ブックマーカー
長男様の次は次男様だ。
私は長男様が呪いの人形…じゃなかった、魔除けの人形をドア付近に飾るのを見届けてから次男様の部屋へと向かった。
いつものように軽くノックをしてから名乗れば、これまたいつものように入って、と返事がある。
このお土産は喜んでもらえるだろうか、なんてぼんやりと考えながら部屋に踏み込んだものだから、素早く反応することが出来なかった。
「おかえり僕のトリーナ!」
次男様お得意のタックルが発動されていたことに。
次男様を文字通り全身で受け止め、私はそのまま崩れ落ちた。
ふと次男様の肩越しに部屋の中を見ると、大量の本が視界に入る。
どうやら私が王都に行っている間に散らかしたらしい。
盛大に尻餅を付いたために痛む尻を擦りながら、私は次男様を睨みつける。
「また随分と散らかしましたね。」
なんて言いながら。
「き、昨日より少しは片付いているんだよ?」
しどろもどろになりながら次男様は言うが、信じられない。
少し片付いてるなんて、どうせ本が一冊本棚に入ってるか入ってないかくらいのものだろう。
「折角お土産持って来たのに。片付けが終わるまではお預けですね。」
私がそう言うと、次男様の顔全面に悲壮感が滲んだ。
「お土産って王都のお土産?」
「そうですよ。」
積まれていた本を手に取りながら頷く。
「…兄さんにもあげたの?」
「ええ、さっきあげてきました。」
「…兄さんは喜んでた?」
という次男様の問いに、私は素直に頷けなかった。
何故なら、まぁあの呪いの…じゃなかった魔除けの人形だからな。
凄い不気味な顔してるし。
それを見た長男様は軽く引いていた気もするし。
いや、でも飾ってくれたから喜んでたのか?そんな風に考え込んでいたら、自然と頬が緩んでいたらしい。
「トリーナがそんな顔をするのなら、兄さんは喜んでたんだね。」
そんな顔ってどんな顔ですか?なんて聞こうと次男様の顔を見れば、彼はどこか寂しそうな顔で手元の本を眺めていた。
「フレーテお兄様、」
ゆっくりと次男様の顔を覗き込みながら名前を呼ぶと、次男様は私の髪をわしゃわしゃもしゃもしゃと掻き混ぜるように撫でる。
「嫉妬だよ。兄さんとトリーナが仲良くしてるのを見るとちょっと寂しくなるんだ。」
次男様は、あぁ恥ずかしい恥ずかしい、とぼそぼそ呟きながら私の頭を押さえつけて顔を上げられないようにした。
だから、次男様が今どんな顔をしているのかは解らない。
だけど、私の頭に触れている次男様の手がとても熱い気がするので、真っ赤になっていたりするのかもしれない。
「僕のトリーナが兄さんに取られてしまうのは嫌だよ。」
「その心配は無用だと思いますけど。」
「でも兄さんはトリーナのこと随分気に入ってるみたいだよ。」
「私を見るなり殴りかかってくるよう…な…」
あれ、そういえばさっきは殴りかかってこなかったっけ。
この一週間前後で心変わりでもしたのだろうか?
「トリーナを取られるのも嫌だし、兄さんに置いていかれるのも嫌なんだ。僕はすぐに置いていかれてしまうから。」
私の頭を押さえつける力が弱くなったので、私はやっと頭を上げる事が出来た。
「置いていかれる、とは?」
「僕は兄さんより動きが遅いからね、昔から何をするにも兄さんに遅れを取っていたんだ。」
ぽつりぽつりと語る次男様。
時折昔を思い出すように遠くを見詰めたりしている。
「小さい頃は食べる速度や走る速度、そんな目に見えた差だった。でも歳を重ねるごとに心の成長速度にも差が出始めた。」
喋りたいだけ喋れば良い、そんな風に思いながら、私は相槌を打つことに徹した。
「仲が拗れてからはその差もわからなくなっていたけど、トリーナが来て兄さんは明らかに変わった。きっとまた、僕は置いていかれる…」
ふふ、と嘲笑にも似た苦笑を漏らした次男様は、そのまま固く口を閉ざしてしまった。
それを確認した私は、顔の前で手を叩く。
「それなら、私がフレーテお兄様の手を引っ張ります。そうすればいつかきっと追いつく、そう思いませんか?」
名案でしょ!なんて笑ってみると、次男様は目をパチパチと瞬かせる。
「それに今の長男様なら呼べば立ち止まって待ってくれる気がします。」
そもそも長男様って案外子供っぽいとこもあるし、次男様が思う程完璧な人でも無さそうだけどな。…失礼ながら。
「トリーナ…」
「さてさて、そんな話をしたって片付けは免除しませんからね、さっさと片付けましょう。」
ぱんぱんと手を叩き、私は片付けを再開した。
「流されて片付けの事忘れてくれるかと思ったのに…」
そんな次男様の呟きを背に受けながら。
「片付け終わらなければお土産はお預けです、それは絶対に撤回しませんから。」
そう言えば、次男様は急いで本を本棚へと片付け始めた。
「終わったー!綺麗に片付いたー!」
床に積まれた本を拾っては本棚に戻し、拾っては戻しを何度繰り返した事だろう。
私も次男様も途中から完全に無言になりながら片付けた。
「本が片付いただけですから。掃除しますよ。」
「お土産ー!」
「お預け!」
積まれていた本を片付けたら、床が埃まみれだったのだ。
いつから掃除してないんだと問いたい。
しかし問うたところで「前にトリーナに掃除してもらった時以来かな」なんて言われそうなので黙っておくが。だっていつだよ、それ。
掃除には小一時間掛かった。
もう少し気になるとこはあるのだが、お昼休みが近付いてきているので丁度良い頃合を見計らって切り上げた。
まぁ次男様の部屋なら掃除以外でも来るわけだし、その時続きをやれば良い。
「さぁフレーテお兄様、お土産です。お待たせしました。」
「やったー!」
次男様はキラキラの笑顔でそう言った。
しかし散々引っ張ったわりに大した物じゃないのでがっかりされてしまいそうだな…
「フレーテお兄様は本が好きみたいだったのでブックマーカーなんですが、」
「ありがとう!ありがとうトリーナ!」
杞憂だったようだ。
キラキラの笑顔を保ったまま、私が差し出したブックマーカーを受け取ってくれた。
私が次男様へのお土産として選んだのはフック型のブックマーカーで、先端には星の形のチャームがぶら下がっている。
この国で「幸運の星」と呼ばれているものらしい。
緑色のガラス玉もぶら下がっていて、それが次男様の瞳の色に似ていたので即決だった。
そして今、次男様がそのガラス玉を見ながら綺麗だねぇと呟いている。
「良かったら使ってくださいね。」
私がそう言うと、うーんと呻りだす次男様。
「使ったら無くしてしまいそうだ…」
という次男様の言葉を聞いて、ついさっきまでこの部屋に広がっていた光景を思い出す。
あんなに大量の本を散らかす男だ、どの本に挟んだか解らなくなってしまってもおかしくはない。
「いや、でも使わなければ勿体無いですし、」
「わかった、大切な本を読むときだけ使わせてもらうよ。絶対に無くせないからね!」
それまでは飾っておく、そう言って部屋をふらふらと歩き回る次男様を目で追う。
すると、次男様はふと思い出したように私を見た。
「ところでトリーナ、ファルケさんにもお土産買ってきたの?」
ファルケさんって、青い騎士さんだよな。
何故急にそんな事を聞くんだろう。
「一応買って来ましたけど。」
それがどうかしました?と、首を傾げて見せる。
「そっかそっか。じゃあ伯爵には?」
伯爵?
「買ってきてませんよ?」
何故伯爵にお土産を買わなければならないのか。
アイツも王都に居たじゃん。
「あれ?買ってこなかったの?」
「はい。伯爵も夜会に出席していましたし。要らないかなぁって。」
そう言うと、次男様は目を丸くした。
「あの伯爵って王都で開かれる夜会に出席したりするんだね。」
とのこと。
「元々は行く気なんて無さそうでしたけどね。」
そもそも私が『お前も巻き込まれろよ』みたいなこと言ったから来たんだと思うし。
招待されたって話の時も嫌そうな顔してたから。
「そっかそっか。じゃあファルケさんはお土産ありで伯爵はお土産なしか…」
何を考えているのかさっぱり解らないな。
「フレーテお兄様?」
「うん?あ、ちなみにファルケさんには何を買ってきたの?」
まさかとは思うが、この人も煌びやか令嬢のように私と赤松と青い騎士さんが三角関係だと思っているんじゃないだろうな…
「お酒です。好みが解らなかったので青い騎士さんも赤い騎士さんも全く同じものですよ。フレーテお兄様だけは本が好きみたいだって知ってたからこうやってブックマーカーを買って来ましたけど。」
変な勘違いは止めてもらいたい。
「…え、僕だけなの?」
「はい。他の皆の好みは解りませんから。ライさんは見た目のイメージで紅茶、騎士さん達にはお酒、旦那様達と使用人の皆にはお菓子です。」
「ありがとう。」
照れるなぁ、と頬を染める次男様。
…照れる事はないだろう、こんだけ解りやすい程に本が積んであるんだから。
っていうか私も釣られて照れてしまいそうだから頬は染めないでほしいです次男様。
「…でもトリーナ、ファルケさんに特別なものは買ってこなかったんだね。」
「え?あぁ、まぁ…そうですね。」
特別なもの、と聞いてふと思い出した。
私、煌びやか令嬢にブレスレット買わされたんだった。
青い騎士さんに似合いそうなデザインの。
…すっかり忘れていたが。
「トリーナが王都に行っている間、ファルケさんはずっと死んだような目をしていたよ。」
と、次男様はクスクスと笑いながら言う。
「トリーナが居なくて、僕も寂しかったけどファルケさんはもっと寂しかったみたい。」
「…そうですか。」
そう答えるしかないじゃないか。
「ただ、一つ思い出したんだ。ファルケさんってトリーナがここで働き出す前はずっとあんな目をしていたな、って。」
「…そう、なんですか?」
ぎこちなく首を傾げると、次男様はふふ、と小さな笑いを零す。
「そうだよ。トリーナに出会ってから表情も増えた。僕はファルケさんと大して仲が良いわけでもないけど、少しだけ嬉しいんだ。彼が生き返ってくれたみたいで。」
「……へぇ。」
やっとの思いで搾り出せた相槌がそれだった。
次男様と同じように喜ぶべきなのかどうか、ちょっとよく解らない。
「だけど、だからといってトリーナを簡単に渡すなんてことはしないからね!僕という壁を突破しない限り!」
私がぼんやりしていると、グッと握り拳を作って宣言された。
「はぁ…」
なんて間の抜けた相槌が口から滑り落ちる。
「そうそう、トリーナに出会ってから変わったのは僕もなんだよ。こうして長い時間喋ることも無かったから、一時期声の出し方が解らなくなったこともあったんだ。」
…は?
今とてもあっさりと言ってのけたが、声の出し方が解らないって。
何と言って良いのか解らず固まっていると、次男様はあはは、と声を上げて笑う。
「今はこうして普通に喋れてるんだから大丈夫だよ。当時は医者巡りもしたけどね。誰に診せても原因不明だって言われるし、もう二度と喋れないんじゃないかって思ってた時期もあったよ。」
多分ストレスなんだろうけど、日本と違ってこの世界にはストレスなんて言葉無いからな。
どちらにせよこの人も苦労したってことなんだろう。
「…トリーナは不思議な人だ。魔法使いみたいだね。」
「魔法使い?」
「トリーナと関わる人はどんどん笑顔が増えていくんだから。」
煌びやか令嬢にも似たような事言われたけど…そうでもないよね。
私と関わってしまったばっかりにとんでもない目に遭う人だって居るよ。
夜会で私に対して悪口言った下衆共とか、絶対酷い目に遭うはずだぞ、あの人達。
「…そうだと良いんですけどね。」
私はそんな言葉と共に苦笑を零すことしか出来なかった。
「あ、トリーナ。そういえば兄さんには何をあげたの?さっき言わなかったよね?ライおじさんと騎士二人と父様達と使用人達の分しか聞いてないはずだけど…」
あ、気付かれました?
ナチュラルにスルー出来ると思ったんだけどなあ!
「えーっと、長男様に見せてもらったらどうですかね?」
「ってことは、食べ物じゃないってことだね。何をあげたの?」
あらやだ鋭い。
「別に大した物ではないんですけど、」
「トリーナは兄さんの好きなものも知ってたの?」
「いえ、知りません。勝手なイメージというかあれの顔を見た瞬間これは長男様にあげなければという謎の義務感に駆られて…」
「あれの顔?」
「呪いの人形…じゃなかった魔除けの人形です。」
凄い不気味な顔の。とは口に出せなかった。さすがに。
…さすがに。
トリーナの周囲には寂しがり屋が集まりやすいようですね。
類は友を呼ぶと言いますし、トリーナも寂しがり屋なのかもしれません。
みたいなね。
…更新が遅くなってすみませんでした!




