混乱する兄弟
見合い…?見合い?私が見合い?
誰と?公爵家の人?
公爵家って…何?
ダメだ、混乱してきた。
何だ何だ、女好き公爵家は突然どうしたんだ。
楽師として引っ張って行けなかったからって血迷ったのか?
そもそも会った事無いよね?見たことも無い元孤児現使用人に公爵家の人間が見合いを申し込むなんてありえないだろう。
私は夢でも見ているのだろうか…
夢だとしたら結構な悪夢なんだけども。
あ、いや、でも見合いなら断れるのかな?
見合いなんて私には関係の無い話だったからなぁ、この世界での見合いがどういうものなのかがさっぱりわからない。
日本で言う見合いなら、お節介なおばさんとかがお見合い写真持ってきて、どっかの料亭みたいなところで会って…そんで「あとは若い二人だけでーおほほほほー」みたいな…、それはドラマの見過ぎか。
まぁでもそんな感じだとしたら、会ってみたは良いが実物と噂がかけ離れすぎていたからって相手に見合いの話は無かった事に…って、そんな流れにならないのかな?
っていうか、そうなって欲しい。
そんな事を考えながらふらふらと旦那様の部屋を出る。
すると、そこには待ち受けていたかのように仁王立ちする次男様の姿があった。
彼は私の姿を見るなり駆け寄ってきて、がしりと手を掴んだ。
ぐいぐいと引っ張られているし、このまま部屋に連れ込まれるのだろうか…
次男様とお話の時間はまだ後だったはずだけど。
「あの、次男様、」
声を掛けようとしたところ、ガチャリと音を立てて長男様の部屋のドアが開いた。
「俺も話がある。こっちに入れ。」
と、長男様は言う。
「…兄さん、」
「フレーテの部屋はどうせ散らかっているんだろう。」
次男様は返す言葉を失った。
…失ったってことは散らかってるってことだな。
つい先日片付けたばっかでしょうに…。
散らかす才能だけは天下一品なんだから。
「あの、でも、私仕事が、」
今日の私の仕事は三階の掃除だったし、まだ掃除すべき場所が残っているはずなのだが、と思ってそう言ったのだが、次男様が手を離してくれることはない。
「今は仕事どころじゃないよトリーナ…」
完全に悲壮感を漂わせている兄弟に、それでも仕事に行きますとは言えなかった。
きっと彼等はもう知っているんだろう、私の見合いの話を。
自室に入っていく長男様を追いかけるように続くと、次男様も私の後ろから付いてくる。
そんな時、ふと王都土産である呪いの…間違えた魔除けの人形が目に入った。
「…次男様、そういえば私が長男様にあげた王都土産、これです。」
魔除けの人形を指しながら言えば、
「うわ、気持ち悪い。」
と、次男様は極々小さな声で呟いた。
やっぱ気持ち悪いよね。
「おい、聞こえてるぞお前達。…というか、その魔除けの人形はお前が持っていたほうがいいんじゃないのか、トリーナ。」
俺よりお前の方が必要だろう、と吐き捨てながら、長男様はソファに腰を下ろしている。
はあ…というそれはそれは大きな溜め息を零しながら。
座れ、と言われたので、私は長男様の正面のソファに腰を下ろした。
次男様は私の隣に座るようだ。
それから暫く、誰も口を開こうとしなかった。
何と切り出していいか解らないのだろう。
私だって何から話したら良いか解らないから。
その沈黙は数分間続いたのだが、それを破ったのは次男様だった。
「僕達も聞いたよ…トリーナの見合いの話。」
あぁ、やっぱり。
「私もついさっき聞いたところなんですが…」
そう言うと、突如次男様に両肩を掴まれる。
グッと力を入れられて、若干痛い。
「嫌…だよね?トリーナは嫌だよね?」
顔を上げると、次男様と目が合う。
どこか不安そうに揺れている緑色の瞳。
「…公爵家との縁談だ。一般的に考えれば悪い話じゃないだろう。だから、もしもお前がそれで良いと言うのなら俺は何も言えないが…、」
と、長男様は言う。
そりゃあ一般的に考えれば使用人が貴族と結婚するなんて悪い話じゃないどころか激しすぎる程の玉の輿であろう。シンデレラもビックリだわ。
だけど、私の考え方は一般人のものじゃなくて紛れもない日本人のものなわけで。
「もちろん嫌です。そもそも顔も見たこと無いですし。」
好きでもない人と結婚するなんて無理です、なんて答えたのだが、長男様の方からまたも大きな大きな溜め息が聞こえてきた。
「嫌なわりには飄々としてるな、トリーナ。」
いやいや私だって一応色々考えてはいるんですけどね…。
「…でも、見合いですよね?相手に『会ってみたけどやっぱ無かったことにしよう』って言わせれば良いんじゃ、」
そう言っていると、次男様の手の力が増した。
「ダメだよトリーナ、見合いはそんなものじゃない。会ったら最後、もう結婚は決まったようなものだ…」
「え?」
マジで?
どうやら私の考えていた『日本の見合い』とは全然違うものらしい。
こっちの貴族が言う見合いというのは先に外堀から埋める作戦のようだった。
親同士が先に子供達の結婚を決めて、子供には拒否権が無い…
要するに公爵が旦那様に見合いの話を持ち掛けて、旦那様がその話に乗れば私に拒否権など無くなってしまうらしい。
その話を聞いて、さっきまで私の頭の中にいたお節介おばさんが崩れ去っていった。
ということは、今現在旦那様が保留にしているから首の皮一枚で繋がっているけど、もうそれもほぼ切れているようなものだってことだ。
だって女好き公爵が強く出れば、旦那様も断れなくなってしまうだろう。
あぁ身分差って怖い。
「…ヤバいですね!」
「やっと気付いたのか…」
長男様に呆れられた。
「でも、どうしようもないですよ…どう足掻いても、拒否出来る隙なんてない…」
相手が悪い。
っていうか悪すぎる。
公爵だぞ…公爵側から見れば私なんて虫けら同然じゃないか。
誰かに手を借りるにも、長男様は次期子爵だし赤松も伯爵だしで公爵に刃向かうわけにはいかない立場だ。
煌びやか令嬢ならなんとかしてくれるかもしれないけど…
いや、私は毎度手を借りてばかりだから、自分で解決しなきゃ。
頼る事ばかりを考えちゃいけない。
「嫌だ!僕は嫌だ…僕のトリーナが評判の悪い公爵家なんかにお嫁に行くなんて…!」
ぎゅうう、と抱き締められた。
そりゃあ私だって嫌だけども…
「落ち着けフレーテ。何か方法があるはずだ…」
長男様が次男様を宥めるように言うが、方法なんてあるはずがない。
何度も言うが相手が悪い。
「そうだ!今すぐ僕のお嫁さんになれば良いと思う!」
私を抱きしめていた次男様が、突如私から身体を離したと思えば、そんな事を言い出した。
至近距離で、真剣な顔をして、真っ直ぐ私の目を見ながら。
「今ならまだ間に合うよ!見合いの話を聞く前に結婚を決めていましたって言えるはずだから!」
次男様は、ね?そうでしょう?とでも言いそうな輝かしい瞳で私を見ている。
「…おいトリーナ。その『ちょっと良いかもしれない』みたいな顔を止めろ。」
「…は、え?私そんな顔してました?」
長男様のツッコミに、私は首を傾げる。
いや、でもまぁしてたと言われればしてたのかもしれないな。
「フレーテよりも次期子爵である俺の方が適任だろう。」
「相手は公爵家なんだから次期子爵も子爵家次男も大差無いよ!」
「いや、ある。どうだトリーナ。」
どうだ、じゃねえよ。
真面目な顔して何言ってんだよ。
「私、偽装結婚はちょっと…。」
出来れば普通に結婚したいんだけど。
「偽装なんかじゃないよ!僕はトリーナのこと大好きだから、だからその、」
「俺だって、夫婦になればお前を幸せにしよう。」
おいおいおいどうしたんだ急に。
それから、
「…お二人は自分の顔面が綺麗なのをもっと自覚して発言してくださいよ。」
不覚にもときめきかけたじゃねぇか…!!
いけない。いけないいけない。
二人を私の騒動に巻き込んじゃいけない。
二人にはきっと私なんかより良いところのお嬢様がお似合いだと思うし。
「でもトリーナ、」
「私は、お二人とはずっと兄妹で居たい…と、思ってます。」
俯きながらそう言えば、次男様は私の肩をがくがくと揺らす。
「僕と結婚すれば兄さんが義兄さんになるだけじゃないか!」
「落ち着けフレーテ!」
とうとう怒鳴られてしまった次男様。
それによってしょんぼりした後、私の肩を掴んでいた手をだらりと下げる。
「解った…解った、落ち着くよ。」
次男様はか細い声でそう言う。
「とにかく、私はどうにかお断りする手段を考えます。だから二人は心配しないでくだ、」
「…そうだ、閉じ込めてしまえば良い。」
はい?
「次男様?」
「トリーナを数日僕の部屋に閉じ込めて、公爵側にはトリーナはもう傷物だからって説明すれば、」
スパーン!と気持ちのいい音が長男様の部屋に響き渡った。
長男様が、次男様の頭を叩いた音だったんだけど。
「何するんだよ兄さん!」
「…そんな事をすればトリーナが傷付くだろう。落ち着けと言っているんだ。」
長男様の言葉を聞いた次男様は、ずるずると私の肩口に顔を埋めてきた。
そして、小さな小さな声で、ごめんと呟いた。
正直傷物だって言われるくらいどうってことないけど、公爵家側にそれでも良いと言われたら居た堪れないなぁとは思う。
なんというか、捨て身の下ネタが滑ったみたいで、何か嫌だ。
とにかく、だ。この場を落ち着かせて冷静に考えたい。
「お二人にこうやって真剣に考えてもらえただけで、私は嬉しいです。」
だから、そんなに落ち込まないで、そう言おうとした。
だが、次男様に苦しいほどに抱きつかれて言葉が詰まってしまう。
「諦めたような声出さないでよトリーナ。」
言葉詰まらせたのわざとだな…?
「トリーナ、約束してほしい。最後まで絶対に諦めない、と。使えるものは全て使え。この家の者、キーファー伯爵、ベルク公爵だってトリーナが頼む事なら嫌な顔はしないはずだ。だから…」
うーん、やっぱり一人ではどうすることも出来ないのか。
「解りました。早いうちに…伯爵あたりに相談してみます。」
笑われるか呆れられるか、リアクションは二つに一つだろうな。
A達の耳にも入れておいたほうが良いのかな…
アイツ等は確実に笑いそうだな。
「ねぇトリーナ、最後の手段は僕と駆け落ちにしよう。」
…駆け落ちフラグとは物騒な。
私は頭を抱えながら長男様の部屋を出る。
赤松あたりに相談しようとは言ったものの、八方塞感は否めないわけで。
あぁ、頭が痛い。
「あれ、トリーナちゃん?」
部屋を出てすぐ、赤い騎士さんに声をかけられた。
その声に顔を上げて見れば、騎士さん二人が揃っていた。
「酷い顔してるけど具合でも悪いの?」
なんて赤い騎士さんに言われる。
今の私はどんな顔をしているんだろう。
…酷い顔らしいってのは明白だけど。
「それが…」
見合いの件で、と言おうとしたのだが、彼等はこの話を知っているのだろうか?
二人の表情を見る限り、知っているようには見えない。
「…ちょっと色々ありまして。」
あまり沢山の人を巻き込むわけにはいかないからな。そう判断した私は、二人にはまだ話さないことにした。使用人の皆にも黙っておこう。
「…キ、キキョウ様、肩口が湿っているようですが…」
久々に青い騎士さんに名前を呼ばれた気がした。
「ん…あぁ、次男様の…涙か鼻水ですかね?」
「汚い…!」
そう言った青い騎士さんは自分の袖口でごしごしと拭い始めた。全力で。
痛い痛い。
「涙ってことは、何か泣かれることでも?」
という赤い騎士さんの言葉には、苦笑を見せるだけで何も答えなかった。
トーン兄弟はシスコンを拗らせているようだ…。
お待たせしましたー。




