狼狽
「ファルケが部屋から出て来ないんだけど心当たりは?」
夕食時、食堂前で出会った赤い騎士さんに突然声を掛けられた。
青い騎士さんが部屋に篭ってしまって出て来ないらしい。
思い当たる節と言えば、…まぁ…あるな。
あれか、ブレスレットの存在に気付いたのか。
手を繋いだことはあんまり気にしてないみたいだったし。
「何やってんだアイツ…」
と呟く赤い騎士さんに、
「何やってんでしょうね。」
そう返す。すると赤い騎士さんは中々冷ややかな目で私を見下ろす。
「他人事だと思ってんだろ。アイツが出て来ない原因にトリーナちゃんが絡んでたら…覚悟は出来てる?」
「いえ、出来てません。私が絡んでない事を祈りたいです。」
「無理だと思うけど。」
…何故に。
赤い騎士さんの機嫌がちょっぴり斜めなのは、青い騎士さんが、どうやら仕事そっちのけで部屋に篭城したかららしい。
その分赤い騎士さんの仕事が増えたとか。
そんな愚痴青い騎士さんに直接言って欲しいものだ。
「単に具合が悪いだけでは?」
と、問えば、
「いや、それだとドア前から声かけた時に何か物が飛んでくるはずなんだ。」
赤い騎士さんは言う。
どんだけ物騒なんだあの人。まぁ以前も具合悪い時は不機嫌になるって言ってたけど。
「トリーナちゃん、絶対何かしただろ。証拠は揃ってるんだ、吐け。」
「………いや何も。っていうか状況証拠だけでしょ。物的証拠を出せ。」
「今の間は怪しい。絶対何かしてる。」
あぁ、やっぱりブレスレット渡さなきゃ良かったかなぁ。
皆に唆されて渡してしまったけど、やめといた方が良かったかもしれない。
赤い騎士さんのこの怪しんでる感じがヤダわ。
その内嗅ぎつけられて気付かれて笑われるに違い無い。
…っていうかブレスレット云々の前に手を繋いで歩いたってのも冷静に考えれば恥ずかしいよな、何やっちゃってんだか私。
そう考えると青い騎士さんが出て来ないのは私にとっても都合が良いのかもしれない。
どんな顔して青い騎士さんと会えば良いのか解らない…!
…でも青い騎士さんの手、大きくてゴツゴツしてて結構素敵な手だったなぁ。
冷たそうに見えて案外暖かかったし。
なんて、無意識に自分の掌を見ながら思う。
「何?手がどうかした?」
「いえ、別に。」
見ていた手をぎゅっと握り、顔を上げる。
すると首を傾げた赤い騎士さんと目が合った。
「…ま、どうせ具合悪いわけじゃないんだろうし放っておくか。腹減ったし。」
「そうですねー。」
そう言いつつ、今度は赤い騎士さんの手を凝視してみる。
赤い騎士さんの手も大きかった。青い騎士さんの方がちょっと骨っぽいのかな。
「何?やっぱ手がどうかした?」
私の視線に気付いたようで、赤い騎士さんが手を差し出してくる。
「騎士さんの手って肉刺だらけなんですね。やっぱ剣握るから?」
ピアノばかり弾いている私の手とは大違いだ。
ゴツゴツしてて、所々皮が分厚くなってて、大きくて。
「まぁそうだな。」
赤い騎士さんは自分の掌を見たり、手をにぎにぎしたりしている。
暫し自分の手を見ていた赤い騎士さんが、ふと私の手に視線を落とす。
「トリーナちゃんの手はひょろひょろだな。」
「ひょろひょろって失礼でしょ。」
もやしみたいに言いやがって。
「細くて長くてひょろひょろしてるだろ。あと白い。」
…もやしみたいに!
「ピアノやってるのもあって他の人よりちょっと長めではありますけど。でも関節は太いし不恰好なんですよね。」
私もさっきの赤い騎士さんのようににぎにぎしてみる。
「そんなことない。綺麗な手だ。」
何でだろうな、赤い騎士さんに褒められても素直に喜べないの。
キザ野郎だからかな。女の子全員に言ってそう。
「赤い騎士さんの手も結構良い感じですよね。血管とか。」
なんて、暫くお互いの手を褒めあっていると、どかどかと人の足音が聞こえてきた。
音の方へ視線をやると、物凄い勢いでこちらへ歩いてくる青い騎士さん。
「おいファルケ!お前…あれ?」
「…素通りしていきましたね。」
物凄い無表情で、私と赤い騎士さんの間を通り抜けて行った。
てっきり何か言われるものだと思っていたので肩透かしを食らった状態だ。
「何だアイツ。おいおいトリーナちゃん居るぞー。」
と、赤い騎士さんは青い騎士さんへと呼びかける。
が、
「無視ですね。」
応答は無い。
「喧嘩でもした?」
そう問われたので、私は首を振って否定する。
「でも全然トリーナちゃんのこと見ようとしないぞ。」
「…ですね。」
「やっぱトリーナちゃん、何かしたんだろ。」
「…ですかね。」
「だってこうして俺と二人で居たらアイツ絶対キレるだろ。」
「…ですよね。」
二人の間でそんな会話が淡々と交わされている間も、青い騎士さんはこちらを見ようともしない。
「何した?」
「怒られるようなことはしていません。」
そう答えながら、そっと青い騎士さんの手首を盗み見ると、そこには私が付けたブレスレットが付いたままになっていた。
外してはいないようだ。
「…何なんだお前等。」
「何なんだって言われても。」
私だって謎だよ。
「もう良いや、とりあえず飯食うか。腹減った。」
赤い騎士さんはそう言い残して食堂の中へと歩き出した。
色々謎ではあるが、腹が減っては何とやらって言うし、とりあえず私も食べよう。
何となく青い騎士さんには近寄り難かったのでそーっと女子達の塊に紛れ込んだ。
その時、チラッと青い騎士さんの方を見てみると、彼は赤い騎士さんの腕を確認していた。
私が騎士二人にブレスレットを渡したとでも思ったのだろうか。
「ねぇ、喧嘩でもしたの?」
と、ロゼに問われた。
彼女の指は、そっと青い騎士さんの方に向けられている。
「ん?何で?」
私が首を傾げれば、
「だってほら、トリーのこと一切見てないもの。普段はガン見なのに。」
そんなロゼの返答。
「ガン見なの?」
「ガン見なの。」
首を傾げ続ける私に対してこくこくと頷くロゼ。
「まぁトリーは気付かないでしょうね。目が合いそうになったら逸らしてるもの。」
青い騎士さんったらそんなことしてたの。全然知らんかった。
結局その日、私は青い騎士さんと目を合わせる事も喋る事も無かった。
「やっぱ痴話喧嘩でもしたんだろ?」
夕食後、すれ違い様に赤い騎士さんが言う。
「してませんってば。」
むしろAの店からここまで手を繋いで仲良く帰ってきたわ。
…あぁ、でもブレスレット渡した照れ隠しで逃走する前に何か言いかけてたな、青い騎士さん。
それ、聞かなかったらマズい事だったのかな?…どちらにせよ謎だわ。
「…ったく、もやもやするなぁお前等。」
いい加減にしろっての、という赤い騎士さんの吐き捨てるような呟きを背に受けながら、私は食堂を後にした。
そしてそれから五日間、青い騎士さんと全く喋らない…というか避けられる日々は続いている。
「ねぇ、やっぱりファルケと喧嘩した?」
と、ロゼ。
「してないって。」
ロゼも不自然だと思っているのだろう。
「一応チラ見まで回復したみたいだけど未だに全然見てないなんておかしいわ。」
おかしいって。っていうかチラ見って。心の中でそうツッコミつつ、ロゼの表情を伺うと、少し心配そうに眉を下げていた。
「あの…ロゼ、笑わないで聞いて欲しいんだけど…、そのー私、青い騎士さんにこの前言ってたブレスレット渡したの。」
それが原因かどうかは解らないんだけど、とごにょごにょ言っていたら、
「何ですって!?」
と、ロゼが物凄い眼力で私を見る。
そして唖然とする私の手をぎゅっと握ってきた。
「よくやったわねトリー!」
「いやでも渡した後はあの通り、全力で避けられてるからあんまり喜ばれてないのかも…っていうか。」
あの日から一度も外されていないようだから嫌がられては無いと思うんだけど…さすがにここまで避けられたら…。
「喜ばないわけないと思うけど。」
「実はその何日か前に騎士さん二人と『独占欲を見せ付けるために恋人にアクセサリーを付けさせるって風習がある』とかなんとか、そんな話してて…迷惑だったのかなぁって。」
だとしたら、私はどうしたら良いと思う?と、ロゼに問い掛ける。
「そんな面白そうな話した後だったの。そう。…しかしまぁ、トリーがそんな顔するとはね。」
ロゼはクスクスと笑い出した。
「そんな顔ってどんな顔!?私今どんな顔してたの!?」
「恋する乙女、かな。ファルケのことちょっと好きになってきた?」
顔から炎が出そうでした。
「ない、ないよ。ないない。」
ぷるぷると首を横に振りながらそう言ってみるも、ロゼはそれをあっさりとスルーする。
「なるほど、トリーの突然のデレに狼狽えてるのね。じゃあ納得だわ。何も心配することは無さそうね。」
「ロゼ!ロゼ!」
「何?独占欲云々の話をしたことを踏まえて渡したんでしょう?今更別に好きじゃないとでも言う?そんなつもり無かったとでも?安心なさいよ、私は応援してあげるから。」
うふふ、と妖艶な笑みを浮かべたロゼは、私の頭をぽんぽんぽんと叩いてその場から去っていった。
どうしようか、これ。
どうしようもないな。
私はずるずるとその場に座り込んでしまった。
その時ふと思い出したのは、青い騎士さんの手の温度。
「トリーナお嬢様、こちらにいらっしゃいま…どうなさったのですか!?」
「ライさぁん!」
丁度そこにやってきたライさんに飛びついた。
突然飛びついたというのに、ライさんは特に動じることなく私を受け止めて頭を撫でてくれる。
神かこの人。
「どうなさったのですか?顔が赤いようですが具合でも悪いのですか?」
「…いえ、…なんて言うか、照れ…?です。多分。」
なんてわけの解らない事を言う私を、なおも撫で続けてくれるライさん。
神だこの人。
「落ち着きましたか?」
「はい。すみませんでした、突然。」
ライさんから離れてぺこりと頭を下げると、最後にもう一撫でしてくれた。
もうライさんにブレスレット渡せばよかった。
「トリーナお嬢様、旦那様がお呼びなのですが、動けますか?」
「旦那様?あぁ、はい。」
こくこくと頷くと、ライさんは私の手を取って歩き出した。
旦那様の部屋まで送ってくれるらしい。
今からでも遅くない、青い騎士さんの手からブレスレットもぎ取ってライさんに…
「トリーナお嬢様?着きましたよ。」
「あれっ」
それでは、と優雅にお辞儀をするライさんを暫し見詰めて、私は旦那様の部屋へと入る。
するとそこにはどこか深刻そうな顔をした旦那様の姿が。
「お呼びでしょうか?」
「呼び出して悪かったね。」
座りなさい、とのことだったので大人しく勧められたソファに腰を下ろす。
キラキラ公爵夫人の件だろうか、と思いつつ旦那様の言葉を待つ。
「トリーナ、君に見合いの話が来たよ。」
旦那様の言葉を理解するのにたっぷり数十秒は掛かった。
見合い?見合いって…見合い?
ご趣味は?とか聞いちゃうやつ?
寝耳に水とはこういうことか。
っていうか何故私にそんな話が来ちゃうの?
「あの、えっと、見合い?」
何それ?おいしいの?みたいな顔で首を傾げると、旦那様は大きな大きな溜め息を一つ零す。
「その相手というのが…」
そこまで言ってもう一つ同じような溜め息を零す。
「フランメ公爵家の三男なんだ。」
公爵家?煌びやか令嬢のところは確かベルク家といったな。
キラキラ公爵は…そうそうパステーテ公爵だ。
はて、フランメ公爵とは…えーっと、もしかして、
「旦那様、それってもしかして…いやもしかしなくても、例の女好き公爵家の?」
私の問いに、もう一度溜め息を零した旦那様が大きく頷いた。
…うわぁ。
お待たせしました。
これで一応最終章に入ります。もう少しお付き合いくだされば嬉しいです。




