問題児、王都に行く
「キキョウ様、キキョウ様の護衛はこの俺が。」
私が王都に行く日の朝食中、青い騎士さんにそう言われた。
護衛っつったって、私は数日間このお屋敷から離れるわけで、その間青い騎士さんが居なければ赤い騎士さんが彼の分の仕事まで引き受けなければならなくなるじゃないか。
いい気味だな赤い騎士さん。
…いやいやいや違う違う。
というか、そもそもそんな事私に言われたって決定権なんて持ってないし、旦那様にでも言えばいいのではないだろうか?
「無茶言わないでください青い騎士さん。私一週間近くここを離れるんですよ?旦那様も許可してくれませんって。」
そう言って宥めてみるも、青い騎士さんは納得がいかない様子。
「しかしキキョウ様一人で王都に行くなど危険過ぎる…」
いや、私一人じゃないからね?
煌びやか令嬢も居るし、何なら公爵家の馬車に乗るんだからとても安全なんじゃないかと思うわけで。
「私公爵家の馬車で行きますし、何か危険な事があるとすれば、きっと公爵家付きの騎士様もいらっしゃるんじゃないでしょうか?」
と、首を傾げながら言えば、青い騎士さんは真剣な顔で私に迫ってくる。
「キキョウ様、いくら公爵家絡みの人間であってもそう易々と信じてはいけません。あなたは以前公爵令嬢付きの騎士に酷い目に合わされたでしょう?」
忘れたとは言わせませんよ、と無言のプレッシャーを放ってくる。
「あれは公爵令嬢が勝手に付けていた騎士であって公爵家付きではありませんよね。確かにアイツは酷かったけど。」
確か煌びやか令嬢が連れてきたあの騎士は自分より優れていた青い騎士さんを僻んでこっちに攻撃を仕掛けてきたはずだ。
しかしあの騎士は煌びやか令嬢が顔だけで選んだ男だったんだし。
公爵家付きであればそんな碌でもない騎士なわけないだろう。
「キキョウ様!」
青い騎士さんが立ち上がろうとした瞬間、赤い騎士さんが口を開いた。
「諦めろ、ファルケ。」
と。
すると青い騎士さんは不服そうに赤い騎士さんを見る。
「トリーナちゃんが数日間ここを離れるってことは、その分の仕事を誰かが代わりにやらなきゃならないだろ?」
赤い騎士さんの言葉にチクリと胸が痛んだ。
だって赤い騎士さんの言った通りだから。
私が色んなことに巻き込まれてしまった結果、誰かに仕事を代わってもらわなければならないし、皆に迷惑を掛けることになるのだから。
「それでお前まで数日間ここから離れる事になれば、それは俺が代わりにやらなきゃならない。」
自分が青い騎士さんの分の仕事をしたくないだけに聞こえるのだが。
「もしもお前が行くとしたら、お前がここを離れる理由はトリーナちゃんの護衛、そしてトリーナちゃんは自分自身が持って来た厄介ごとのせいでここから離れる、要するに騎士と使用人が一人ずつ欠けるのはどちらもトリーナちゃんのせいだってことだ。」
いや待て、青い騎士さんのは私のせいってわけでもないだろ。
上手い事丸め込もうとしてるだけなんだろうけどそんな話で青い騎士さんが納得
「…そうか、そうなれば…」
「トリーナちゃんはクビになるかもしれないなあ?」
「…そうだな。」
納得した。
あの人納得したよ。
っつーかそんな理由でクビになるとしたら今までも多々そんな要素はあったような気がするんだけど。
私厄介ごとばっかり持ち込んでるから。
…なんて考えたら凹みそうになった。もうやだこの巻き込まれ体質…。
しかしとりあえず赤い騎士さんのお陰で青い騎士さんは落ち着いたようだ。
朝から騒がしい人達だよ、まったく。
そんな朝食タイムを終えると、すぐに煌びやか令嬢がやってきた。
彼女直々にお迎えに来てくれたようだ。
荷物を荷馬車の方へ乗せて、私は噂のゴージャス馬車に乗ることに。
「キキョウ様、どうかお気をつけて…」
私の手を両手で握り締め、そこに微かなキスをする青い騎士さん。
「はい行って来ますね。…っていうか別に二度と帰って来ないわけじゃあるまいし…」
「そんな事になれば俺が迎えに行きます。キキョウ様が王都の方が良いと言えばそこに、共に住みましょう。」
どうしてそこまで飛躍したんだ。
小さな溜め息を噛み殺しながら煌びやか令嬢の方をチラリと見ると、彼女は楽しそうに私と青い騎士さんを見ていた。
うん、彼女の頭の中では激しい恋物語が展開されてるんだったよね、そうだった。
頭を抱えたい衝動を抑えていると、玄関から長男様と次男様が揃って出てくるところが見える。
まさか二人が見送りに来てくれるとは。
その後ろからは旦那様も奥方様も出てきているようだ。
別に皆で見送ってくれなくても、どうせすぐ帰ってくるのに…。
「いってらっしゃい僕のトリーナ。寂しいなぁ、寂しいなぁ…」
と、次男様は私をぎゅっと抱きしめながら言う。
毎日会ってたからな、確かに一週間も離れるとなると私も寂しい。
そんな事を考えていると、奥方様が頭を撫でながら、
「しっかり楽しんでくるのよ。きっと楽しいはずだから。」
なんて小さな小さな声で言いながらウィンクをする。可愛い人だ。
長男様は何も言わないようだったので、私は旦那様に行って来ますと挨拶をする。
旦那様は穏やかな笑顔で、
「あぁ、いってらっしゃい。」
と言ってくれた。
まさかこの人が元ヤンだなんて…
それじゃあ馬車に、と歩き出そうとしたところで、やっと長男様が口を開く。
「…あ、トリーナ。お前、変な男に引っ掛かるんじゃないぞ?」
とのこと。
「あぁ、まぁどうせ伯爵に監視されるような状態でしょうからその点はきっと大丈夫だと思います。じゃあ行って来ますね。」
あはは、と苦笑を漏らすと、青い騎士さんの目がギラリと光った。
「キキョウ様、どういうことですか?あの伯爵も参加するのですか?」
私に掴みかかる勢いで近付いてきている。
これはマズい。
「え、あ、それはほら、その、参加するらしいです!それじゃあ行って来まーす!」
私は煌びやか令嬢の手を握り、急いで馬車の方へと走った。
「面白いわね、あの騎士ったら。」
馬車に乗ったら開口一番にそう言われた。
「面白い…ですかね…」
私はげっそりしながらそう答えるしかなかった。
「あの騎士にとっては伯爵はライバルですものねぇ…」
ほう、と馬車の外を見ながら呟く煌びやか令嬢。
あぁもう完全に恋愛小説好きの女の子の顔してるわぁ…。
「ライバルって言ったって、あの伯爵は別に私の事なんてなんとも思ってないんですってば。」
「でもトリーナの気持ちは伯爵の方を向いているのだから、やっぱりライバルじゃない。」
…あ、そっか。忘れてたその設定。
最近そんな事無くなったってことにしちゃダメかな…
そもそも公爵家付きの楽師という肩書きはもう貰ったし、その上子爵家の使用人も続けさせてもらってるし、無かった事に出来るんじゃないだろうか?
「ねぇトリーナ、」
「はい?」
「…思われるのと、思うのとでは、どちらが良いかしら?」
そんな事を問われた。
「思われるのと…思うのと…」
「私ね、色々と考えてみたのだけど、思われたことって無いような気がするの。」
ぽつりと、どこか寂しそうに零して笑う煌びやか令嬢。
「この前まで恋人だった彼も、私の方が思っていたから。もしかしたら思われてなかったのかもしれないって、時々考えるのよ。」
だから離れてしまったのよ、と呟いた。
「思い合えるのが一番、ですよねぇ。」
私も煌びやか令嬢につられてしまったかのような呟くような声しか出せなかった。
「それはもちろん…そうよ。でも、」
「好きな人に好きになってもらうのって難しいですよねぇ…。」
私も煌びやか令嬢も同じような溜め息を吐く。
「それで、あの騎士のように熱烈に思いを寄せてくる方についてはどう思っているのかしら?」
急に煌びやか令嬢の顔の表情が変わった。
どこか楽しそうに私を見ている。
「え、あ、あー…ちょっと、なんとも。」
ちょっと怖いとは思うけど、全力で嫌だとは思っていないというか…
「そんなに嫌じゃなさそうね!」
「え!?えっと、嫌か嫌じゃないかで言えば…嫌じゃない寄りの嫌っていうか…限度ってもんがあるっていうか…」
確かにあんな風に熱烈に好きだと体現されれば、まぁ女として嬉しいかなぁとは思う。
正直、嬉しくないとは言わない。
ただ、だからと言って首を絞められそうになったりってのはちょっと怖い。
だから嫌かどうかで聞かれれば、限りなく『嫌』に近い『嫌じゃない』と答えるしかない。…ような気がする。
「私から見れば羨ましいわよ、トリーナ。」
と、煌びやか令嬢は笑った。
何とも言えずに黙っていると、煌びやか令嬢はクスクスと笑いながら口を開く。
「私もだけど、世の女性は皆羨ましいのではないかしら?人生の中で一度くらい、あんな風に熱烈に思われてみたいものだわ。」
「…きっとその内クライスお嬢様にもそんな相手が現れると思いますよ。」
これだけ一緒に居るのだから、私の巻き込まれ体質が伝染する可能性が無いわけではない。きっと!
「そんなこと無いわよ。だって私の評判はとても悪いのだから。」
今まで笑っていたはずの煌びやか令嬢の顔から笑顔が消える。
「評判なんて幾らでも覆せますって。今はとっても可愛らしいご令嬢ですし!」
ね!と笑顔を見せてみたら、煌びやか令嬢はきょとんと首を傾げた。
そして次の瞬間、ふと眉根を寄せる。
「『今は』ということは、昔は可愛くなかったとでも言うのかしら?」
とのこと。
…いや待て。眉根を寄せた意味が解らない。
最初に出会ったあの日のことを忘れたとは言うまいな?
「昔はというか、初対面の時結構酷い事言われた気がするんですけど…?」
もしかして私の記憶違いですか?という意味を込めて首を傾げてみれば、煌びやか令嬢は私から視線を逸らし、何かを考えているようだ。
考えるまでも無く酷かっただろうが。
「…確かにそうね。あの頃はトリーナとこんなに仲良くなるなんて思ってもみなかった。孤児なんかが私と口を利くなんてありえないと思っていたもの。」
私も全く同じ事考えてたけどね。
煌びやか令嬢と仲良くなるなんて思ってなかったし貴族と口を利くなんてありえないと思ってたし。
と、思うだけでさすがに口には出せず。
「ねぇトリーナ、怒ってる?あの日のこと。」
あの日、とは初めて会ったあの日のことだろうか。
「怒ってませんよ。正確に言えば、さすがにあの直後は怒ってましたけど。」
クスクスと笑って見せれば、煌びやか令嬢もクスクスと笑う。
許してくれたのかしら?と問われたので、にっこりと笑って頷いた。
「トリーナは許してくれたけど、他の令嬢なんかは絶対に許してくれないわ。だから、今この瞬間も私の噂は出回っているでしょうね…。」
人の口に戸は立てられない…というか、貴族の世界ではある事ない事噂を立てられるなんて日常茶飯事らしい。
人の足は引っ張るものだと認識しているんだろうな、怖い怖い。
「噂を信じるような奴に碌な奴は居ないと思うので気にしなくて良いんじゃないでしょうかね?」
「トリーナは面白い事を言うわね。トリーナと居たら気分が明るくなる気がするわ。」
そう言う煌びやか令嬢だったが、あまり明るい表情とは言えなかった。
私も散々噂に困らされているが、彼女もまた色々と苦労しているのだろう。
そんな他愛ない会話を交わしていると、一度目の休憩スポットに着いたと御者さんに声を掛けられた。
…正直動いてるとは思わなかったわ、この馬車。
ゴージャス馬車恐るべしだな。
その後、休憩を何度か挟んで公爵家所有の別荘とやらに着いた。
初日はそこに一泊するとかなんとか。
公爵家付きの楽師として来たはずなのに、煌びやか令嬢と同じような扱いを受けて何となくふわふわした気分だった。
普段そんな扱いを受けることなんてないし、初めてのことばかりでそわそわしていたら煌びやか令嬢がお姉さん気取りで私の世話を焼いてくれたのだが、それがとても可愛くて。
煌びやか令嬢のお陰で往路はとても楽しい旅路だった。
数日更新せず申し訳ありませんでした。風邪引きました。




