甘い甘い砂糖菓子
使用人の皆に買ってきたお土産はお菓子だった。
皆にお菓子買ってきたよ、と言えば休憩時間に一緒に食べようという話になったので、現在食堂でお菓子を囲んでいる。
「ロゼにはこれ、リリはこっち、ルーシュはこれね。カラフルで可愛いでしょ。」
そう言って手渡したのは、カラフルな砂糖菓子。
日本で言うところの金平糖といったところだろうか。
ころころとした砂糖菓子を自分で好きなように詰められるというシステムだったので、色は彼女達のリボンの色と合わせるように同系色でまとめてみたのだ。
「あとは皆で食べれそうなお菓子だよ。日持ちするお菓子って似たようなものしかなかったんだけど…」
そう、やはり移動に時間が掛かるため、持って帰ってこれるものには限界があった。
賞味期限的なものが。
その結果クッキーみたいな焼き菓子しか買ってこれなかったわけで。
「わー!これ有名店のお菓子ー!」
リリが両手を挙げてそう言った。
どうやら私の心配は杞憂だったらしく、クッキーも喜んでもらえたようだ。
「美味しいっ!」
皆口を揃えてそう言っているので、一応一安心だ。
それからは暫く皆でお菓子を楽しんでいた。
そしてお菓子談義がある程度落ち着いてくると、突然ロゼが口を開く。
「ねぇトリー、王都でのお土産話は?」
と。するとそれに続くようにリリ達からも質問が飛ぶ。
「何か面白い事あった?」
と、リリ。
「良い男は居たかしら?」
と、ルーシュ。
そんな矢継ぎ早に…と思いながらも王都で起きた出来事を思い返してみる。
「初王都だし、わりと楽しかったよ。見たこと無いものもいっぱいあったし。」
ぽつりぽつりと喋りだす私を、ニコニコと笑いながら聞いてくれる皆。
しかしどうしよう、彼女達を楽しませる出来事なんてあっただろうか…
「ただちょっと人が多くて人酔いしそうだったかな。」
そうそう、日本に居る時は人酔いなんてしなかったけど、こっちに来てからは人混みになんて縁は無かったし、結構辛かった。
…じゃなくて、面白い話面白い話。
そうだな…移動中は終始煌びやか令嬢可愛いと思ってただけだし、そもそも基本的に煌びやか令嬢の話し相手になってるだけだったからな…
「あぁ、そういえばキラッキラした公爵様とやらに声掛けられたわ。」
面白い話かどうかは謎だけど、と付け加えつつ言う。
「公爵様?どの公爵様?もしかして例の女好き公爵なんじゃ…」
と、ロゼが若干青い顔で言った。
「いやいや、違う公爵様だったよ。それに女好き公爵って煌びやか令嬢のとこの公爵様と仲悪いんでしょ?」
参加すらしてなかったはずだから、と言えば、ロゼはあからさまに胸を撫で下ろす。
「そうだったわね。良かった、トリーが変な男に連れ去られないで。」
どんな心配してたのロゼ。
「で?公爵様は何でトリーに近付いてきたの?」
と、リリが首を傾げる。
「現在未婚の公爵なんて居ないはずだから…もしかして愛人のお誘いなんてことは無いでしょうね、トリー?」
ルーシュがほんのり鬼気迫る顔で私に近付いてくる。
先輩正直怖いっス。
「違う違う。仕事の話だよ。公爵夫人が私の講習に来たいって言ってるんだって。」
ルーシュの顔が物凄く迫っていたので、私は彼女の肩口を両手で押し返しながら答えた。
「公爵夫人?トリーの講習に興味を持ちそうな方と言えば…ミエーレ様かしら…」
押し返されたルーシュはゆっくりと元の場所に戻りながらそう呟く。
「ご夫人の名前は覚えてないな…公爵様は確か…パスなんとかっていう…」
なんだっけ?と首を傾げるより早く、リリとルーシュが反応した。
「あぁ!やっぱり!」
とのこと。
「ビックリした。二人とも知ってるの?」
そう尋ねれば、二人はこくこくと頷く。
「知ってる!元々は男爵家のご令嬢だし顔見知りだよ!」
と、リリ。
元は身分の近い男爵令嬢だったから面識があるらしい。
夜会だのなんだので会った事があるんだとか。
「身分差のある結婚だったもの、結構有名な方でしてよ。」
あまり良い意味での有名とは言い切れないけれど、とルーシュは言う。
公爵と男爵だから…なるほど、玉の輿ってやつだな。
「やっぱそういうのって嫉妬とか凄いの?」
興味本位で聞いてみると、ルーシュもリリも神妙な面持ちで頷いた。
「凄いなんてものじゃなかったわ…」
そう言うルーシュの顔を見れば、どう見ても怖いものを思い出すときの顔をしている。
「パステーテ公爵なんて家柄はもちろん顔も素敵だし優しそうだし手癖も悪くないし、結婚相手には申し分ない男だって有名だったもん。」
やはり良い玉の輿物件には群がる女が多いのだろう。
「彼と結婚したがっていた女達が公爵夫人をいじめ倒してた…なんて話、貴族の女性達なら知らない方など居ないはずではないかしら。」
と、どこか遠くを見ながら言うルーシュ。
「うわぁ…公爵夫人は風邪だとかで夜会に来てなかったんだけどもしかして仮病だったのかな…」
私がぽつりと零すと、リリがそれを拾う。
「それは無いよ、今はもう公爵夫人をいびる女なんて居ないもん。」
「あれ、そうなの?」
てっきりしつこくいじめられてるんだと思ってたわ。
「そう。公爵夫人をいじめてた人達が次々と怪我をしたり事故に遭ったり体調を崩したり…とにかく不運が続いたから。」
ふふ、と笑うルーシュの顔がちょっと怖い。
「呪いみたいだな…」
なんて呟けば、
「そうそう、男爵家の呪いだの祟りだの、色んな噂が広がって彼女をいじめる者は誰一人としていなくなったんですってよ。」
軽い感じで言ってのけたルーシュ。
呪いて。祟りて。
「で?公爵夫人はトリーの講習に来るの?トリーの講習は令嬢限定だったはずよね?」
と、ロゼが言う。
話が脱線しかけていたのでありがたい軌道修正だ。
「あぁ、まだ旦那様に相談してる段階。…これ断ったりしたら私にも呪いが降りかかるんじゃ…」
ふと過ぎる一抹の不安。
「キャー!トリーが呪われちゃう!」
「キャー!」
リリもルーシュも楽しそうだなぁおい。私は笑い事ではないと言うのに。
「でもトリー、これに関してはいじめでもなんでもなく規則なんだから呪われることは無いと思うわよ?」
ルーシュはそう言うが、今までキャッキャ言いながら笑ってたんだから説得力など皆無だった。
呪いから逃れる術を脳内で模索していると、
「トリーナ!」
という声と共に煌びやか令嬢が食堂に乱入してきた。
「様子を見に来たわよ!」
と、息を荒らげながら言っているわけだが、何の様子を見に来たのだろう?
ふと煌びやか令嬢の首元を見ると、私とお揃いのネックレスがキラキラと輝いていた。
私がそれを付けているか抜き打ちで見に来たのか…
「ブレスレットよブレスレット!」
んなわけないんですね。
ブレスレットとは何ぞや。
「ブレスレット…」
「あの騎士に似合いそうなブレスレットを買ったじゃない!」
そこまで言われて思い出した。
そうか、青い騎士さん用に買わされたあれか。見事に渡しそびれてるけど。
あぁはいはい、と納得しつつ使用人の皆に視線を向ければ、そちらは完全にざわついていた。
「あ、あぁ、あのクライスお嬢様に買わされたあれ!」
と、自分の意思で買ったわけじゃないアピールをしてみるも、ざわつきは止まらない。
「さっき騎士とすれ違った時にチラッと見たのだけど、どうも付けていなかったようね?何故かしらね?」
何故ってまぁ、まだ私の手元にあるからなんだけど。
「渡して…ませんから?」
なんて言いながら首を傾げて見せると、煌びやか令嬢は私に詰め寄ってきた。
両肩をがっしりと握られてがくんがくんと頭部を揺らされる。
「何で!?ねぇトリーナ何で!?」
何でって言われましてもこれには深い訳がありましてね。
渡せる状況ではなかったんですよ。と、言いたいのだが、未だに頭部を揺らされているので口が開けない。
今口開いたら確実に舌を噛む。
「あの、公爵令嬢様、」
私の耳に入ったのはロゼの声だった。
おずおずと煌びやか令嬢に声を掛けている。
「あら、何かしら?」
ロゼの呼びかけに、少し冷たい声で返事をする煌びやか令嬢。
やっと手を止めてくれた。酔うかと思った。
「口を挟んで申し訳ありません。しかし、とにかく一度落ち着いて座ってください。」
と、ロゼは煌びやか令嬢に椅子を勧める。
しかし煌びやか令嬢はといえば、ロゼに対して私に指図するの?とでも言いたそうな顔をしている。
私が間に入ろうかと思った時、ロゼがもう一度口を開いた。
「そしてその話の詳細を私たちにも教えてください。実に興味深いお話のようなので。」
マジな目で言い切った。
おずおずとした様子は何処へ行ってしまったんだいロゼ…。
そんなロゼの目を見た煌びやか令嬢は、目を丸くして使用人達の表情を一人ずつ確認する。
「あら、貴方達も聞きたいの?」
と、煌びやか令嬢が問えば、全員が全力で頷いた。
これはあれか、人の恋バナは蜜の味状態か?
「貴方達はトリーナとあの騎士の恋を知っているのかしら?」
という煌びやか令嬢の問いにも全員が全力で頷く。
蜜の味確定ですね。なるほど。
「そうね…ちなみに貴方達は騎士派?それとも伯爵派?」
何だその派閥。
「ちょ、クライスお嬢様、」
「私は騎士派です。」
私の言葉を遮って答えたのはロゼだった。
騎士派ってことは、ロゼって私と青い騎士さんがくっ付けば良いと思ってたのだろうか…
次に答えたのはリリで、
「あたしはどっちも捨てがたいけど伯爵様寄りです。」
なんて言っている。
軽く項垂れている私をよそに、その場に居た全員の視線がまだ答えていないルーシュへと向けられる。
「…実はずっと三角関係でも美味しいのではないかと思っていますの。」
ルーシュはうふふ、と笑いながらそう答えた。
どういうこと!?とツッコミを入れようとしたところ、煌びやか令嬢とルーシュが無言で堅い握手を交わしていた。
何か前もこんな空気を感じたような気がするな。二人は余程気が合うのだろう。
煌びやか令嬢は最近ご令嬢達の中で孤立していると言っていたし、お友達が出来るのは良いことよね。
なんて現実逃避よろしく明後日の方向に思考を飛ばしていると、その隙に煌びやか令嬢がアクセサリーショップでのことを使用人達に教えているようだった。
そして今、その話を聞き終えた全員に、何故渡さなかったのかと詰め寄られている。
「赤い騎士さんも居たし渡しにくかったっていうか、」
「渡した方が絶対面白いわよ!ねぇ、使用人達!」
という煌びやか令嬢の言葉に、三人とも口を揃えて
「はい!」
と答えた。
っていうか面白いとかそういう問題だったのか。
「あの騎士がブレスレットを付けたところを伯爵が見れば…ふふ、」
「確実に複雑な三角関係がもっと美味しい展開になりますわね…うふふ。」
なんと逞しい妄想力だろう。
私は煌びやか令嬢とルーシュがタッグを組んだ時の事を考えて身震いした。
あと別に青い騎士さんがブレスレット付けてるところを見たって赤松は顔色一つ変えないと思うよ。
休憩時間も終り、私は仕事に戻ろうと席を立った。
それに続くようにロゼも立ち上がる。
リリとルーシュはまだ時間に余裕があるのか、今もなお煌びやか令嬢と恋の妄想話に花を咲かせている。
煌びやか令嬢にお友達が出来るのは良い事…良い事…たとえ彼女達の妄想の中で私が大変な事になっていたとしても良い事…
そうやって自分に言い聞かせていたところ、ロゼに小さな小さな声で話しかけられた。
「トリー、私は本当にファルケ派よ。…元孤児が貴族と結婚するなんて碌な事が無い…。」
と。身分差ってやっぱ大変なことなんだろうか。
ふとロゼの顔を見てみると、どこか悲しそうな顔をしていた。
「私、あんなバカげた事で友達を失うなんてこと、もうしたくない…」
「…ロゼ?」
「あぁ、何でもないの。とにかくブレスレットは渡してあげたら良いんじゃない?きっと喜ぶわよ。」
ね?と言いながら私の肩をぽんぽんと叩くロゼ。
「あ、えーっと…」
渡しにくくなった原因の一つである赤い騎士さんの言葉をロゼに伝えようかと思っていたところ、
「あの万年仏頂面が満面の笑みで喜んだりしたら絶対に面白いじゃない…ふふふ…」
と、完全に悪い事を企んでいる時の笑顔を零した後、ロゼは何も言わずその場から去っていった。
…なんというか、ロゼの新しい一面を見た気がした。
この世界に私を純粋に応援してくれる人は居ないのかな?
全部『面白い』が基準だった気がするんだけど…?
前回の話の後、煌びやか令嬢や使用人ちゃん達と同意見の拍手コメントが沢山来て面白かったです。
ブレスレット渡せよ!的な。手首が千切れても付けてるんじゃないか…っていうコメントとか完全に腹筋に来ました。青騎士ならやりかねない!




