お土産話
「シュトフお土産ー!」
私はAの店に飛び込むなりそう言った。
その日はお休みだったので、シュトフにはお土産、A達にはお土産話を持って来たのだ。
「おい、ちょい待ち、俺等にお土産は無いんか!」
と、Aは力一杯抗議してくる。
「ごめんねー、ちょっと予算足りなくてさ。」
あははー!なんて笑えば、AもBも絶望に打ちひしがれたような表情になった。
お土産が無かったくらいでそんな顔しなくても。
実際コイツ等のお土産も考えてはいたのだが、残念な事にブレスレットを買わされてしまったからな。煌びやか令嬢に。
あれは予定外だったのだ。然程高いわけでもないブレスレットだが、私のお財布に軽いダメージを与えるには充分で。
そんなわけだから渡さずに封印するのは勿体無いかなぁなんて思い始めている。
まぁ煌びやか令嬢やら使用人仲間の皆やらに散々渡せと言われたこともあるし、一応渡す方向に気持ちが向きかけていたりするのだが。
しかし最近忙しいらしい青い騎士さんが中々一人にならないから渡すタイミングが無い。だから、ブレスレットは今現在私のポケットの中に入っている。
ちなみにゴツいブレスレットだから、とても自己主張が激しい。っていうか、わりと重い。
手首に装着すると邪魔になりそうな気がする程に重い。
フリーサイズだし、フープ状でもチェーンでもなく腕の上から装着するU字型のものなので、装着したまま腕を振り回したら飛んでいくんじゃないかとも思える。
「トリーナ、これ本当に貰っても良いの?」
私が物思いに耽っていると、シュトフが声を掛けてきた。
「え、あ、あぁ、良いよ。シュトフの為に買ってきたんだから。」
シュトフに買ってきたのも使用人仲間の皆に渡した砂糖菓子と同じものだった。
ちなみに色はピンク系統で纏めてみた。特に深い意味は無く、ただただ可愛かったから。
「あーあ俺等も葉鳥からお土産貰うつもりでおったのにー。」
と、Bは言う。
「っていうかアンタは元々宮廷騎士団に居たんだから私より王都に詳しいはずだろ?」
「あー…まぁなー。せやけど自分で買うのと人から貰うのじゃ色々ちゃうやん?気分とか。」
気分て。
「次はちゃんと買ってくるよ。」
呆れながらそう言うと、Aが目を輝かせながらこちらを見る。
「次はってことは次があるっちゅーことか!?」
何でそんなに嬉しそうなんだろう?
「まぁ、呼ばれれば断れないからね。」
キラキラ公爵の話もあるし、話が纏まればまた王都へ呼ばれる可能性もあるだろう。
キラキラ公爵夫人が講習に参加することになればこっちから出向く事は無いかもしれないけど…今のところ講習の参加は厳しそうだし。
「呼ばれたらええな!」
相変わらず目を輝かせているA。
「アンタなんでそんな嬉しそうなの?」
「いやー葉鳥、お前何や面白い事になっとるらしいやん?」
Aは私の質問に訳の解らない言葉で返してくる。面白い事って何だ?
キラキラ公爵の話がここまで流れてきた?
それとも…もしかしてブレスレットの話が…いや、それは無いか。その話を流しそうな人なんて居ないもんな。
「面白い事ってな、」
何?と問おうとしていた時だった。
店のドアが開く音で私の言葉は遮られる。
まだ開店前なのに平然と入ってくる奴と言えば、
「赤松。」
コイツくらいなものだろう。私以外では。
「なんや葉鳥、こっちにおったんか。丁度ええわ。」
なんて言いながら近付いてくる赤松。
何が丁度良いんだ、と首を傾げる私を気にする事無く、赤松は隣の席に座った。
そしてカウンターの上に紙を広げる。
何が書いてあるんだろう、と覗き込もうとしたところ、AもBも近寄ってきてその紙を囲む形になった。
「続報やな!」
と、Aは言った。
「ああ。葉鳥の悪口言うとった貴族達の末路や。」
Aの言葉に一つ頷いて、私の方を見ながらそう言う赤松。
私の悪口を言っていた貴族?何のことだっけ?
「えーっと?」
「何や葉鳥、覚えてへんの?夜会で散々言われとったやろ。お前の悪口とか子爵家の悪口とか。」
あぁ、居たな、そんな下衆共が。
キラキラ公爵の件やブレスレットの件ですっかり記憶の片隅に追いやられていたけど。
そういや旦那様や長男様、次男様の悪口も好き勝手言われてたんだった!
思い出したら途端に腹が立ってきた。
「思い出した思い出した。あの下衆共ね。」
なんて私が言っている隙に、A達は赤松が持って来た書類に目を通している。
笑いを噛み殺しながら。
こんなに楽しそうなんだから、さっきAが言っていた面白い事というのはこの事だったのか。
"続報"とか言ってた事だし、私がここに来ていない間に赤松から話を聞いていたんだろう。
「これはこれは、無残やなぁ。」
書類を読んでいたBが呟く。
「相応の報いやと思うで。この集団は元々評判悪かったし、被害者は葉鳥だけやないしな。」
楽しそうに笑っているAとBに向けて、赤松は言った。
赤松は何か思うことがあるのか、然程楽しそうな顔はしていなかった。
「貴族の世界って怖いなぁ。」
なんて呟くが、私はその書類を見なかった。
Bも無残だと言っていたし、良い事は書いて無いわけだから。
「ま、実際怖いんは"ベルク家"やけどな。」
「…っていうと、煌びやか令嬢のとこ?」
煌びやか令嬢の家が怖いってどういうことだろう。公爵様とは会ったこともあるし、良い人そうだったのに。
「敵に回すもんやない、っちゅー話や。ベルク公爵を敵に回せばたった二日で何人もの貴族が無残な事になんねんから。」
赤松はぼんやりと書類を見ながらそう言った。
無残な事ってどんなことなんだろう、と好奇心が疼いたが、やはり私はその書類を見ようと思えなかった。
「私、そんな怖い人の世話になってんのね。」
と、そう呟けば、赤松は私を見てふと笑う。
「いや、味方につけておけば心強いやろ。そもそも今回無残な事になった貴族達はそれ相応の事をしてきてんねん。葉鳥は別に何も悪い事はしてへんやろ。」
「…一応、ね。今のところは。」
私は赤松と同じように、ほんのり笑って答えた。
何が煌びやか令嬢や公爵様の地雷かは解らないからな、いつ踏んでしまうかも解らない。
それまでは味方で居てくれるだろうとは思うが、知らず知らずの内に地雷を踏めば…
潰されるどころか髪の毛一本残す事無く消されることだろう。
…怖い話だよ。
「いやーすっきりしたすっきりした!」
バサリと書類を置いて、清々しい顔をしたA。
「すっきり?」
私が首を傾げれば、
「葉鳥の悪口言うた奴に罰が当ってんもん、すっきりしたわー。」
なんて笑いながら答えるA。
「せやで、葉鳥。俺もすっきりしたわ。」
と、Bも続く。
きょとん、としていると、Aが口を開く。
「何やその顔。俺等かて葉鳥の悪口言われたら腹立つんやで?葉鳥は子爵やら子爵家の兄弟の悪口言われたからって腹立てとったらしいけどな。」
…コイツは何て恥ずかしいことを言ってくれているのだろう。
何と返したら良いのか解らず混乱していると、Aに続くようにBも口を開いた。
「葉鳥が子爵達の悪口言われてイラっとしたんと全く同じや。ほんでソイツ等に罰当ってんからそらすっきりするやろ。」
確かに、旦那様達の悪口を言った奴等に罰が当ったと思えば私もすっきりする。
しかしこんな事コイツ等に言われるなんて思ってなかったから混乱が収まらない。
「…まったく、何恥ずかしいこと言ってるんだか。ありがとうドアホ共。」
消え入りそうな声で言えば、AもBも盛大に笑い出した。
さっきまでぼんやりしていた赤松までも笑い出している。
「ツンデレツンって!デレ一瞬過ぎるやろ!」
ヒーヒー言いながらAが言う。
…私が『皆ありがとう』なんて言って微笑むようなキャラじゃないってこと一番良く知ってるくせにそんな事で笑わないで欲しい。
「あーオモロ。」
と、目尻に浮かんだ涙を拭いながら赤松が零した。
コイツも涙が出るまで笑ったりするんだな。
「しかし葉鳥、よう悪口言われて暴れへんかったなぁ。」
Aも赤松と同じように目尻を拭いながら言う。
「いや、睨みつけようとは思ったんだけどね。赤松が止めに来たんだよ。」
だから断念した、と言えばまたも笑い出すA達。一度ツボに嵌った分笑いの沸点がおかしなことになっているようだ。
「止めるっちゅーかその場から離れただけやけどな。」
それにその後キラキラ公爵が来たからそれどころじゃなくなったっていうか。
キラキラ公爵の話も教えてやろうかと思って口を開きかけた時、またも店のドアが開いた。
私と赤松の背後で、開店前だと言うのに堂々と開け放たれるドア。
私達以外にこんな事をする人間など居ただろうか、
「キキョウ様!」
おぉ、居たな。
くるりと振り向けば、そこにはぜえぜえと肩で息をする青い騎士さんの姿があった。
お屋敷からこの店までわざわざ走ってきたのだろう。
「どうしたんですか?」
なんて声を掛ければ、
「何故一人で行動するのですか…!」
という返答。
逆に聞こう。何故一人で行動してはいけないのですか?…と、言いたい気持ちは山々なのだが、それを言ってしまえば青い騎士さんがお説教モードに入りかねないので必死で口を噤む。
「シュトフに早くお土産をあげたくて。」
それだけを考えていたらつい、と笑えば、青い騎士さんは納得してくれたようで、
「そう…でしたか。」
と言いながらドアを閉めて、私のもとへと歩いてくる。…もとい、青い騎士さんは一直線に赤松へと向かっていった。
そして赤松の背後に立ち、そこを退けと言わんばかりの無言の圧力を放っている。
「…あぁ青い騎士さん、今来たばかりのところ悪いんですが、私そろそろ帰ろうかと。」
私がそう声を掛けると、青い騎士さんはきょとんとした様子で私を見下ろした。
「もう、良いのですか?」
「はい。近々講習も入ってますし、練習しようかと思いまして。」
元々ここに来たのはシュトフにお土産渡すためだったからな。
「そ、そうですか。では帰りましょうかキキョウ様。」
「はい。じゃあまた来るわ。」
A達の方を向いて手を振れば、またなーと送り出してくれる。
「トリーナ!お土産ありがとう!」
と言うシュトフに、
「うん。ソイツ等に奪われないように気を付けてね。」
私は笑いながら言った。
ぽつりぽつりと他愛の無い会話をしながら、青い騎士さんとお屋敷まで歩く。
今は私が居ない間にお屋敷であった出来事を聞いていたところだった。
「…キキョウ様と会えない期間は、とても寂しかった。」
青い騎士さんは困ったように笑う。
ちなみに私は青い騎士さんと会っていない間中煌びやか令嬢の子守をしていたので寂しいなんて思う暇など無かった。
「キキョウ様、何か酷い目には遭いませんでしたか?」
「ん?んー…まぁ、大丈夫でした。」
悪口言われたんだけど悪口言ってた奴等が大変な事になるらしいと言う事を聞きました、なんてバカ正直に答えるわけにもいかず。
…だって言ったら心配させるだろうし。
「…キ、キキョウ様、大人しく待っていたので…少し触れさせてもらっても良いですか?」
はい?と首を傾げつつ青い騎士さんを見上げると、ご褒美に…と口元が動く。
「えっと…じゃあ手でも繋ぎますか。お屋敷に着くまで。」
そう言って手を差し出すと、青い騎士さんは驚いたように目を見開く。
そして、恐る恐る私の手を握った。
最初こそぎこちなかったものの、お屋敷に辿り着く頃にはわりとナチュラルに手を繋いで歩いていた…ような気がする。
「…着いてしまいましたね。」
とても残念そうに言う青い騎士さん。
「え、あ、そうですね。じゃあ私は一旦部屋に戻りますね。楽譜が部屋にあるので。えーっと、迎えに来てくれてありがとうございました。」
「いえ。キキョウ様、この後、」
「あー、じゃあ!夕飯の時にでも会いましょう!」
青い騎士さんが何か言いかけていたが、私はそれを遮って自分の部屋へと走り出した。
部屋へ駆け込んだ私のポケットの中に、もうブレスレットは無くなっていた。
ワンタッチで装着出来るブレスレットでした。バングル?




