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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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公爵家主催の夜会2

 

 

 

 

 

 キラキラした空間で、大好きなピアノを演奏して、大好きな歌を歌って、拍手を浴びて、まさか私がこんなこと出来るなんて。


 そんな事を考えながら演奏を終え、聞いてくれた貴族の皆様へ深く頭を下げる。


 そこまでは良かった。

 そこまではとても良かったんだけど。


 出番も終わったので、私は壁際へと下がった。

 王子様系男子は次の仕事の準備があるので、と足早に去っていった。

 去り際、また一緒に演奏しましょうと約束して。


 基本的には煌びやか令嬢の側に居る予定ではあるのだが、彼女は今よその貴族様方と歓談している。歓談と言うか、まぁ付き合いで無理矢理喋っているようにしか見えないが…。

 とは言えあれが彼女の仕事なので、私はそれを邪魔してはならない。

 そんなわけで目立ちにくい壁際へと下がった。


 お飲み物をどうぞ、なんて声を掛けられたので遠慮なくグラスを受け取りそれを飲んでいると、近くに居た貴族様方の声が聞こえてきた。


「あの方が噂の楽師ね。」


 完全に私の方を向いているので私の話をしている確率が高い。

 そもそも私の周囲に他の楽師も居なさそうだし、高確率で私の事だな。

 そんな彼等と目が合うと気まずそうな気がするので、私はこっそり俯いた。

 気付いてませんよ、聞こえてませんよ。という素振りを見せながら。


「そうだそうだ天使だと言われていた子だ。」


 あぁ、また天使の件か。

 …と、思ったが、今聴いた言葉は確実に過去形になってたな。

 例の天使の噂消えかけてる?消えてくれたら良いんだけど。


「ベルク公爵家の楽師とトーン子爵家の講師を兼任しているんだろう?」


 別に私に質問してくるわけでもないのに聞こえるように喋るのは何を意図しているんだろう?

 聞こえてないと思ってるのか、わざと聞こえるように言っているのか…


「違うわよ、公爵家の楽師と子爵家の使用人を兼任しているのよ。」


 クスクスという笑い声が聞こえ始めた。

 これはきっとわざと聞こえるように言ってるな。

 こんな人達にそっくりな人達をどこかで見たことがある。

 どこか、というか学校だ。

 クラスに居たよね、わざと聞こえるように噂話する奴。

 大体性格の悪い女子が群がってそういうことやるって相場が決まってるんだけど、声を聞いている限りここでは男女入り乱れてそんな行動に出るらしい。


「使用人と楽師の兼任だなんて、余程お金に困っているのね。可哀想だわぁ。」


 うわー凄いあからさまな嫌がらせだ!

 可哀想だわとか言いながら笑ってるんだもん。

 可哀想だなんてちっとも思ってないだろう。


「元々は孤児だそうだ、そりゃあお金にも困っていることだろう。はっはっは、可哀想に可哀想に。」


 彼等を見ないようにしているのでどんな奴が喋っているのかはわからないのだが、今の発言は絶対太った汚い貴族だ。

 声が汚いからな。

 しかし腹立たしい。別に金には困ってねぇよ。

 巻き込まれ体質を拗らせて今みたいな兼任状態になってるだけで金には困ってねぇんだよ。

 声を大にしてそう言いたいところだが、相手も場所も悪い。

 相手は貴族だし、場所はお世話になっている公爵家が主催する夜会の会場だ。

 こんなところで問題を起こすべきではない。


 そう思った私は必死で俯いていた。

 だって、顔見たら絶対イライラが爆発してしまうから。


「しかしトーン子爵家は息子が二人とも使いものにならないと聞いたぞ?」


 ヤバい、奴等の話題が長男様達の件に移ってしまう…


「あぁ、二人とも外にも出ないそうだからな、衰退…もう没落するしかないだろうなぁ。だからトーン子爵は副業に手を出して無駄に金を稼いでいるのだろうよ。必死でな。」


 ははは、という不快な笑い声が聞こえる。

 というか、これは噂というより単なる悪口なんじゃないだろうか?

 自分が何かを言われるだけなら耐えられるが、大切な人をこうも貶されるとダメだ、我慢していられる気がしない。

 私は誰にも見られないようにしっかりと俯いて唇を噛み締めた。


「子爵家が没落すれば公爵家の楽師だけになってしまうな。…まぁ、多少小柄過ぎるが見た目が悪いわけではないし妾や愛人や、次はその辺を狙うんだろう?」


「案外既に子爵の愛人だったりするんじゃないか?」


 また、ははは、と下衆共の笑い声が響いた。

 何が楽しいってんだよ。

 貴族とはこんなに酷い生き物だったのか。

 っつーか旦那様はそんな人じゃねえっつーの!

 我慢出来なくなった私は思いっ切り顔を上げた。

 何も言わないにしても、睨みつけるくらい良いだろう、なんて思いながら。


 だけど、睨みつけることは出来なかった。


「あ。」


 睨みつける前に赤松と目が合ったから。

 変な顔をしている赤松と。

 何か苛立ったような、憐れむような、複雑な顔をしている。

 今の貴族達の噂話を聞いていたのだろうか?

 そんな事を考えているうちに、赤松は私の目の前まで歩いて来ていた。

 コイツは私より30cm前後デカいわけだから、目の前に立たれるとさっきまでゲラゲラ笑っていた下衆共の顔が拝めないのだが。

 そして睨みつけられないのだが。


「ここで問題起こしたらあかん事くらい解っとるやろな?」


 あぁ、お見通しでしたか。

 赤松の声はとても小さなものだったので、下衆共には聞こえなかっただろう。


「…はい、もちろん。」


 そんな私の声も当然聞こえなかったはずだ。


 赤松がやってきた事で、噂話と言う名の悪口に興じていた下衆共の声は止んだ。

 しかし、それも一瞬の事で。


「あら、あれはキーファー伯爵じゃない。」


 誰かのその言葉で、また噂話が始まってしまった。

 今度の矛先は赤松に向いたらしい。


「あの方も相当お金を稼いでいるそうじゃない?」


 ふと赤松の顔を見上げると、小さく首を横に振られた。

 気にするな、と言いたいのだろう。


「あらあら、子爵家がダメになりそうだからって伯爵家に乗り換えようとしているんじゃない?」


 次から次によくもまぁそんな妙な考えが浮かんでくるものだな。


「お前が問題起こす前に離れるで。」


 と、赤松は明らかに『お前が』の部分を強調して言った。

 自分は我慢出来るとでも言うのか。

 私だって頑張れば我慢くらい出来るっての。

 しかし、確かにこの場に留まるのは気分も悪いし、その我慢が限界を迎えて文句を言いたくなってしまいそうな気がするので、ここは赤松の言葉に従う事にした。


「おやおや、もう既に愛人だったりしてな?伯爵も仕事の方はやり手らしいがあの若さだ、ちょっと色仕掛けでもすりゃあ愛人の座…いやぁ伯爵夫人の座だってころっと手に入るだろう!」


 はっはっは!と、下衆の笑い声が一際大きく上がった。


「元孤児だというのだから、どこで技を身に付けているかわからんからな。あんな若造なんぞ簡単に落とせるな!」


 ホント、最低だなコイツ等。

 私は溜め息を噛み殺しながら赤松の背を追った。

 っていうか色仕掛けなんかしなくても伯爵夫人になれるきっかけはあったんだけどな。

 それを蹴った話が噂で広がればあんな事言われずに…いや、それはそれでまた面倒か。

 どっちに転んでも面倒な事が起きるんだから、この巻き込まれ体質は…



 私達はさっきの下衆共から一番離れた壁際に辿り着き、そこで立ち止まってやっと落ち着いた。


「言うとくけど、俺はお前の色仕掛けじゃ落ちひんからな。」


 とのこと。


「解ってるわよ。っつーかアンタ相手に色仕掛けなんて気持ち悪くてやってらんねぇわ。」


 どう考えても気持ち悪い方向にしか転ばないだろう、そんなもの。

 私達は揃って大きな溜め息を零した。

 それから暫くはお互い口を開く事無く会場内をぼんやりと眺めたり喧騒を聞き流したりしていた。


「…しかし、夜会って普段からあんな感じの奴が湧いてるの?」


 不快で仕方無いんだけど、とぽつりと呟けば、もう一度赤松の溜め息が聞こえる。


「せやなぁ、会にも人にもよるけどな。」


 そう言って、何かを考え込む赤松。

 夜会が始まる前、煌びやか令嬢も噂の話をしていたからなぁ。

 一応ある程度は覚悟していたのだが、あそこまで下衆だとは思わなかった。

 アイツ等結局金の話か下ネタしか言ってないからな。

 マジ下衆の極み。


「さっきの貴族は全部下級貴族でな、あんまり金もないし、かといって稼ごうとするわけでもないし、とりあえず領民から取り上げる事しか考えてないような奴等ばっかりや。」


 簡単に言えばクズや、クズ。と小さく呟く赤松。


「あの人達の事知ってたの?」


 と、私が首を傾げると、


「あんまりにも下級やったらさすがに覚えてへんけど、ある程度の情報は頭に入れてんで。」


 赤松はそう言った。

 …赤松のくせに結構しっかりしてるのね。

 私が黙ってぼんやりしていると、赤松は言葉を続ける。


「さっきみたいな奴等は俺等にとっては敵にしかならんからな。」


「…俺等って?」


 そう言って赤松の顔を見ながら首を傾げると、


「俺やお前やA達…まぁ俺の近辺に居る奴等や。普段は自分が贅沢する事に関してしか頭使わへんくせに、たまに厄介な事してくるからな。」


 と言う赤松。


「厄介…」


 厄介と言えば、


「ほら、この前屋台街に文句つけてきた奴が居ったやろ?葉鳥のこと人質にしようとしたアレや。」


 だろうな。居た居たそんな奴。

 アイツは結局私を人質にしようとして失敗、屋台街で赤松、A、Bを襲撃しようとしたんだもんな。

 元は赤松の敵だったんだろうけど、結果的には私達全員の敵になったのか、アイツ。


「私、こっちの世界でアンタと初めて会った時に自分が孤児でアンタが貴族なんて腑に落ちないって言ったけど、今はこれで良かったと思うわ。」


 貴族になんて生まれなくて良かった。

 凄い面倒臭そうじゃん。


「貴族なんて妬み嫉み渦巻く世界やからな。葉鳥みたいにすぐ暴走するやつは長生き出来ひんやろな。」


「そんなにすぐ暴走なんてしないから!」


 失敬な!と反論する。

 さっきだって暴走せずに我慢していたじゃないか。


「さっきは完全に爆発寸前の顔しとったやろ。あそこで一人でも睨んでみ?もっと面倒な事になっとったと思うで。」


 …そう言われてしまえばぐうの音も出ないわよね。

 睨もうとはしていたからね。


「…だってアイツ等、旦那様や長男様達の悪口言ってたんだもん。」


 消え入りそうな声で零せば、


「そこが葉鳥のええとこなんやとは思うけどな。せやけど自分で自分の首絞めることになり兼ねんからな…虫の羽音程度やと思ってスルーせんと。言いたい奴には言わせとけばええねん。」


 赤松はそう言って苦笑した。


「何?そこってどこ?私の良いとこってどのへん?」


 赤松が褒めてくれるの?なんてニヤリと笑いながら首を傾げて見せると、


「他人の為にキレるとこや。まぁカルシウム不足とも言うけどな。牛乳飲め牛乳。このチビめ。」


 なんて、物凄い早口で言われた。

 しかも照れながら言えば可愛いものを、般若のような形相で言うもんだから若干イラっとする。

 般若顔で照れるなんて、可愛げの無いシャイボーイだよまったく。


「…何もそこまで言わなくても良いじゃない。」


 っていうかチビってのは失礼だよな。この世界の人達の平均身長が高いだけであって日本で言えばまだギリギリ平均身長内なんだからな。私だって。

 そもそも今更牛乳飲んだって無駄なのよ。

 成長止まってんだから…!


「…俺が言いたいんはそう言う事や無くてな、あの手の妙な噂立てる奴等は後々酷い目に遭う。しっぺ返しがくんねん。」


「しっぺ返しねぇ…」


 私がそう零した声を聞いた赤松がふと笑う。


「俺に殺された事になっとる貴族の話、覚えとるか?」


 確か、領民から税金取りまくった挙句領民に殺された奴、だったっけ?と思いながら頷くと、


「そいつもアイツ等の仲間やったんやで。他所の家の事、ある事無い事噂立てて、結局最後は…。まぁ、あの手の奴等は碌な死に方せえへんよ。」


 そう、どこか遠い目をしながら言った。

 赤松は私の知らないところで色んなものを見て来たんだろうな。


 ホントに、貴族として生まれてこなくて良かったわ。





 

新ジャンル照れ松。

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