声を掛けるタイミングが解らなかった。」
とのこと。
「他の人なら曲の途中でも遠慮なく入ってきますよ。どうぞ、好きなところに座ってください。」
椅子でもソファでも、と勧めると、長男様はソファに腰を下ろしていた。
「トリーナ、誰かに…相談はしたのか?」
「…見合いの件ですか?伯爵に相談しましたよ。あと豪商一家の次男にも話してます。」
Bも居たが、アイツはそんなに知名度も無いから言わなくて良いだろう。
っていうか不審者としての知名度の方が高そうだし。
「そうか…」
長男様は、小さな声でそう言うと、暫し黙り込む。
ピアノの前に座る私の足元をジッと見詰めて、口元に手をやっているところを見ると、何か考えているようだ。
「伯爵は…何と言っていた?」
「待ってろって言われました。」
デコピンやらアイアンクローを放ちながら待ってろ、と。
「待ってろ?」
「はい。何を待ってろってことなのかは、聞けませんでしたけど。動くな、って。」
主に私の頭部を痛めつけながらそう言っていたはずだ。
ふむ、とまたさっきのように何か考え込む長男様。
「あぁ、あと青い騎士さんも頼りにしろって言ってましたね。…ねぇ長男様、青い騎士さんって凄い人なんですか?」
私がそう尋ねると、長男様はふと首を傾げる。
「…凄い、か。ファルケは剣術の大会で何度も優勝しているからな。剣の腕は確かだろうな。」
へぇ、強い人だったんだな。
「ファルケは元々冷酷…いや、それでは言い方が悪いな。冷淡だったんだ。人を人とも思っていないような節があった。人らしさの欠片も無い…あ、いや、」
最後のはただの悪口になりかけたよね、長男様!
「ふーん…。伯爵が言うには、見合い相手が嫌々見合いさせられてるのならそいつに命を狙われるかもしれないから気を付けろ、だそうです。」
「一理あるな。…それでファルケを頼れ、か。なるほど。」
物騒ですよね、貴族の世界って。
名誉、地位、見栄の世界、って感じだしな。
いくら天使だかなんだかの噂があったとしても、私なんてただの元孤児の現使用人だもん。
完全に不必要じゃん。
「で?ファルケには、見合いの話は?」
「…言ってません。なんていうか、最近避けられてて。」
「ファルケに?お前が?」
長男様は目を丸くした。
そんなに驚くことかね。
「はい。伯爵には仲直りしとけって言われたんですけど、別に喧嘩した覚えもなくて。」
困ってたんですよねー、と笑って見せる。
「…なんだトリーナ。寂しそうだな。」
と、クスクスと笑う長男様。
ほう、長男様もこんな風に笑うんだな。
「寂しくないです。別に。全然。」
そう答えると、ついにあははと声を上げて笑い出す。
何が面白いのかサッパリ解らない。
「寂しくないのなら…不服、か?」
「不服?うーん…」
長男様の言葉に、私は暫し考える。
寂しいのか、不服なのか…なんか、どっちも違うような気がするなぁ。
不安…?
「あーもう解んない!っていうか今はそんな事考えてる場合じゃありませんよね!そうだ長男様、もういっそのことお見合いしちゃって、そこで暴れてお見合いの話を無かった事にしちゃうなんてどうでしょう!」
良い考えだと思いませんか!?なんて言ったつもりだったのだが、それは見事に遮られることとなった。
「…キキョウ様、見合い…とは?」
ハッとしてドアの方を見ると、そこには唖然とした様子の青い騎士さんが立っていた。
「あぁ、えーっと、」
何だか話を聞いてくれそうな雰囲気…ではないけど話かけやすそうだったので、見合いの件を聞いてもらおうと思った。
赤松が言った通り、彼には味方になってほしかったし。
なんて考えていると、青い騎士さんがずんずんとこちらへ近付いて来る。
鬼気迫る顔をしていて若干怖い。
「キキョウ様、見合いとは何ですか?」
いつもなら、私の両肩を掴んでぐらぐらと揺らすくらいの事をしちゃう青い騎士さんが、私から一歩離れたところで立ち止まった。
そして、そう問い掛けてきた。
やっぱり、何か避けてるんだろうな。
「公爵家の息子と見合いをすることになりました。」
何も包み隠さず、ただそれだけを淡々と言い放った。
提案してくれた赤松には悪いが、仲直りなんて出来る気がしない。
何が悪いか解んないんだもん。
「…知っていたのですか?」
青い騎士さんは、ふと私から視線を外し、長男様へと尋ねている。
「知っていた。トリーナが思い悩んでいる事も、もちろん知っている。」
という長男様の言葉を聞いた青い騎士さんは、もう一度私を視界に入れる。
「…何故、俺には話してくれなかったのですか…?」
何故?何故っつった?
「何故って青い騎士さんが話なんか聞いてくれそうになかったからじゃないですか!顔も合わせてくれなかったくせに何故って言われても!」
あんまりにも腹が立ったので、私は思い切り怒鳴ってしまった。
それが予想外だったのか、青い騎士さんも長男様も目を丸くして暫く絶句していた。
「喋ってもくれないし、話し掛けようとしても逃げるし…それで何で話してくれないのかなんて言われたって…」
私は青い騎士さんから視線を外しながらそう呟く。
悪いのは私じゃなくて青い騎士さんなんだ。
「キキョウ様が悪いんです…!」
「はぁ?」
おい待てお前今何て言った?
私が悪い?
「全てキキョウ様が悪いんです!」
言い切りやがった!
「私が何したって言うんですか!私は別に、」
何もしていない!と言おうとしたのだが、それは青い騎士さんの拳によって遮られた。
私の目の前に突き出された拳によって。
「ファ、ファルケ、何を…」
私が殴られると思ったのだろう長男様が、口をパクパクさせながら冷や汗を流している。
ただ、青い騎士さんは私を殴ろうとしたわけではない。
ブレスレットを突き出しただけのようだ。
「…これ、キキョウ様…ですよね?」
青い騎士さんのか細い声が聞こえる。
「…私、です。」
何となく青い騎士さんの目が見れなくて、私はブレスレットをジッと見詰めた。
「俺の記憶が正しければ…あの日、あの豪商一家の次男の店から戻って来た時…ですよね?」
「えー…あー…そのー、繋いでた手を離す時に、なんて言うか、ドサクサに紛れて。」
いやほら、チェーンじゃないし、ワンタッチで装着出来るタイプのブレスレットだったし、あと手も繋いでたし結構簡単に付けられたんだよね。勝手に。
「何故…こんな事を…」
「何故って。…嫌なら外せば良いじゃないですか。」
そんなに嫌そうな声を出すくらいなら外して捨てちゃえば良かったんだ。
別に言わなきゃ気付かないんだし。
私はそう思いながら、その場で膝を抱えた。
「外せるわけがない…」
「…カチってやれば外れる。」
なんてぽつりと零せば、青い騎士さんがあからさまな溜め息を吐く。
「俺がキキョウ様から貰った物を外せるわけがない、という意味です。解っているんでしょう?」
「…知りません。」
小さな声でそう答えれば、またもあからさまな溜め息が零される。
「何故俺に期待を持たせるような真似をするんですか…」
「…知らない。」
居た堪れなくなった私は、膝に顔を埋めて視界を遮った。
もうどんな顔して喋れば良いのか解らない。
「俺がキキョウ様を愛している事は知っているはずだ、それなのに、」
「…知、」
「知らないとは言わせません。何度も言っているはずです。」
…知ってる。
「それ、公爵令嬢に買わされたんです。それで、皆に青い騎士さんに渡せって言われて。ただそれだけです。」
膝に埋めていた顔を上げて、チラリと青い騎士さんを見ると、複雑そうに顔を歪めている。
その顔を見ていられなくて、私はすぐに顔を逸らした。
「何故…そんな、」
「…青い騎士さんに似合いそうだなって思ったのは私だし、渡したいと思ったのも私ですけど。」
だから、皆は背中を押してくれただけ。
「…では何故普通に渡してくれなかったんですか、解らないように、勝手に…!」
「恥ずかしかったからに決まってるでしょ!異性にアクセサリー付けさせるのは独占欲がなんとかかんとかって話もしてたし!そのブレスレット、その話してた時から持ってたんですからね!あんな話の後にこれどうぞ!なんて言う勇気あるわけないじゃないですか!」
そう捲くし立てると、青い騎士さんは言葉を失ってしまったようだった。
代わりに、長男様が腹を抱えて笑い出した。
「トリーナもファルケもそんな面白い顔をするんだな!」
なんて言いながら笑っている。
面白い顔って何だよ失礼だな!
チラリと青い騎士さんを見ると、顔が茹蛸のように真っ赤になっていた。
「一つも面白くありません。」
ムッとして、長男様にそう言えば、またも楽しそうに笑い出す長男様。
「まぁ良い。これで、お前達は仲直りということで良いな?」
チラりと青い騎士さんを見ると、同じように青い騎士さんもこっちを見ていたようで、見事に目が合った。
が、それはすぐに逸らされた。私も逸らした。
長男様、仲直り出来た気がしません!目でそう訴えていたのだが、長男様は気付いてくれないようだ。
「そんな事よりトリーナの見合いの件だ。」
と、長男様。
「そうでした。相手は公爵家…でしたか。…簡単に切り殺せる相手ではないな。」
と、青い騎士さん。
青い騎士さんが超物騒なんだけど。
「えっと、あの、」
「どちらにせよ公爵家に乗り込んだほうが早い。どの公爵ですか?」
何をやらかすつもりだろう、と青い騎士さんを見ていると、そう問われた。
「あ、あの女好き公爵でして、」
「なるほど、フランメ家…。行って来ます。」
行って来ます!?と思っていると、長男様も慌てて青い騎士さんを止めていた。
「落ち着けファルケ!お前はトリーナに付いていろ。伯爵も動くそうだ、俺がそっちと連携しよう。」
え?長男様が赤松と?
「…長男様?」
「可愛い妹をどこのどいつかも解らん奴に奪われてたまるか、と思っているんだ。俺だってやる時はやる。」
なんか長男様が頼もしくなってる…!と、若干感動した。
立ち上がる長男様を目で追っていると、彼は青い騎士さんに寄っていく。
そして、
「可愛い妹に、あんなに寂しそうな顔をさせる男にも、簡単にくれてやるつもりはないがな。」
そう言って、長男様は部屋を出て行った。
完全に二人きりになると、青い騎士さんは私の目の前に跪く。
「キキョウ様、申し訳ありませんでした。…これ、ありがとうございます。」
「あ…私も、ごめんなさい、」
なんて呟いて目を逸らすと、青い騎士さんはふわりと私の頭を撫でてくれた。




