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紺青ラプソディー  作者: 蔵崎とら


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王都へ向かう前日

 

 

 

 

 

 公爵家主催の夜会に出席するため、私は王都に行く事になった。

 その出発は、明日となっていた。



「葉鳥って王都行くん初めてなんや?」


 出発前日、私は休みだったのでAの店に来ていた。

 そしてそこでAに言われた。


「うん、初めて。」


 Aに出された水をちびちび飲みながら頷く。


「Bは元々王都におったんやろ?」


 Aは店の準備をしていたBに問い掛ける。


「ん?あーまぁな。」


 というぼんやりとした返答を零すB。


「あぁ聞いたよ。アンタ元宮廷騎士団だったんだって?」


 私がそう言うと、Bは驚いたように目を見開いた。

 誰に聞いたんだと問われたので、赤松だと素直に返す。


「せやで。そこにおった上司がまたクソ野郎でなぁ。」


 Bは、はぁ、と大きな溜め息を吐き、ドサリと私の隣に座る。


「それを我慢すれば都会で良い暮らしが出来ただろうに。アンタとんでもなく残念な男だったんだね。」


 クスクスと笑いながら言えば、一瞬睨むように私を見たBだったが、すぐにそれは逸らされた。


「せやけど、そのままあっちにおったらお前等には会われへんかったんやし…。」


 きっと目を逸らしたのは照れくさかったからだろう。

 そっぽ向いてはいるものの、耳が真っ赤になっているからバレバレだ。

 私は堪える事無く笑い続ける。


「っちゅーか、ここでもわりとええ暮らししとるやろ。」


 と、Aは言う。


「…そうよね、かの有名な豪商一家の次男坊と仕事してるんだもんね。最近は可愛い彼女も居ることだし。」


 私とAは顔を合わせて笑いあう。

 何故なら、Bが首まで真っ赤になってしまっていたから。


「まぁそんなわけだから、ここには暫く来ないよ。」


 そんな言葉で話を終わらせて、私はお屋敷に戻る事にした。


「あぁ、俺が送っていくで。」


 と、B。


「まだ日も高いし別に…あ、ロゼと会う口実?」


 この時間なら一人で帰れるけど、と言おうとしたのだが、ここでからかわずしてどこでからかうのか。


「こ、口実ちゃうわ!俺はただ純粋にやな…!」


 真っ赤だってば。

 ピュア過ぎるだろ。


 私はBを伴って店の外に出る。

 店からある程度離れたところでBに一つ問い掛けて見た。


「アンタさ、ロゼとどこまでいったの?」


 と。

 すると瞬く間に首まで真っ赤に染めてしまうB。

 これはまさか…まさかっていうか確実に…何もしてない。


「ど、どどどどど、どこってどこや何のこっちゃさっぱりわからんわ!」


「はぁ…アンタほど残念な男、今までに見たことないわ。」


 あーあ、と言わんばかりに頭を抱えて見せる。

 すると、Bはその場にしゃがみこみ呻り始めた。

 みっともないので止めて欲しい。

 っていうか町の人にも変な目で見られてるし。


「…そらお前、俺だって色々考えたんや。手を出したいと思った事なんてそりゃあもう何度も何度も…」


 亡霊のように影を背負いながら私に迫ってくるB。

 わりとマジで怖いので止めて欲しい。

 呪われそうなんだけど。


「せやけど俺…いくら豪商一家云々のAの店とは言え雇われ用心棒やろ?さっき言ったみたいに…宮廷騎士団続けとけば、何も考えんと…その…」


「もしかしてB、ロゼに求婚するつもりで居るの?」


 真っ赤ではあるものの、Bの顔があまりにも真剣だったから。


「……あかんやろか、やっぱり。」


 どこか寂しそうに私を見るB。


「いや、別に良いんじゃない?」


 そこまで真剣に考えているのなら、私も一肌脱ごうじゃないか、と思うわけで。


「いや、でもやな葉鳥…」


「あんまり深く考えなくて良いんじゃない?ロゼだってアンタの事、嫌なら断ると思うし。当って砕けろってやつ?」


 でしょ?と首を傾げると、Bは足元からがらがらと崩れていった。

 あれ、慰めの言葉のチョイスミスった。


 Bは暫くその場から動かなかった。


「まぁまぁ、ロゼだってアンタの事好きみたいだしさ、大丈夫だと思うよ?ほら、早く帰りたいんだから立てよ。」


 座り込むBの首根っこを掴み、そのまま引っ張り上げて立たせる。


「ほーら、じゃあ良いプロポーズの言葉とか考えたら良いじゃん。」


「プロポーズ…」


 意識を取り戻したようだ。


「どうするの?必須でしょうプロポーズは。」


 私のその言葉に、プロポーズ…プロポーズ…とうわ言のように呟くB。

途轍もなく気持ちが悪い。


「…葉鳥、どないしたらええと思う?」


「ストレートに言えば良いじゃない。」


 何を迷う事があると言うのか。


「ストレート…せやけどほら、何や、俺の為に毎朝味噌汁作ってくれとかほら、」


「ダサ!っていうかこの世界で味噌汁作れる奴なんて赤松か私くらいしか居ないっつーの!」


 と、私はBにケツキックをお見舞いする。

 そうでもしないと歩かないからだ。


「せや…せやな、せやった。っちゅーかダサ!って何気に傷付いたわダサ!って…!」


 だってダサいじゃん。


「回りくどい事言わない方が良いんじゃない?アンタらしさの欠片もないわ。」


「俺らしさ…」


 次の角を曲がれば、お屋敷が見えるので、この辺で置いていこう。今日のBはとても面倒臭い。


「じゃあもうこの辺で良いから。またね。」


「ま、待ってくれ葉鳥!ちょっと待て『結婚してください』と『結婚しよう』やったらどっちがええかな!?」


 Bはそう言いながら縋りつくようにして私の右手を握り締める。

 全力で握り締めてんじゃねぇよ筋肉バカめ…


「間をとって『結婚してくれ』で良いんじゃない?」


 何故私はコイツの結婚相談を受けているのかわからなくなってきた。

 どう見たって両想いだしそんなこと悩まなくたって大丈夫だと思うんだけどなぁ。


「せやな、葉鳥…。結婚してくれ!」


 私の顔見ながら練習するのやめろよ!


「とりあえず離せ、私…ひいいいっ!」


 突然、私とBの間に剣が振り下ろされた。

 Bは見事な反射神経と瞬発力で避けたようだが、気付かなかったら腕を持っていかれていてもおかしくなかった気がする。


「キキョウ様に何を言っているんだ貴様…」


 剣から腕へと視線を上げ、顔に辿り着くと、見事に冷たい顔をした青い騎士さんが立っていた。

 これはヤバい、完全に誤解したなこの人。


「ち、違うんです青い騎士さん、とりあえずその物騒な物仕舞いましょう!お片づけ!」


 ね!と言いながらさり気なくBの正面に立つ。

 青い騎士さんからBの姿が見えなくなるように。


「何が違うんですかキキョウ様…」


「練習ですよ練習!プロポーズの練習なんですって!」


 剣を仕舞う事無くBを睨みつけながら、練習…と呟く青い騎士さん。

 さてこれをどうやって止めるか…。


 私はそっと青い騎士さんに近付いて、とりあえず剣を握り締めている手に手を重ねる。


「青い騎士さん、実はね、コイツ…ロゼにプロポーズしようとしてるんです。」


 こっそりと、小さな声で話しかける。

 すると不穏な空気を消した青い騎士さんはきょとんとしたまま私を見る。


「それで…」


「それで今なんか突然練習し始めたんです迷惑な話ですよね。どういう言葉でプロポーズしたら良いかなんて聞くから適当に『結婚してくれ』とでも言えば?って。まぁそんなところを偶然青い騎士さんが見ちゃったんですね!とりあえず面倒なんで放っておきましょう!青い騎士さんが来てくれたんだからアイツに送ってもらう理由もありませんし!」


 ノンブレスで言った。

 息継ぎなどしなかった。

 そして歩き出した。

 もちろんBは置き去りだ。


「うおおおい葉鳥ちょっと待てええい!」


「待たないわよめんどくさい!」


 Bの雄叫びを背中で聞きながら、私は急いでお屋敷へと駆け込んだ。


「キキョウ様、先程のは…本当ですよね?」


「もちろん本当ですよ。アイツ脳まで筋肉で出来てるから細かい事考えるの下手なんでしょ。」


「しかし…それでもキキョウ様に結婚してくれなど…俺より先に…」


「あ、私明日の準備があるので行きますね!」


 じゃあ!と元気良く手を振って逃げ出した。

 まったく、どいつもこいつも。


 私は自室に逃げ込み、出発の準備に取り掛かった。

 煌びやか令嬢が言うには大して準備などしなくて良いとの事だったが、そういうわけにはいかないだろう。

 数泊するわけだから下着類だって必要だし、パジャマも必要で…クマさん持っていったらきっと笑われるんだろうな…

 おっとそれよりも歌詞の束は忘れちゃいけないだろう。

 私は遊びに行くわけでも夜会の客として招待されたわけでもないんだ。

 公爵家付きの楽師として呼ばれたんだから。

 私の本業は楽師であり、夜会でやることはピアノの演奏なのだ。

 クマさんとか言ってる場合じゃない。

 知ってる。解ってる。


 そうそう、馬車は赤松が言った通り煌びやか令嬢を迎えに来るついでに私も迎えに来てくれるという公爵家の馬車に乗ることになった。

 本当に良い馬車なんだそうだ。

 どれほど良い馬車なのかと、先日会った赤松に問えば、お前の給料やったら80年ローンとかで買えるんちゃう?と言われた。

 遠回しに一生掛かっても買えないと言いたいんだよな、アイツ…


 しかし…私が王都へ行く、か。

 ちょっと前まではそんな事考えた事も無かった。

 王都なんて御伽噺程度にしか考えていなかった。

 だって孤児の私が三日かけて移動する馬車に乗る術なんて無かったし、そもそも私達孤児には王都に用事なんてほぼ無いに等しい。…っていうか正直絶対に無い。

 孤児院に居た頃は精々近場の街に出るくらいだし…っていうか私は孤児院から出ようとも思っていなかった。

 シュトフが夢を見るように語る『王都には王様と王妃様、それに素敵な王子様が居るんだよ』と、そんな話を聞いているだけで充分だった。


 今思えば日本の記憶を取り戻す前の私は外の世界に対して酷く無関心だったんだな。

 王都を知らないどころか現在の王の顔すら解らない。

 王妃や王子なんてもってのほかだ。

 いや、でも…今もそうか。王族の顔なんて誰も覚えていない。

 一応日本で言うところの新聞は出回っているし、写真ではないが絵姿として見る事は可能だったはずだ。

 そしてその新聞はこのお屋敷にも届いているし、何なら毎日ちゃんと読んでいる。

 それなのに王族の顔はさっぱり覚えていない。

 まぁ…私には関係無いし興味も無いから、脳が覚えようとしていないだけだろうけど。


 そんな私が王都に行くっていうんだから、人生何があるか解らない。

 今回は公爵家主催の夜会だが、今後王族主催の舞踏会にも行く予定があったりするからな、煌びやか令嬢の付き添いで。

 …ホント、人生何があるか解らない。

 解ることと言えば…どこかで何かに巻き込まれる可能性が物凄く高いということだろう。

 この巻き込まれっぷりは最早体質だからな…巻き込まれ体質…嫌な体質だわ。


 なんて、そんな事を考えながら黙々と荷造りをしていると、ノックの音がした。

 誰だろう?使用人仲間達は皆仕事中のはずだが。


「はい?」


「トリーナ、少し良いだろうか…」


 外から声を掛けてきたのは、まさかの長男様だった。

 何故長男様が私の部屋に、と思いつつ、私は急いでドアを開けた。


「どうかしました?」


 ドアの外に出て、首を傾げる。


「いやその…礼を言ってなかったからな。」


「礼?」


 何のことでしょう?とさらに首を傾げると、どことなく恥ずかしそうに顔を逸らしながら、


「フレーテのことだ。」


 と、小さな小さな声で言われた。

 そうそう、二人は上手い事仲直り出来たんだった。

 あの仲直りと言う名の凄絶な殴り合いからこっち、彼等は家族四人揃って一緒に食事をしているらしい。

 今までは長男様も次男様も自室で食事をしていたからね、結構な進歩だろう。


「お礼なんて別に。大体私はほぼ何もしてませんし。…あぁそうだ、そういえばあの日、次男様から殴りかかってきたんでしたっけ?」


 ロゼも不思議がっていたっけ。


「あぁ、そうなんだ。お前はその…信じてくれるのか?」


「ん?ええ、ロゼが言っていたわけですし。」


 信じないなんて考えた事もないですけど?と首を傾げると、長男様に顔を逸らされた。


「俺は信用が無いからな…もし、あの使用人の言葉じゃなく、俺自身がフレーテから殴りかかってきたと言ったら…お前は信じただろうか?」


 信用が無いというか、単に皆長男様から殴りかかる姿ばかり見てるから次男様が殴りかかるなんてありえないという先入観があるんじゃないだろうか。


「信じたんじゃないかなって、思います。」


 多分、と心の中で付け加えながら答えた。

 すると長男様は嬉しそうに微笑んだ。


「…そうか。トリーナ、礼は何が良い?服か?菓子か?」


「別にお礼なんて要りません。お二人が今後とも仲良くしてくれるのなら、それで。」


 そしてその笑顔で、今後も過せるのなら。





 

兄弟喧嘩編はこれにて一件落着ですね。

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