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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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王都でお買い物

 

 

 

 

 

 夜会は無事に終わった。

 貴族の恐ろしい面を見せ付けられたりキラキラ公爵に声を掛けられたりした以外は特に大きな問題も無く終わってくれた。

 取り返しの付かない問題を起こしたらどうしようかと思っていたので内心ホッとしている。

 ちなみにあの後、無事に公爵家の連絡先も公爵夫人のお姉様の連絡先も聞くことが出来た。

 まぁ公爵も有名人みたいなもんだし聞かなくてもすぐに調べられるんだろうけど。

 そんなキラキラ公爵夫人の件は帰ったら一番に旦那様に相談しなくてはならないだろう。


 しかし公爵夫人のような位の高い貴族の方が私の事を知ってるなんてちょっと驚きだった。

 王都に来たのは今回が初めてだし、こうやって沢山の人の目に晒されながらピアノを演奏したのもほぼ初めてだし、皆どこで情報を仕入れているんだろう。

 そんな事を煌びやか令嬢に言ってみれば、わたくし達世代の女の子でトリーナの詩に夢中になっている者は結構多いのよ、なんてあっさり言われた。


 知らんかった。


 だけどそれを証明するかのような出来事は確かにあった。

 夜会も終わりを迎えようとしていた頃、帰り際と思われる可愛らしいご令嬢に声を掛けられたのだ。

 今日歌っていたものの歌詞が欲しい、と。

 そんな事を言われるなんて思っていなかったので、用意してこなかったと伝えると、そのご令嬢はとても残念そうに肩を落として帰っていったのだ。

 正直あれは可哀想なことをしたなぁと思っている。

 その一部始終を見ていた煌びやか令嬢は、


「だから詩集を出しなさいと言ったのよ。」


 なんてぽつりと呟いた。

 詩集は煌びやか令嬢が個人的に欲しがってるんだとばかり思ってたんだよ、私は。



 そして夜会翌日。

 私は煌びやか令嬢の手により街へと連れ出されていた。

 煌びやか令嬢が街を案内してくれるらしい。


「伯爵と同行出来なくて残念ね、トリーナ。」


 私の一歩前を歩いている煌びやか令嬢が、くるりと振り返りながら言った。


「いえ別に。…昨日お話出来ましたから。」


 苦笑気味の笑顔を見せれば、煌びやか令嬢は、


「あらそう?」


 と、首を傾げながら言う。

 そしてすぐに切り替えたらしく、


「まぁ子爵の屋敷に戻ればまたすぐに会えるものね。さぁトリーナ、何が見たいかしら?」


 なんて楽しそうに笑った。


「お土産を買いたいです。」


 使用人の皆には王都でしか買えないお菓子を。

 騎士の二人には…酒か何かで良いか。

 長男様と次男様は…

 なんてぶつぶつ呟いていたら、煌びやか令嬢がクスクスと笑い出す。


「人の為の物ばかりね。」


 とのこと。


「言われてみればそうですね。」


 折角王都に来たんだし、自分の分も何か考えてみようか。


「トリーナらしいと言えばらしいのだけど。トリーナは食べ物を買う予定のようだから、先に私のお土産を買いに行っても良いかしら?」


 お菓子を先に買ったら荷物になるでしょう?とのことだった。


「はい。クライスお嬢様は何を買うんですか?」


 歩き出した煌びやか令嬢から離れないように、私も歩き出す。


「私はアクセサリーにしようと思っているの。」


 煌びやか令嬢が買うアクセサリーってことは…私には買えない値段のものなんだろうな…。

 私が付いていっても大丈夫なんだろうか…


「…そんな顔しなくても大丈夫よ、高級アクセサリーショップに行くわけじゃないわ。」


 読まれてた。


「私に買えそうなものもありますかね…」


「あるんじゃないかしら?」


 煌びやか令嬢はそう言うが、彼女の安いと私の安いは同じじゃなさそうだから期待せずに付いて行くことにしよう。



「ね?」


 店に入るなり手近な商品の値段を私に見せ付けてそう言う煌びやか令嬢。


「…私にも買えますね。」


 思ったよりお安かったのである。

 これなら私にも買えるし王都記念にもなりそうだ。


「…他の令嬢達に言えばバカにされるから普段は秘密にしているんだけど、私、この店のアクセサリーが大好きなの。」


 と、煌びやか令嬢は寂しそうに呟く。


「こんなに可愛いのに、何でバカにされるんですか?」


「公爵令嬢ともあろうものが安物のアクセサリーを持っているなんて知られたらバカにされるわよ。…こんなに可愛いのに。」


「その令嬢達は見る目が無いんでしょうね。」


 確かにお高い本物の宝石に比べれば輝きは劣るが、しっかり宝石も付いている。小さいけど。

 しかし凝った意匠は可愛らしいし、むしろゴテゴテしてる高いアクセサリーより可愛いんじゃないかな、と思う。

 私が見れば、だけど。


「トリーナをここに連れてきて良かったわ。…じゃあ私は選んでくるから、後で合流しましょう。」


 そう言った煌びやか令嬢はそそくさとその場を去って行った。

 …私も何か買おうかな。

 チェーンの部分が蔦デザインでトップが花と蝶のモチーフになっているネックレスや、はめたら猫が巻き付いているように見える指輪や、とにかくどれも凝っていて可愛いのだ。

 一つに絞るのは難しいなぁ…。


 なんて、ぼんやり考えながらゆっくりと店内を回っていると、男物のアクセサリーが並んでいるスペースに辿り着いた。

 そこで目に入ったのはブレスレット。

 ちょっとゴツめの銀のブレスレットで、ターコイズのような青い石が付いている。


「あら、それは伯爵には似合わないんじゃない?」


 不意に背後から声を掛けられた。もちろん声を掛けてきたのは煌びやか令嬢だ。

 他のところを見ていると思っていたのに。


「あ、いや、そんなつもりでは、」


 そんなつもりで見ていたわけじゃないんだけど、と言いたかったのだが、煌びやか令嬢がそのブレスレットを手にとって真剣な顔をしているので言葉を詰まらせてしまった。


「…これはもしかして、あの騎士に?」


「え?」


 言われてみれば銀と青だから…青い騎士さんに似合いそうな気がする。

 そのせいでこのアクセサリーが目に留まったなんて…そんなはずはない。多分。


「買っていってあげたら…喜ぶでしょうね?」


 煌びやか令嬢はそう言って真剣に見ていたブレスレットを私に持たせた。

 それをそーっと元の場所に戻そうとすると、首を傾げて怪訝そうな顔をする煌びやか令嬢。

 私がもう一度ブレスレットを手に取ると、うんうんと頷く。

 …買えって言いたいのか。


「いや、」


「それじゃあこっちの赤い石が付いた方を伯爵に贈る?」


 え?


「贈りませんけど。」


「ねぇトリーナ、貴女、本当は伯爵と騎士のどっちが好きなの?」


 そう言った煌びやか令嬢の顔は、とても真剣なものだった。

 いつもこの話をする時は、恋愛小説を読んでいるような、夢見る乙女のような顔をするのに、今日は何故か真剣そのものだ。


「どっちって…」


「本当は…騎士の方が好きなんじゃなくて?」


 と、煌びやか令嬢は首を傾げる。


「そ、そんな風に…見えますか?」


 なんとなく、そう問い掛けてみると、煌びやか令嬢はその場で固まってしまった。

 何かを考えているらしい。

 暫くそのまま動かなかったのだが、意を決したように口を開く。


「…そうね。私、最初は騎士がトリーナを想っていて、トリーナは伯爵を想っていて、伯爵の想いは見えない、そんな風に思ってたの。」


 煌びやか令嬢は、その手に持っていた自分用に買おうとしていると思われるアクセサリーをちゃりちゃりと弄びながら言う。


「でも夜会の時、トリーナと伯爵を見て違和感を覚えた。」


「…違和感、ですか?」


 私は一体何を失敗してしまったんだろう。


「トリーナとあの伯爵、なんだか兄弟みたいに見えたのよ。」


 それって私が弟ですかね、やっぱり。

 そう尋ねたい気持ちもあったのだが、今そんな事言ってる場合ではないな。


「えーっと…」


 どうにかして誤魔化さなければ。


「気を悪くしたのなら…ごめんなさい、でも、」


「い、いえ、大丈夫です。大丈夫なんですが…最近ちょっと自分でも解らなくて。」


 煌びやか令嬢の口から『ごめんなさい』なんて言葉が出るなんて思わなかったので軽く動揺したが、何とか持ち直した。


「解らない?自分の気持ちが?」


 そんな煌びやか令嬢の言葉に、こくりと頷く。

 女好き公爵から逃れるため、煌びやか令嬢の家の力を借りるため、私は嘘を吐いた。

 私は赤松の事が好きなんだ、と。

 だけど、私はアイツの事を恋愛対象として見ていない。

 だからきっと兄弟に見えたんだろう。

 実質それに近い関係であると自分でも思っているし。


「自分の事なのに、全然解らないんですよね。」


 そう言って苦笑を零すと、


「…そうよね、恋心って難しいわよね。」


 うーん、と呻りだす煌びやか令嬢。


「最近じゃ私は本当に恋をしてるのか、それすらも解らない…」


 こうやって、男物のブレスレットを、しかも青い騎士さんを連想させるような色使いのものをじっと眺めていた自分が何を考えていたのかも解らない。


「恋って難しいわね。」


 煌びやか令嬢は愁いを帯びた表情で大きな溜め息を吐いた。


「難しいですねー…」


「ただ、一つだけ解ることがあるとすれば、あの騎士はトリーナのことが大好きってことね。」


「…えーっと。」


 確かに、解りやすい…かもしれません…ね?


「あともう一つ。きっとこのアクセサリーを贈ると、とても喜ぶでしょうね。」


「…喜んでくれますかねぇ。」


 喜んでくれるような気はするけど、変な勘違いをされそうな気もするっていうか。

 青い騎士さんの謎行動はたまに予想の斜め上を行くからな、正直何が起きるか解らない。


「今すぐ渡さないにしても買っておきなさいな。」


 と、煌びやか令嬢がとても楽しそうに言った。

 さっきまでの真剣そうな顔はどこに行ったんだ。


「ほらほら決まり!そろそろ次の店へ行かないとお菓子を買いそびれるわ!」


 そう言いながら、煌びやか令嬢は私の手にさっきのターコイズのブレスレットをギュッと握らせて背中をぐいぐい押してくる。

 買うこと決定してるんですか、これ。


「買うだけ…買うだけよ。うん。」


 自分にそう言い聞かせながら、背中を押されるがままに歩き出した。


「そうだわトリーナ、自分用には何か買うの?」


 突如くるりと振り返る煌びやか令嬢。


「えーっと…私は…やめておこうかと。」


 正直さっきのターコイズのブレスレットを買ってしまうと予算オーバーしてしまう気がするんだよね。

 青い騎士さん用には酒を買う予定だし。

 このブレスレットを渡すかどうかわかんないから、酒を買わないとお土産無しになってしまうことになる。

 一人だけお土産無しなんてことにしたら可哀想だし。


「買わないの?」


 きょとんとしながら首を傾げる煌びやか令嬢に対して、こくりと頷いて見せる。


「クライスお嬢様は何を買うんですか?」


 そう尋ねると、煌びやか令嬢は手に持っていたものを見せてくれた。

 ネックレスが二つ、指輪、ピアス、ブレスレットを一つずつ持っている。

 正直もっと沢山買うのかと思っていたのでちょっと拍子抜けだった。

 煌びやか令嬢ほどのお金持ちなら『このケースの中の物全部頂くわ』とか言い出すんじゃないかと思ってたし。


「な、なにかおかしいかしら?」


 私が手元をじっと見ていたからか、煌びやか令嬢がそわそわし始めた。


「あぁ、いえ、正直もっと沢山買うのかなぁと思っていたので。」


 素直にそう言うと、


「そ、それはほら、確かにもっと欲しいと思ってるのよ?でも、買い過ぎるのも良くないと思うし…。だから一日四つか五つまでって決めているのよ。」


 ほんのり頬を染めながら言われた。

 今の煌びやか令嬢が今日一番可愛いです。


「そのわりにネックレスは色違いで買うんですね。」


 そう、ネックレスだけ同じデザインの物を色違いで二つ持っていたのだ。

 数を決めているなら別のデザインの物にすれば良いのに。


「あ…それね。…トリーナ、私とお揃いのアクセサリーは嫌かしら?」


「ん?」


 それってもしかして、色違いのネックレスの片方を私にってこと?


「初めて一緒にお買い物に来たから、記念になればって思ったのだけど…」


 ホントにもうどうしよう、煌びやか令嬢が一番可愛い!


「じゃあそれ私が自分で買いますよ!」


「ダメよ!私が見付けたんだから私が買ってトリーナに贈るの!」


 そんな煌びやか令嬢のせいで、この日買ったブレスレットの存在を暫く忘れる私なのだった。





 

可愛い公爵令嬢と忘れられる青騎士。

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