公爵家主催の夜会
夜会が始まる前、煌びやか令嬢と私に与えられた控え室に居た時のこと。
煌びやか令嬢が唐突に言った。
「そういえば、トーン子爵家の兄弟を見たのは久しぶりだったわね。」
と。
ちなみに彼女が長男様と次男様を見たのは出発直前のことであり、出発直前とは昨日の事である。
私と煌びやか令嬢は同じ馬車に乗って来たし、同じ場所に泊まったし、結構長い時間一緒に居たのだが、何故今話し出したのか。
非常に気になるところである。
…まぁ元々気まぐれな人だからな。
「最近まで部屋から殆ど出てきませんでしたからね。」
私がそう返事をすれば、
「そうよね。滅多に姿を現さないと噂で聞いていたもの。それに、トリーナに会う為に頻繁にあの屋敷に行っているというのに、今まで見たことも無かったわ。」
と、うんうんと頷きながら言う煌びやか令嬢。
「噂、ですか?」
「そう、噂。お金を持った貴族が妬み嫉みの対象になりやすいのはトリーナでも解るでしょう?」
そう言われたので、私はこくこくと頷いてみせる。
「それで皆面白がって不名誉な噂を流し始めるのだけど…、子爵家にまつわる噂は確かあの兄弟についてだったわ。殻に篭って出て来ない兄弟ではあの子爵家は終りだ、とね。」
それは不名誉というかまぁほぼ事実だった気もするんだけど…。
「今後はもう少し外に出てもらって、汚名返上していただきたいものですね。」
ふふ、と笑いながらそう呟けば、煌びやか令嬢は私を見ながら口を開く。
「あの兄弟が外に出てくるようになったのは、トリーナが何かしたからなのかしら?」
「特に何かしたわけではないんですけど、まぁ軽いきっかけ作りは手伝ったかなぁってとこです。」
仲直り計画立てたけど、半分以上計画通りには進まなかったしなぁ。なんて思いながら煌びやか令嬢の言葉に相槌を打つ。
「トリーナが来てから、あの子爵家は良いことばかりね。」
と言いながら笑う煌びやか令嬢。
しかし何か気に入らないらしくすぐに浮かない表情へと変わる。
「…いや、私が厄介ごとばかり持ち込むので良いことばかりとは言えないんですけど。」
ちなみに厄介ごとの半分程が煌びやか令嬢絡みだということは言わずともお解かりいただけるだろう。彼女以外の方は。
「トリーナのピアノ講習で令嬢達も集まるようになるし、兄弟揃って外に出てくるようになるし…」
そんだけじゃん。そんだけじゃん!
「それは別に私じゃなくても…」
「私も!…私も、トリーナと一緒に居たら何か良いことがおこるかしら?」
…と、言いますと?
これは遠回しに一緒に居てくれって言ってるのかな?
「解りません。解らないので、一緒に居ましょうか。」
そう言って微笑んでみせると、煌びやか令嬢はふわりと嬉しそうに笑った。
まったく、解りやすいなぁ煌びやか令嬢は。
彼女は寂しく過した日々が長かったからか、こうして時々何かを確かめようとする素振りを見せるようだった。
多分、私が煌びやか令嬢を嫌っていないかとか、離れていくことはないかとか。
私が煌びやか令嬢以外の人と仲良くしていることを知ると毎度こんなやりとりが発生する。
だけど可愛いから許しちゃうのよね、多少面倒臭くても。
きっとこの関係は彼女がどこかへ嫁に行くまで続くんだろう。
「それにしても、あの兄弟が外に出るようになったのなら今日の夜会に招待すれば良かったかしら?」
と、煌びやか令嬢は言う。
「あ、あぁ…」
招待しなくて正解だったんじゃないかな?絶対厄介な事が起きる気がするし。主に私が巻き込まれる形で。
内心そんな事を考えながらも微笑みあっていたら、控え室のドアが叩かれた。
夜会まではまだ時間があると言っていたはずだが、もう時間が来てしまったのだろうか?と、首を傾げていると、煌びやか令嬢の侍女さんがドアを開ける。
すると、ドアの向こうに見知った顔が見えた。
「トリーさん!」
王子様系男子だ。リリの彼氏の王子様系男子だ。
なんだかちょっと見ないうちに王子様度が上がっている気がする。
前々からキラッキラしていたが、なんだろう…あ、服装が前以上にキラッキラしてるんだ。
ということは、忙しくなって金が入るようになりやがったんだな、王子様系男子め。
と、私がそんな事を考えている間に、煌びやか令嬢の侍女さんは私達が座っていたソファの正面に王子様系男子を座らせていた。
「久しぶりですね。どうしてここに?」
私がそう問い掛けると、王子様系男子はキラッキラな笑顔で煌びやか令嬢に挨拶をした後、
「公爵様から、トリーさんと一緒に演奏してほしいと依頼が来ました!」
と、にこやかに言った。
彼は未だに依頼さえあれば飛び回る生活を続けているらしい。
リリとの結婚はどうなったのかと尋ねれば、結婚資金を稼いでいる段階ですから!と惚気話が飛び出してきた。
今のところ両親以外の障害物が無さそうでなによりですけど。
「一緒に演奏するとなると、次男様の誕生会で演奏したものと同じもので良いんですか?」
というかそれ以外二人で演奏出来る曲なんて無いんだけど。
「そうですね、僕の参加が急遽決まったものなので打ち合わせ時間も練習時間もなくて…」
と、申し訳無さそうに言う王子様系男子。
彼が申し訳無さそうにしている理由は、彼が多忙だったために今回の参加決定が遅れたからだそうだ。
「あなたもトリーナと一緒に居たから良いことがあったのね、きっと!」
煌びやか令嬢が突如口を開いた。
そのことまだ考えてたんだな。
「そうかもしれません!トリーさんと演奏してからというもの仕事の依頼が止まりませんから!」
と、王子様系男子が続く。
それを聞いた煌びやか令嬢はキラキラした目で王子様系男子を見ている。
「さっきも話していたのよ、トーン子爵家はトリーナが来てから良いことばかり起きているわね、って。」
「そうなんですか?」
煌びやか令嬢と王子様系男子がキラキラしすぎていて眩しいわけですが、私は会話に入れないのでそれをぼんやりと見ていることしか出来ない。
「ほら、トリーナが来てから令嬢向けの講習が増えたでしょ、そして最近はあの部屋から一歩も出ないと噂されていた兄弟が二人揃って外に出てきていたのよ!」
という煌びやか令嬢の力説。
「本当ですか!?オルゲル様は全く出て来ない上にとても暴力的だという話を聞いたのですが…」
と、王子様系男子。
恐らくリリに聞いたんだろう。
「暴力的なところは今のところ変わってませんけどね。」
小さな声で口を挟めば、二人とも一度こちらを見る。
…しかし。
「それでもやっぱりトリーナのお陰で良いことがあったのには変わりないもの。トリーナは本当に天使だったのよ!」
「天使です!」
…この二人は根本的に似ているのかもしれない。
急に意気投合しやがった。
「…あの、そんな事より演奏する曲決めませんか?」
現実に戻って来てください、と言えば、王子様系男子が用意していたらしい楽譜と歌詞をテーブルの上に出してくれる。
数少ない二人で演奏出来る曲からどれを演奏するか選ばなければ、
「全て演奏すれば良いじゃない?」
…え?
私と王子様系男子は一瞬固まった。
煌びやか令嬢の言葉が若干理解出来なかったために。
「私が許すわ。私の家が開催する夜会ですもの。遠慮せず全部演奏すれば良いと思うの。」
と、煌びやか令嬢は楽しそうに言うんだけど。
「でも二人で演奏出来る曲って七曲くらいありますよね?そんなに…」
「何を言っているのトリーナ!七曲なんて少ない方よ!私はもっと聞きたいというのに!」
…あ、煌びやか令嬢が聞きたいのね。なるほどね。
「確かに僕も七曲ではトリーさんの魅力を全て伝えきれないとは思っているんです!」
「そうでしょう!あなた、話がわかるようね!」
…最早何も言うまい。
二人が敵に見えてきたわ。
「それじゃあ後で公爵様に相談して決めましょう。」
溜め息を噛み殺しながら言えば、煌びやか令嬢は不服そうに私を見る。
「お父様は私の言う事なら何でも聞くんだから、相談なんてしなくても良いと思うのだけど。」
とのこと。
言われてみれば公爵様って煌びやか令嬢に激甘だったな。
ということは七曲確定か。
その後、公爵様に相談すれば、案の定煌びやか令嬢の意見を飲んだ公爵様。
やはり激甘だった。安定の激甘だった。
…まぁ、良いけど。私に拒否権なんて無いし。
そんな控え室でのやり取りの後、ついに夜会開始時間が迫ってきた。
私達は控え室を出て会場へと入る。
「…これは凄い。」
さすが王都で開かれる夜会…、先日の次男様の誕生会とは格が違う。
会場の広さも、集まった人の数も、その人々のキラキラ具合も、とにかく違う。
何故自分がここに居るのか解らない、と思ってしまうほど私は場違いだった。
服は煌びやか令嬢に貰った物だし、ヘアメイクは煌びやか令嬢付きの侍女さんにやってもらったものだから、ちょっと貴族っぽくはなってると思うんだけど、でも根本が私であり根っからの庶民だからな…。
「トリーナ、緊張しているの?」
ふと煌びやか令嬢に声を掛けられた。
控え室で話していたときとは違う、ピンと張った声だ。
「えっと、少し。」
緊張しているというかビビってるというか…。
「わたくしと一緒に居るのだから、堂々としていなさい。」
あぁ、やっぱり彼女は貴族なんだな。
いつもツンデレで可愛いなぁと思ってたけど、こうして見るとやっぱり同じ世界を生きる人ではないんだと思う。
本人に言ったら怒られそうだから黙っておくけど。
ビクビクしたりそわそわしたりしないようにと心がけ、会場内を見渡してみると、そこに見知った顔を発見した。
赤松だ。赤松が居る。
いつもより貴族らしいキラキラした服を着た赤松がいる。
それに気付いてしまった私は、今度は笑いを堪えるのに必死だった。
なんだろう、目付きは怖いけどどちらかと言えば小奇麗な顔をしているんだし、似合わないわけじゃないんだけど、何故か笑える。
そして偶然なのか避けられているのか解らないけど、赤松の周囲には女の子が全く居ない。
会場内を見れば綺麗なご令嬢達なんて沢山居るんだけど、アイツの周囲には全く居ない。
可哀想に、なんて思えば余計おかしくなってきて気を抜いたら笑いそうだった。
赤松はそんな私に気が付いたらしい。
こっちを見て、一瞬目を丸くした後、物凄い眼力で睨みつけてきたから。
おそらく自分でも自分の違和感に気付いているんだろう。
あまり長時間見てると本格的に笑い出しそうだったので、私は急いで赤松から視線を逸らした。
後で直接笑ってやった方が良いだろう。
そんな事をしていると、いつの間にか夜会が始まっていた。
そろそろ自分の出番が来るので、と煌びやか令嬢に告げて王子様系男子と合流する。
ちょっと見ない間に場慣れしたのか、以前ほどの緊張は無いらしい。
むしろ私よりリラックスしているように見える。
「いつかまたこうして一緒に演奏出来ると信じていたので、毎日練習していたんですよ。」
王子様系男子はそう言って微笑んだ。
「そうだったんですか、それはどうも。頑張りましょうね。」
私も負けじと微笑み返す。緊張している素振りは見せたくないから。
「はい、楽しみましょう!」
「…初めて一緒に演奏した時はアホみたいに緊張してたのに。」
なんて私が呟けば、王子様系男子は顔を真っ赤にして、
「あれは忘れてください!」
と、叫ぶように言う。
あれは触れられたくない過去なんだな。やっぱり。
直前までそんなやり取りをしていたのだが、演奏が始まれば私も王子様系男子も真剣そのもので、正直完璧な演奏だったと思う。
演奏が終われば会場に居た人々からも拍手喝采だった。
この瞬間はとても気持ちの良いものだった。
…まぁ、気持ちが良かったのもその瞬間だけだったんだけど。
更新が遅くなって申し訳ありませんー!二日に一度ペースでの更新を再開します。




