公爵家主催の夜会3
壁際で赤松と喋っていると、とても良い笑顔で煌びやか令嬢が近付いてきた。
それはもうにっこりと笑っている。
だがしかし、目が笑っていない。
恐ろしい程に目が笑っていない。
そんな彼女は一度チラリと赤松を見て、すぐに私の方を見た。
「お邪魔かしら?」
という煌びやか令嬢の問いに、
「そんなことありません!」
と、全力で首を横に振って見せる。
「そう。それじゃあ少し三人でお話しませんこと?」
そう言って首を傾げる煌びやか令嬢。
首を傾げながらだし、完全に疑問符が付いているのだが、拒否権は無さそうだ。
「は、はい。」
私はこくこくと頷いた。
チラリと赤松の方を伺えば、奴も頷いていた。
しかし煌びやか令嬢、赤松、私の三人なんて妙な組み合わせで何を話すつもりなんだろうか。
にこにこしてるように見えるけど、どう見ても怒ってるんだよな、煌びやか令嬢。
もしかして煌びやか令嬢を放ったまま赤松と喋っていたから嫉妬でもしたのか…
いや、でも煌びやか令嬢は私が赤松の事を好きだと思っているわけだから嫉妬なんてしないだろうし、何なら遠くからニヤニヤしながら観察するくらいのことをしそうな気がする。
嫉妬説は薄いな。
だとしたら…
「二人ともお座りなさいな。」
煌びやか令嬢に連れてこられたのは、会場の隅の方に置いてあった丸いテーブルだった。
座ってじっくりお話するつもりらしい。
主催者の娘である煌びやか令嬢がこんなに隅っこの席に居て良いのかという疑問は消えないが、今は彼女の話を聞かなければならないんだろう。
機嫌を損ねられたら結構大変だし。
勧められた椅子に速やかに座ると、赤松も同じように座っている。
その顔を見てみれば、いつもの仏頂面で感情は読めない。
ただ、若干戸惑いは見えるような気がした。
「さてトリーナ。さっき貴女に酷いことを言ったのはどこのどなたかしら?」
「…は、はい?」
煌びやか令嬢の言葉があまりにも唐突だったので、私は彼女の言いたいことが理解出来なかった。
私に酷い事を言った…?
何のことだっけ、と首を傾げそうになった直前、赤松がふと小さく笑った。
「あらキーファー伯爵、どうなさったの?」
赤松の小さな笑いを目敏く捕らえた煌びやか令嬢は、高圧的な笑顔で赤松を見ながらそう問い掛ける。
しかし赤松はその問い掛けを一度スルーした。
そして、近くに居た使用人に声を掛ける。
「紙とペンを。」
とのこと。
何故紙とペンを?と赤松の方を見ていると、奴は私をチラリと見て笑った。
何の笑いなのかさっぱり解らん。
暫く三人とも黙り込んでいると、さっき赤松に紙とペンを頼まれていた使用人が戻って来た。
そしてそれを受け取った赤松は、さらさらと何かを書き始める。
何を書いているのだろう、とそれを覗き込めば、どうも人の名前らしい。
人の名前?
煌びやか令嬢の問い掛けは、私に酷い事を言ったのは誰だ、というもので…
「言うたやろ?いらん事した奴は碌な目に遭わへんって。」
赤松が小さく呟いた。
あぁ、なるほど。
私に酷い事を言った奴ってのは、さっき噂話と称して悪口言ってた奴のことか。
旦那様や長男様達に対してごちゃごちゃ言ってた事の方が印象強かったから理解が遅れたが、やっと解った。
「…聞いていたんですか?」
赤松の手元から視線を外し、煌びやか令嬢の方を見て問い掛けた。
すると、煌びやか令嬢は相変わらずにっこりと笑って頷く。
「半分は確実に聞いていたわ。わたくしが聞けなかった部分は全てわたくしの侍女がしっかりと聞いているから安心なさい。」
…何を安心しろと言うのだろう?
不安しか感じないけどな。主に噂話に興じていた人達の末路に対して。
まぁ知らん人達だし旦那様達の悪口を言っていたからどうなったって興味ないんだけど…。
「公爵令嬢、これで全員です。」
名前を書き終えた赤松は、その紙を煌びやか令嬢に渡していた。
その顔を伺えば、ほんのりと笑っている。
元が凶悪面だから何かを企んでいそうな笑顔になってるぞ赤松…。
「ありがとう。助かるわ。良かったわねトリーナ。キーファー伯爵が協力してくれて。」
そう言った煌びやか令嬢はにこにこと笑った。
今度は目も笑っている。本心からの笑顔だ。
「え、あ、あぁ、はい。…ところでその人達、どうするおつもりで?」
恐る恐る問い掛けてみると、
「そうねぇ、この者達に何かしてほしい事はある?被害者はトリーナなのだから、貴女の言う通りにも出来るのよ?」
なんて恐ろしい言葉が返ってきた。
赤松の言う通り碌な目に遭わないんだ、きっと。
「いえ、私は別に…」
そもそも被害者は私っていうかどっちかと言えば旦那様達じゃないかと思うんだけど。
だから旦那様達に謝って欲しいと思う気持ちはあるが、そうするとあの下衆達がぺらぺら喋っていた噂話が本人の耳に入ることになるし、それは本意ではない。
「そう。じゃあわたくしにお任せなさいな。」
煌びやか令嬢はそう言うと、うふふ、と楽しそうに笑った。
何と言いますか、下衆共終了のお知らせってやつですかね。
赤松もこっそり笑っているので本当に碌な目には遭わないのだろうな。
貴族って怖い。
暫くその場に留まり、三人でぽつぽつと会話をしていると、私の背後に人の気配があった。
何事だろうと振り返って見ると、そこにはキラキラした美形の男性が立っていた。
「初めまして、貴女がトリーナ嬢ですね?」
美形の男性はそう言った。煌びやか令嬢に声を掛けに来たのかと思ったが、どうやら私に声を掛けているらしい。
彼はふわふわの金髪に青い瞳というテンプレ的美形で、その目元は優しげに微笑んでいる。
キラキラしてるのは顔面だけではなく服もだった。
金糸銀糸がふんだんにあしらわれていて、文字通りキラキラしている。
しかし顔面が顔面なのでそれがくどくならず、とても似合っている。
年齢は大体20代後半といったところか。
…で、誰だ?
「はい、そうですが…」
私が返事をしたところで、煌びやか令嬢が口を開く。
「あら、パステーテ公爵。うちの楽師に何かご用かしら?」
公爵、だそうだ。
えーっと、煌びやか令嬢のお父様以外の公爵と言えば女好き公爵を思い浮かべるのだが、確か女好き公爵はもっと年取ってるって話だったはずで…
なんて考えていると、
「この公爵は比較的大人しい公爵だから大丈夫よ。害は無いわ。」
と、煌びやか令嬢が耳打ちで教えてくれる。
このキラキラ公爵は無害らしい。
公爵様が私に何の用だろう。
仕事の依頼だろうか?
とりあえず公爵様と解った以上座ったままで喋るわけにはいかないだろう。
キラキラ公爵は立ってるわけだし。
そう考えた私は立ち上がろうと椅子を動かした。
しかし、立ち上がることは出来なかった。何故ならキラキラ公爵が私の肩を押さえつけてきたから。
…え、何やってんのこの人。
「わたしはトリーナ嬢にお話があって来たのです。少しよろしいでしょうか?」
「構いませんが…」
そう答えながら、自分の肩に置かれたキラキラ公爵の手を見ていると、
「あぁ、申し訳ありません、逃げられてしまう気がしたので。」
と、苦笑を零された。
いや、逃げないから。
「私は逃げも隠れもしません。椅子をご用意します。」
そりゃあ相手が公爵となれば多少緊張はするが、そんな唐突に逃げたりしない。
まぁ話の内容次第じゃ逃げ出したくなることもあるけど。
目の前に居るキラキラ公爵がどことなく焦っているように見えなくもないので若干不安だが…こっちには煌びやか令嬢も居ることだし大丈夫だろう。
近くのテーブルから椅子を持ってきて、私の正面に座ってもらうことにした。
左隣には煌びやか令嬢、右隣には赤松が居るので何が起きてもきっと大丈夫だ。
「噂通りですね、トリーナ嬢。」
キラキラ公爵はにこりと笑って言う。
呼ばれ慣れていないのでトリーナ嬢っていう呼ばれ方が少しむず痒い…。
「噂…ですか?」
「トーン子爵家が捕まえた天使、ですよね。」
…あぁ、その噂消えたんじゃなかったの?
「パステーテ公爵、そのような雑談をしにきたわけではないのでしょう?」
と、煌びやか令嬢が言った。
すると、キラキラ公爵は小さな声でそうでした、と呟き咳払いをする。
本題に入るのだろう。
「トリーナ嬢が開いているという講習について尋ねたいことがあるのです。」
キラキラ公爵の表情が、にこにことした笑顔から、少し苦笑交じりの笑顔に変わる。
その表情の意味は解らなかったが、講習関連の話なら大人しく聞かなければ。
「はい。」
「令嬢しか参加出来ないというのは本当でしょうか?」
…何だろう、この人も参加したいということだろうか?
それだったら確実に無理なんだけど。
「そうですね。令嬢向けの講習ですので。」
申し訳ありませんが、という意味を含めて頷く。
「その…わたしの妻が講習に参加したいと言っていまして…」
あぁ、この人じゃなくてこの人の奥さんね。
奥さんってことは公爵夫人だから、ご夫人ならご夫人向けの講習がある。
「奥様なら、ご夫人向けの講習が、」
「それはトリーナ嬢が開かれるものでしょうか?」
「え、いえ、私ではなく、」
「それでは意味が無いのです!」
噛み付かれそうな勢いで言われた。
「妻はトリーナ嬢の歌が聞きたいと言っているのです。」
公爵夫人ってのは我侭夫人なんだろうか?
なんてこっそり首を傾げていると、黙っていた煌びやか令嬢が口を開く。
「確か公爵夫人は17歳だったわね。若い令嬢達の中で流行っているトリーナの歌を聞きたいと言う気持ちは解るわ。」
17歳!?思ったより若かったわ。
てっきりキラキラ公爵と同じくらいなんだと思ってた。
そうか、この世界では17歳で結婚するなんて案外普通だし、私の講習に参加出来ない10代女子ってのも結構いるのかもしれない。
「そうなんですクライス嬢。妻もやっとこの夜会で聞けると楽しみにしていたのですが風邪を引いてしまい…」
がっくりと肩を落とすキラキラ公爵。
私の演奏をそんなに楽しみにしてくれてた人が居るのか…。
しかし決まりは決まりだ、私の一存では何も決められない。
「それで、トリーナの講習に参加したい、と。でもトリーナの講習は令嬢向けだから…」
煌びやか令嬢がそう言いながら私を見る。
「…そうですね、今のところ参加は難しいかもしれません。」
「そこをなんとか…出来ませんか?」
縋るような目で私を見るキラキラ公爵。
っていうか公爵なんだから無理矢理参加させれば良いのにね。
目の前に居る煌びやか令嬢だって無理矢理私の事連れて行こうとしたんだし、キラキラ公爵にだって結構何でも出来そうな気がするんだけど。
そもそも私に対して敬語使ってるし。
もっと偉そうにしても大丈夫だと思う。
…目の前に居る煌びやか令嬢のように。
あ、気弱すぎて奥さんの尻に敷かれてるのかな?
「しかし公爵夫人は駄目なものに無理矢理参加したがるような我侭娘だったかしら?」
と、煌びやか令嬢。私と似たような事を考えていたらしい。
「いえ、妻は諦めているんです。…わたしが諦めたくなくて。結婚してなければ聞きにいけたのに、と言われてしまったというのもありますし。」
キラキラ公爵は照れくさそうに頭を掻いた。
なんだろう、回りくどい惚気話を聞かされている気分だ。
妻の為に頑張りますって言ってるんだよね、この人。
「今日トリーナ嬢に会えると聞いたので、相談だけでもしてみようと思ったのです。」
「そうでしたか。しかし私の一存では何も決められないので、一度トーン子爵に相談してみます。」
私がそう告げると、キラキラ公爵は嬉しそうに笑った。
「しかし、ご夫婦での参加は確実に駄目だと思うので…」
「そこは問題ありません、妻には姉が居るので姉妹で参加させるつもりです。姉は婚約者の居る身ではありますが今のところ未婚ですし問題ありませんよね?」
あぁ、そこまで決めてんのね。
「はい。お姉様の方にはすぐにでも招待状を出せますね。しかしお二人で参加出来るようになってから招待状をお渡ししたほうがよろしいでしょうか?」
「はい、そうしてください!」
参加が決まったかのような笑顔で立ち上がるキラキラ公爵。
そしてそのまま颯爽とその場を去っていった。
…いや、連絡先とか教えてもらってないけど?
「…クライスお嬢様、あのパステーテ公爵とやらはおっちょこちょいなんでしょうか…」
「…そうみたいね。」
パステーテ公爵は先月書いた連載(残念な~)に名前だけ出てきてた人です。
だからその妻はミエーレで姉はメル。いつかリンクした番外編を書きたいですね。




