魔除けの人形
王都から帰ってきた翌日はお休みにしてもらっていた。
出発前はその日から仕事をする気でいたのだが、無理だった。
初めて馬車で長距離移動したわけだから、疲労が想像以上だったのだ。
だからその日、私は夕方まで死んだように眠っていた。
もちろん朝食も昼食も食べそびれたさ。
誰も起こしてくれないんだもん。
そんな愚痴を夕食の席で零したら、起こしに行くのは良いけど前みたいに 全裸で寝てたらどうしようと思って、なんて笑われた。
私は毎日毎日全裸で寝てると思われているのか。
…さすがに毎日じゃないわ。一応。
と、まぁそんな感じだったのでその日は誰にもお土産が渡せなかった。
さらにその翌日。
丁度お屋敷二階の掃除の日だったので、掃除前に旦那様の部屋を訪ねた。
キラキラ公爵の話をしなければならなかったから。
「ほう、パステーテ公爵夫人がね…」
キラキラ公爵に言われたことをそのまま旦那様に告げると、旦那様は顎に手を当てて考え込み始めた。
私はそんな旦那様に、キラキラ公爵夫人が私の講習に興味を示している事や、その公爵夫人がまだ若いらしいということ、実は若いお嬢様たちの間で私の詩が秘かに流行っているらしいなんてことも一応伝えておいた。
受講者が増える可能性もあるんだから私だって必死にもなる。
未だに大成功だと言える講習を開けていないのだから。
「ご令嬢に限定せずご夫人も参加可能にしたり…出来ませんかね?」
首を傾げながら提案してみるが、旦那様の表情はあまり良いものではないようだった。
私としては名案だと思ったのだが。
「しかしねぇ…別の講習を受講しているご夫人方の中にもトリーナの講習に興味を示している人は多いんだよ。」
「そうだったんですか?」
それならもっと早く人妻枠も開放すれば良かったのでは?
「そうするとなると…トリーナの仕事量が増えてしまうだろう…」
「え、それは構いませんけど、」
「それはいけない、年頃の娘が仕事ばかりしていてはいけない。」
断言されてしまった。
そんな事で渋られているとは思わなかったので、暫し呆気に取られる私。
私としては客が増えることに対して喜んで欲しいところなのだが。
今回のキラキラ公爵の件だって良い客捕まえた気分で報告しに来たと言うのに。
「しかし旦那様、私は今のところ講習を成功させたことがありません。出来れば王子様系…いやその、あー…そう、ビルケさんのようにホールで講習を開けるようになりたいのですが、」
「トリーナ、君の言う『成功』とは多くの人を集めること…なのかな?」
王子様系男子とか言っちゃうとこだったとか、名前思い出せて良かったとか、そんなくだらない事を考えているところに、旦那様の問い掛けが飛んでくる。
「そう…ですね。私が開く講習はいつも集まる人数が少ないと聞きますし…」
「それは違うな。いくら人を集められたところで、その人々の心に何も残らなければそれは『成功』とは言えない。違うかな?」
そう言って私の目を見た旦那様は、ふわりと微笑んだ。
「…違いません。」
「だから、トリーナの講習は初めて開いたあの講習から大成功だったんだよ。」
「初めての講習は…っ!」
あれはどう贔屓目に見ても失敗だったはずだ、これは旦那様の甘やかし過ぎに違い無い、そう思って反論しようとしたら、旦那様の手が私の頭へと伸びてきた。
そして、ゆっくりと撫でられた。
「初めての講習で、ベルク家の令嬢の心を動かしたから、彼女は今もトリーナを気に入っている。そうだろう?」
煌びやか令嬢の心を動かした?
最初の講習で?
…そういやあの煌びやか令嬢は最初の講習から来てたんだっけ。
良くも悪くも心が動いたので私を必死で自分の手の中に収めようとしたりしていた、と、そういうことだろうか。
「ベルク公爵から手紙を貰った。トリーナのことも書いてあったよ。トリーナと出会ったことで娘が人の心を取り戻してくれたようだ、そんな内容だ。」
いや、それは言いすぎではないかな。
っていうかそれまでは人の心を持ってないと思っていたのか公爵様よ。
…私の事拉致しようとしてたし、まぁ自己中心的行動は酷かったんだろうけど。
「だからトリーナ、君はもう少し自分に自信を持ちなさい。」
旦那様は苦笑に近い笑顔でそう言って、私の頭をガシガシと少し強めに撫でてくれた。
少し照れくさくなった私は、何も言えずにただただ頷くだけだった。
「パステーテ公爵には一度手紙を出してみよう。トリーナ、何か強引に話を進めようとされたわけではないのだろう?」
「あ、はい、何一つ強引な事は言われてません。むしろ出会った当初のクライスお嬢様を見習えば良いのに、と思う程低姿勢でした。」
私がきっぱりと言い切ると、旦那様は大きな声で笑い出した。
余程面白かったのだろう。
「それはそれで困るだろう、」
とのことだが、今回よりは困らなかった気がするのだ。
「強引に来られたら私は断れませんからね、こうして悩む事も無かったんじゃないかと思って。」
俺の妻をお前の講習に参加させろ、と命令されれば私に断る権限など無いのだ。
旦那様だって公爵に逆らおうなんて気はないだろうし。
「しかしトリーナはベルク家の楽師でもあるんだ、パステーテ家はベルク家に強く出たりしないだろう。」
あぁ、そうか、公爵は皆同等ってわけでもないのか。
煌びやか令嬢の家の楽師になれば女好き公爵も手出しは出来ないって話だったし、煌びやか令嬢の家って結構強いんだろう。
貴族の事は全く解らないんだけど。
「どちらにせよトリーナに不利の無いように話を進めてみよう。」
「私の仕事量の事は気にせず話を進めてください。」
間髪入れずに返事をすれば、今度は完全な苦笑が返って来るだけだった。
旦那様との話を終え、私は急いで仕事に取り掛かる。
今日の仕事が丁度良くお屋敷二階の掃除なので、仕事を片付けたらお土産を渡す予定だったりする。
丁度ライさんも長男様も次男様もこの階に居る事だし。
ちなみに旦那様と奥方様へのお土産はさっきの話をする前に旦那様に渡している。
二人には無難なお菓子を選んだ。
廊下の掃除が終わったところで、ライさんと遭遇した。
手に沢山の紙の束を抱えている。恐らくお仕事関連の書類か資料だろう。
「ライさん、お手伝いしましょうか?」
と、声を掛けると、
「おやトリーナお嬢様。大丈夫ですよ、このくらい。王都は楽しかったですか?」
なんてにっこりと微笑んでそう言うライさん。
「はい、楽しかったです!」
勢いよくそう答えてしまった。
多分、質問してきたのはライさん以外だったら『まぁまぁだった』とかそんな事を言っていたと思う。
それなのに何故かはっきり楽しかったと言ってしまった。
…なんだろう、ライさんの笑顔にそう言わせる何かがあったんだろうか…
そんなこと考えてる場合じゃなかった。
「ライさんにもお土産を買ってきたのですが、後で渡した方が良いですか?そんなに大きなものではないんですけど。」
何ならポケットに入るサイズなので今ここでポケットに突っ込んであげても良いんだけど。
「わたしにもお土産を?それではこの資料を置いて来ます。少し待っていてもらえますか?」
「はい、待ってます!」
物腰柔らかでダンディで、何だこの人完璧じゃないか。
仕事の邪魔だったかな、なんて思ったのだが、そんな事全然顔に出さないし。
「お待たせしましたトリーナお嬢様。」
お嬢様扱いしてくれるってのも良いよね、素敵。素晴らしい。
「いえ、お仕事の邪魔をしてしまってすみません。はい、お土産です。」
私が手渡したのは紅茶の茶葉。
オシャレな缶に入ったもので、王都でしか買えない種類の物らしい。
「邪魔だなんてとんでもない!ありがとうございますトリーナお嬢様。今度何かお礼をしなければなりませんね。」
ライさんはそう言ってまたふわりと微笑んだ。
素晴らしい。
「お口に合えば良いのですが。じゃあ私は仕事に戻りますね!」
ぺこりと一礼すると、優雅な礼が返ってきた。
ライさんって元々はどこか良い家の出身だったりするのだろうか…
次に私がやってきたのは長男様のお部屋。
ノックをして、掃除しに来ましたが、と告げると、
「入れ。」
なんて当然のように返事が返ってきたので遠慮なく部屋に入る。
「どちらのお掃除をしましょうか?」
部屋に入るなりそう言えば、長男様は不服そうな顔で私を見る。
「その前に言う事があるだろう。」
とのこと。
何か言う事あったっけ?
「えーっと…?」
首を傾げつつ長男様の言葉を待っていると、眉間に皺を増やした長男様が口を開く。
「帰って来てから会うのはこれが最初だったな。」
うん、で?
…あぁ、
「ただいま戻りました。」
「…あぁ、おかえり。」
ただいまって言って欲しかったんだな。
「で、どこの掃除をしましょうか?」
ふてぶてしいくせに、どこか可愛い長男様を見ていると、笑ってしまいそうだったので、急いで仕事モードに切り替える。
「掃除は良い。自分でやっているからな。」
確かに、長男様の部屋はとても綺麗だったりする。
次男様とは正反対だ。
あの人の部屋はちょっと目を離した隙に足の踏み場も無くなるからな。
主に本を散らかして。
「えっと、それじゃあ、」
「…とりあえず座れ。」
「…私仕事中なんですけど。」
「誰が見ているわけでもない。掃除をしていることにすれば良いだろう。」
そこまで言うなら仕方無い。
私は遠慮なく勧められたソファーに腰を下ろした。
「トリーナ、夜会で嫌な思いはしなかったか?」
私が座ったのを確認すると、長男様は口を開いた。
嫌な思い…か。
「しなかったと言えば嘘になりますね。」
下衆共の噂話とかね。
「…何があった?」
恐らく長男様も半分は想像しているんだろう。
「貴族様方の噂話の標的になったんですよ。ほら、子爵家の使用人と公爵家の楽師の兼業の件で、余程金に困ってるんだろうなんて言われたり。」
でも気にしてませんよと伝えるために、私は常時笑顔で話していた。
「そうか、辛かっただろう。」
という長男様に、
「そうでもありませんよ。まぁ、殴ってやりたい気持ちを抑えるのには苦労しましたけど。」
なんて笑って返す。
すると、長男様も笑顔に変わった。お前らしいな、と。
「私はこのお屋敷で優しい貴族の方ばかりを見ているし、たまにあんな酷いことを言う貴族を見て学習したほうが良いんだって思いました。」
「まぁそれも一理あるな。」
「私の周囲には優しい貴族の方か凶暴な貴族さんしか居ませんからね。」
「その凶暴な貴族ってのはまさか、」
「もちろん長男様ですけど。」
私の言葉を聞いた長男様は、あははははと笑い出した。笑うしかないといったところだろう。
「そうだ長男様、私長男様にもお土産買ってきたんです。」
買わなきゃ怒られそうだったので、なんて言いながらお土産を手渡す。
「…トリーナ、これは何だ?」
「何か王都で流行ってる魔除けの人形らしいですよ。」
木製のずんぐりとしたフォルムの人形で、大きさは邪魔にならない掌サイズ。
鋭い眼光で魔物を寄せ付けず、それでも寄ってきた魔物は食ってしまうように大きな口が付いている…
「これ自体が魔物に見えるのは俺だけだろうか?」
「確かにちょっと不気味ですよね。でもこのくらいインパクトの強い人形じゃないと長男様に寄ってくる魔物は払えない気がしたんです。」
「王都で魔除けの人形が流行っているのは聞いていたが…もっと可愛い人形だったはず…」
確かに可愛い魔除けの人形もあった。
何でも、神話に出てくるこの世界を救った救世主を模したものだとかで、可愛らしさで言えば私が買ってきたものとは大違いだった。
「あぁ、可愛いのもありましたね。でもあの人形女の子だったし、」
「女の救世主が水晶を持った人形、じゃなかったか?」
「そんな感じでした。でも長男様には絶対こっちの方が似合う…っていうかその魔除け人形は女の子向けみたいでしたし。」
いけない、気持ち悪い人形の方が似合いますよってはっきり言ってしまうところだったわ。
「ほう、俺にはこの気味の悪い人形の方が似合うんだな。」
あ、バレてた。
「…いや、いやこれも見ようによっては可愛いと思います。可愛いと思ったから買ってきたんですよ。可愛い上に魔物も食ってくれるわけだから!だから飾ってくださいね。」
「…解った。飾ろう。」
あ、飾るんだ。結構気持ち悪い顔してるのに。




