弱音
「ねぇ、見合いってどう思う?」
その日、仕事が休みだったので、私はAの店に来ていた。
来た理由は料理教室…いや、見合いについての相談だ。
見合いの話が来てから三日程経っていた。
旦那様はまだ保留にしてもらっていると言っていたが、それがいつまで続くかは解らない。
本当に…なんていうか…瀬戸際だ。
「見合いー?ご趣味は?とか?言っちゃうあれか?」
と、Aが楽しそうに言っている。
私と全く同じことを考えているらしい。
「この世界の見合いはそんなんちゃうやろ。こっちの見合いて強制力ありまくりやで。」
赤松はどうやらこっちの世界の見合いの定義を知っているらしかった。
まぁ、自分にも関わってくる話だろうからな、赤松は。貴族だし。
「そうなん?」
というBの問いに、赤松はゆっくりと説明を始めた。
「基本的に上の立場に立つ男側が無理矢理引っ張りたい女に対して取る手段や。」
なるほど、この場合上の立場に立つ男ってのが公爵家で無理矢理引っ張りたい女ってのが私だな。
「無理矢理引っ張りたい…ねぇ。」
いくら楽師の件でどうしようもなくなったからと言ってそこまでして引っ張ろうとするかね。
「ほんで結婚する本人達の意思はほぼ無視で両家の親同士で決められる。まぁ男…新郎の意思は多少汲んでもらえるかもしれへんけど、新婦の意思は無いも同然やな。」
私の意志は無いものとされるらしい。
「はっはーん、お手上げだわ。ねぇA。お酒頂戴。」
理解しました。
もう、どうしようもないという事を。
これはもう自棄酒に走るしかない。
「は?お前午前中から酒飲むつもりなん?」
「飲まなきゃやってらんないのよ。」
確かに、いくら休みだからって午前中から酒飲むなんて滅多にやらないけど。
「葉鳥、お前もしかして…もしかしてやけど…誰かに見合い申し込まれたん?」
赤松にそう言われた。
もしかしてっていうか、ビンゴなんですけど。
「申し込まれた。旦那様が保留にしてくれてるけど…今回ばかりは逃げ場が無い。」
覇気の無い声で返せば、皆暫し口を噤む。
はぁ、と溜め息を零しながら、私はテーブルに突っ伏した。
「…子爵でどうしようもないっちゅーことは、相手は伯爵以上の爵位ってことやな。」
と、赤松。
「葉鳥…相手、誰なん?」
と、A。
「…、あー…、公爵家の…」
小さな小さな声でそう言うと、赤松もAもBも目をひん剥いて驚いていた。
多分ちょっと目玉飛び出したと思う。
「こ、公爵ってどこの公爵や、あの、葉鳥のこと気に入っとる公爵令嬢んとこの、」
完全にテンパった様子のA。
「煌びやか令嬢のとこじゃないわよ。女好きで有名な公爵のとこの…息子だって。」
Aの言葉を遮って言った。
すると、またも全員が目を見開く。
「女好き公爵んとこの息子って…見たことあるん?」
Bに問われた。
「いや、無い。全然知らない。赤松は見たことある?」
ふと赤松を見ると、眉間に谷のような皺が刻まれていた。眉間渓谷…
「無いな…。確か長男なら見たことあるような…、あー、長男は未婚やったな…いや、せやけど結構な歳やったような…」
曖昧らしい。
「長男じゃない。確か三男だか四男…?どっちだっけ?」
私も曖昧だった。
「どっちにしろ相手が公爵家なら…俺等じゃどうしようも…」
Bは言った。
確かに、コイツ等じゃどうしようもない。当然私なんかじゃ足掻く隙すらない。
「だからお手上げなんだってば。ってことでやっぱ自棄酒飲んじゃおうかな。」
両手で頬杖を付き、ぼやくように言う。
すると、赤松に睨まれた。
「このこと、誰に言うた?」
とのこと。
「長男様と次男様と、アンタ等にしか言ってない。」
私がそう答えると、赤松は腕を組み、右手を顎へと持っていく。
何か考えているらしい。
「せや、赤松と結婚したらええんちゃう?」
Aが唐突に放った言葉。
そんな簡単そうに、何を言っているんだお前は。
「無理だろ。」
「無理なんはお前の方だけやろ。」
赤松が即座に反論してきた。
まぁ、政略結婚から逃れるために私で手を打とうと考えている赤松ですから?
そうなれば願ったり叶ったりでしょうけど?
「…えー?私結婚するなら子供産みたいし。」
「無理やな。」
やっぱ無理じゃないか。
っていうか即答で無理とか言うなよお前。
政略結婚から逃れるためとは言えお前の方から「結婚しませんか」的なこと言って来たくせに即答で無理って。
っつーか貴族は跡継ぎ産まなきゃなんないんだから子供必須だろうがよ。
「葉鳥と赤松の子供とか絶対グレるやろ!ヤンキーまっしぐらやろ!何やそれ面白そうやないか!」
一人大笑いしているのはBだった。
「面白くないわよ…」
「…そうやんなー…」
私が醸し出す雰囲気に、笑いはすぐに止まったようだ。
「子爵家の兄弟は?何か言うとったん?」
ふと顔を上げると、首を傾げる赤松と目が合った。
「二人とも自分と結婚すれば良いって、言ってた。」
長男様も次男様も、公爵の話を知る前から婚約していたとでも言えば良いと言っていた。
だけど、だけど、それは何か違う気がして。
「何かあかんの?」
心配そうに尋ねてきたA。
「…実は、ちょっと良いかなって、思った。」
長男様、次男様のどちらを選んでも、良い家庭が築けるんじゃないかって、そう思ったのは事実だ。
私自身、二人の事は結構好きだったりするし。
ただ、その好きは、恋愛方面の好きではない。
「ほんなら二人のどっちかに、」
「でも、自分が逃げるために二人のどちらかを利用するのは嫌だった。」
だから、二人の申し出は断った。
兄弟で居たいと言って。
「そない綺麗事言うとる場合とちゃうやろ!」
赤松が怒鳴る。
「でも!…でも、私なんかのせいで、」
喋っていた途中だったのだが、赤松のデコピンによってそれは遮られた。
「お前な、他人を大切にすんのもええけど、自分のことももっと大切にせえや。」
いつも吊り上がってばかりだった赤松の眉が、情けなく下がっているではないか。
珍しいものを見たな。
「葉鳥、子爵家の長男も次男も嫌いではないんやろ?」
と、Aは呟くように言う。
「…好きだよ。まぁ、家族としてって感じだけど。」
「結婚すれば家族になんねんから、ええんちゃう?」
と、B。
そんなんで良いのかね…。
「うーん…そうだなーぁ。でも言ってみれば私、次男様の事結構好きなのよねー。なんだろう、母性本能くすぐられるっつーか。」
もう次男様と駆け落ちでもしちゃおうかなー!なんて笑い飛ばしていると、ふとAの顔が真顔になった。
「いや、まぁ葉鳥がそれでええなら…ええねんけど、あの青い騎士はどないなんねん…」
何故青い騎士さんが出てきた。
私がきょとんとしていると、Aが私の肩を掴んで言う。
「お前、あの青騎士お前の事凄い好きやったやん!」
お、おう…えーっと、おう。
「あー、それはほら、」
「可哀想やん!フられる前に他の男に、しかも別にそれほど好きってわけでもない男に嫁として持っていかれんねんで!?葉鳥があの家の長男か次男と結婚したらそれ見ながら仕事せなあかんやん!うわぁ!」
何故お前がそこまで青い騎士さんに肩入れしてるんだAよ。
若干何言ってるか解んないし。
何て言い返そうか悩んでいると、赤松が口を開く。
「せやけどあの騎士、貴族でもなんでもあらへんで?アイツが出てきてもどうしようもないやろ。」
至極真っ当なご意見でした。
「で?あの青い騎士はこの件…あ、言うてへんのか。せやけどいつまでも隠し通せるわけとちゃうやろ?何て言うんやろな…どないするんやろな…」
何故か妙にそわそわしているA。
「さぁ。最近まともに喋ってないから知らない…。」
「ん?何や喧嘩か?」
「知らない。」
ブレスレットを渡して以降あまり喋っていないのは事実だ。
こちらから話しかけようにも顔すら合わせないこともあるからな。
「…はぁ。私あのお屋敷での仕事辞めようかな。」
私はぽつりと零した。
これは見合いの件を聞いてからずっと考えていた事だった。
「辞めるて、お前…」
「私が居たら、あのお屋敷に迷惑を掛けることばかりだ。今回だけじゃない。あの煌びやか令嬢の件だって、今でこそ落ち着いてるけど最初は色々あったでしょ。」
騎士が乗り込んできたり刃物で切り付けられたり階段から転げ落ちたり。
「やめてどないするん?」
赤松に問われる。
「…孤児院でこっそりタダ働きかな。前から考えてたんだけど。」
「まぁ…お前が決めた事に文句言うつもりはあらへんけど、楽譜や歌詞をそない大事そうに持っとるとこ見たら『はいそうですか』って送り出そうとは思われへんな。」
…まさか赤松にそんなこと言われるとはね。
「…孤児院にもピアノはあるもん。」
「へー。どうでもええわ。うーん…そない時間も無いやろうけど、ちょっと待っとけ。」
何を?と首を傾げると、今度はガシりと顔面をつかまれた。
何故唐突にアイアンクローを決められたのか。
「結論を急ごうとすんな。ええな、待っとけよ?」
ぐぐぐ、と赤松の手に力が入る。
「わ、わか、わかった、いてぇ…!」
解ったという言葉で、納得したように頷いた赤松は、やっと顔面を解放してくれた。
そして、私の目の前にちょっとお高いお酒の瓶をドン、と置く。
「特別に飲ましたるわ。俺の…いや、Bの奢りや。」
「何で俺やねん!」
…多分、私と赤松の子供は絶対にグレるって言った事、根に持ってるんだと思うよ、B。
ドンマイ!
「せやけど何で公爵家の息子が葉鳥と結婚したがってんねやろ?」
今月の給料が減る!と半泣き状態のBを尻目にAがそう言った。
「全然解んない。煌びやか公爵のパパさんとキラキラ公爵…パスなんとか公爵だっけ?そっちとは面識もあるんだけど女好き公爵家とは全くもって関わりも無いし。」
「一時期葉鳥のこと買おうとしとったよな、女好き公爵。」
と、赤松。
「うん。だけど煌びやか令嬢んとこの公爵家付きの楽師になった途端その話はぱったり無くなった。」
あぁやっぱ煌びやか令嬢のとこの公爵と女好き公爵って仲悪いんだなぁなんて思っていたしな、最近まで。
それが突然息子と見合いだなんて。
「その息子はどない思っとるんやろな。」
Aがぽつりと零した。
確かに、その人の話も聞いてみたい。
「そうよね。もし父親の命令だったとしても、公爵家の人が元孤児と結婚だなんてねぇ…」
実はそっちも嫌がってたりするんじゃないだろうか。
「ホンマに結婚することになったら、高位貴族の中で笑い者になるんちゃう?あぁいや、葉鳥を悪く言うつもりやないけどやな、」
「解ってる。私もそう思うし。私、どうにかしてその公爵家の息子とやらを探してみっ痛っ!!」
喋ってる途中だったにも関わらず、赤松のチョップが飛んできた。
デコピン、アイアンクローの次はチョップって。
「猪突猛進もええ加減にせえや…」
「でもでもアンタだっておかしいと思うでしょ?公爵家の息子だって嫌々かもしれないんだし、もしそうだったらどうにか逃げ道が…」
赤松は私の反論を聞かずに、私の目の前にあったボトルを開け始める。
そしてご丁寧にグラスに注ぎ、私の口に流し込んだ。
「わぁ、このお酒美味しい!」
思わずそう言ってしまうほど美味しかった。
あー、この酒は高いわ。
Bが悲鳴を上げるはずだわ。
「開けへんかったら金払わんでも大丈夫やと思っとったのに…!」
とか言ってるし。
…ドンマイ!
「ええな葉鳥。お前は下手に動くな。相手がどう思っとるかはまだ解らへんけど貴族は貴族や。しかも高位貴族や。もし下手に会いに行って殺されでもしたらどないすんねん。」
眉間の渓谷がとんでも無い事になっている。深い。凄い深い。
…だが、赤松の言う事も、確かに一理ある。
殺してでも無かった事にしようなんて思われていたら…
「怖いねぇ。」
と答えれば、べしっとデコピンが飛んできた。
今日の赤松はとても攻撃的である。
「痴話喧嘩か何か知らんけど、青い騎士とは仲直りしとけよ。何かあった時はアイツ頼った方がええ。」
とのこと。
「何で青い騎士さん?」
「アイツに敵う騎士はこの辺じゃあんまり居てへんからな。殺されることは無いやろ。」
なにやら青い騎士さんはお強いらしいです。
とは言え…仲直りってどうやって…?
Bだってああ見えて一応心配してます。多分。




